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冒険者になる 04

 遠くの地平線に、灰色の塀がゆっくりと大きくなっていく。


「あれが……街ですかね?」


 未紀が手で目を覆い、まぶしそうに見つめた。私もつられて目をこらすと、塀の向こうにいくつもの屋根が重なっているのが見える。


「やっと……たどり着いた〜」


 伊緒がふうっと息をついた。


 やがて、塀の途切れた門へたどり着く。


 門の前には、チープな鉄の鎧を着た門番が一人。

 槍を肩に掛け、どこかのんびりした雰囲気で、私たちに視線を向けた。


「おや? 見ない顔だな。旅人さんか?」


 私が何と答えようか迷っていると、未紀が一歩前に出る。


「はい。さっき……この街に来る途中で、ゴブリンみたいなモンスターを倒したんです」


 門番は一瞬驚いたように目を見開き、それからにやりと笑った。


「へぇ、ゴブリンを? お嬢ちゃんたち、冒険者なのか?」


「いえ、冒険者っていうわけじゃないんですけど……」と未紀。


「なら、この街の冒険者ギルドに行くといい。討伐のことも相談できるし、登録すれば色々便利だぞ」


 門番は街の中心部を指さし、道順を丁寧に教えてくれた。


 私たちは門番に礼を言い、門をくぐることにした。



=====



 門をくぐると、一気に空気が変わった。


 石畳の道がまっすぐ伸び、両脇には石と木を組み合わせた建物がぎっしり並んでいる。


 通りには、焼きたてのパンの香り、香辛料の匂い、肉を焼く音が入り混じって流れてくる。


「……あっちのお肉、大きい〜」


 伊緒は完全に串焼きの屋台に釘付けだ。


「伊緒さん、よそ見してたらぶつかりますよ」


 未紀が苦笑しながら注意する。


 私はといえば、もう完全に観光客の気分だった。

 剣や弓を持った人、猫耳の獣人――まさにゲームや漫画で見た『異世界』が、目の前に広がっている。


 やがて、通りの先に大きな看板が見えた。 酒樽と剣が描かれたその看板の下には、木造の大きな建物――冒険者ギルドだ。


 扉を押すと、木の香りと酒の匂いがふわっと広がる。

 中は酒場のようで、右手に長いカウンター、奥には依頼書がぎっしり貼られた掲示板。

 武装した冒険者たちが、笑い声を上げながら談笑している。


「……読めます。この国の文字、なんとなく頭に入ってきますね」


 未紀が依頼書の文字を指さしながら言った。

 確かに見慣れない文字が並んでいるのに、不思議と意味がわかった。まるで、頭の中で自動的に翻訳されているような感覚。




「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」


 受付には、栗色の髪をポニーテールにした若い女性が立っていた。落ち着いた声に少し緊張がほぐれる。

 未紀が口を開く。


「街に来る途中で、ゴブリンを倒したんです。でも、何をすればいいかわからなくて」


「ゴブリン……討伐証明はお持ちですか?」


「証明……?」


「魔石や素材を持ち帰ると報酬になるんです。今回は持ってきてないようですし、残念ですが証明はできませんね」


 受付嬢は少し残念そうにしながらも、私たちを見て首をかしげた。


「武器を持っていないようですが、どうやって倒したんですか?」


「スキルです。私は《身体操作》で、伊緒は《音魔法》、未紀は《聖魔法》です」


 その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。


「……スキル持ち!? 本当に珍しいですね。ぜひ冒険者登録をおすすめします」


 受付嬢は慌てて机の下から何枚かの書類を取り出した。


「こちらが冒険者登録の申込書です。名前、年齢、得意な武器やスキルを書いてください」


「武器は……特に持ってません」


「大丈夫ですよ。スキルがあるなら、それを記載すれば結構です」


 差し出されたペンは金属製でずっしりと重く、書き味も少しざらついていた。

 紙は羊皮紙のような質感で、インクがじわりと染み込んでいく。


「冒険者にはランクがありまして、基本はDランクから始まります。Dは初心者向けの依頼――ゴブリンやスライム討伐、小型獣の駆除などです」


 受付嬢はカウンターの奥に掛けられた大きな表を指さした。


「討伐や依頼をこなすことで実績がたまり、昇格試験を受けることができます。Cランクは熟練者、Bはスキル持ちが多いです、Aは……まあ、この国でも数えるほどしかいません」


「Aランクって、どのくらい強いんですか?」と伊緒。


「ドラゴンを単独で倒せるくらい、ですね」


 伊緒は「ひぇ〜」と肩をすくめ、ミキは苦笑いを浮かべた。


「依頼には討伐以外にも、護衛や素材採取、街の雑務などもあります。成功すれば報酬が支払われます」


「報酬は……お金、ですか?別の大陸から来たばっかりで、よく分かっていないんです」と未紀。


「はい。この国では金貨、銀貨、銅貨の三種類です。金貨一枚が銀貨百枚、銀貨一枚が銅貨百枚……銅貨二枚でパン一つが買えるくらいの価値ですね」


 彼女は実際の硬貨を取り出して見せてくれた。


 金貨は輝きを放ち、銀貨はひんやりとした光を返す。銅貨はずっしりとした赤褐色で、どこか素朴な印象だった。


「登録料は無料です。……それと、魔物を倒した場合は必ず魔石や素材を回収してください。ギルドか、隣の商業ギルドで換金できます」


「今回、何も取らなかったんですよね……」と私。


「ええ、ですので今回は報酬はなしです。でも次からは気をつけてください」




 書類を書き終えると、受付嬢はにこりと微笑み、私たちの目を順番に見た。


「ようこそ、ルーデン冒険者ギルドへ。これで、あなたたちは正式にDランク冒険者です」


 差し出されたのは、革製の小さなプレート。表には名前とランクが刻まれている。



 この世界での最初の一歩を、ようやく踏み出せた気がした。

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