冒険者になる 03
ゴブリンを倒してから、私たちはしばらくその場に立ち尽くした。
未紀の聖魔法で傷はもう消えているけれど、胸の鼓動はまだ早いまま。
全身に残るあの緊張感が、さっきまでの出来事が夢じゃないと教えてくれる。
「……このまま街に行きたいですけど、またモンスターに会ったら大変です」
未紀が草原を見渡しながら言う。
「そうだよね〜。今のはたまたま勝てただけかもしれないし〜」
伊緒も頷く。
「じゃあさ、ちゃんと自分の能力、試しておこう!」
私は勢いよく立ち上がった。さっきの戦いで体を動かす楽しさに火がついて、もううずうずしている。
まずは私から。
足を開いて重心を落とし、両腕を構える。漫画で見た空手の突きのフォームを頭に思い浮かべる――すると、自然に体がその形を作っていた。
「おぉ……勝手に動くみたいだ」
腰を回して突きを放つと、腕が空気を切り裂く音が耳に届く。
今度は蹴り。踏み込みからの前蹴り、横蹴り、回し蹴り。
どれも驚くほど正確で、足がしなやかに伸びる。
「へぇ〜、こんなに高く蹴れるなんて!」
次は漫画や映画で見たアクロバット。
バク転からの前宙、さらに逆立ちして数歩進む。
頭に映像を描くだけで、その動きが自然に再現される。
「夏那ちゃん……ほんとに何でもできちゃいますね」
未紀が呆れたように笑う。
「ふふ〜、ずっとやってみたかったんだよ! 最高!」
自分の足が地面を蹴る感覚が、たまらなく気持ちいい。
「じゃあ、次は私〜」
伊緒が一歩前に出て、大きな木の前に立つ。
「音魔法……攻撃に使えるか、やってみる〜」
両手を前にかざし、短く息を吸って叫ぶ。
「はぁっ!」
瞬間、空気がビリッと震え、木の表面が鋭く削れた。木くずがふわりと舞い上がる。
「わ、すご……」
「これ、かなり威力ありますね」
伊緒は照れくさそうに笑いながら、もう一つ試したいと言った。
彼女は目を閉じ、耳と何か別の感覚を研ぎ澄ますように静かに立つ。
「……夏那ちゃん、動いてみて〜」
私は数歩横に移動してみる。
「もうちょっと〜」
さらに離れ、わざと足音を立てないように歩く。
「そこ〜」
伊緒は迷いなく私の方を指差した。
「え、見えてないのに分かるの?」
「うん〜。音と……気配? 体が動くと空気が揺れるのが見えるみたい〜」
慣れれば、音だけで相手の位置や動きを把握できるらしい。
「これ、戦いでめちゃくちゃ役立ちそうですね」未紀が感心する。
「では、私も……」
未紀は深呼吸し、両手を胸の前で組む。
攻撃を試そうとしたが、手のひらに光が集まるだけで飛ばない。
「やはり、攻撃はまだ……」
そう言って、今度は防御を試す。
「バリア」
淡い光が彼女を包み、半透明の膜がふわりと現れる。
私は軽く拳で叩いてみたが、弾力のある抵抗感で跳ね返された。
「おー、これなら囲まれても耐えられそう!」
伊緒もバリアにそっと触れて、「ふわふわしてる〜」と笑う。
「攻撃は任せます。でも、守ることならきっとできます」
未紀はそう言って微笑んだ。その声には、頼もしさがにじんでいた。
ひと通り試し終え、私たちは顔を見合わせた。
「よし、これで準備はOKだね」
「はい……」
「うん〜」
草原を進みながら、時折伊緒が耳を傾けては「何もいない〜」と報告してくれる。
さっきまでの不安が少しずつ薄れていき、代わりに胸の中に期待が膨らむ。
昼の陽射しが強く、地平線がゆらゆらと揺れて見える。
やがて――遠くに灰色の塀が見えた。
高い石造りの壁が町を囲み、その向こうに屋根が連なっている。
「あれ……町だ!」
指を差すと、二人の表情がぱっと明るくなった。
「やっと……誰かに会えそうですね」
私たちは足を速め、塀に囲まれた町へと歩みを進めた。