冒険者になる 02
ゴブリンが粗末な槍を構え、草を踏み割る音とともに突っ込んできた。
その黄色い目は、まるで獲物を見つけた獣のようにぎらついている。
汗と鉄のような匂いが風に混じり、胸の奥がざわついた。
「う、うわ……」
「な、なにこれ……」
「……っ」
足がすくむ。
伊緒は一歩下がった拍子に足をもつれさせ、そのまま後ろに尻もちをついた。
ゴブリンは真っ直ぐ彼女へ。
その瞬間、頭がカッと熱くなった。――助けなきゃ。
「うおおおおおっ!!」
気づけば、体が勝手に動いていた。
地面を蹴る瞬間、空気が足元から弾ける感覚。全身が風を裂き、回転し、視界が流れる。
「はぁっ!」
右足がゴブリンの顔面を正確に捉えた。
骨と肉を蹴り抜く衝撃が足裏から伝わり、ゴブリンの体が地面から浮く。
宙を舞ったそいつは、草むらに叩きつけられ、ゴロゴロと転がって動かなくなった。
「や、やった……!」
しかし、勢い余って私は着地に失敗し、前のめりに倒れ込んだ。
膝を擦り、息が詰まる。
「夏那ちゃん!」
伊緒が慌てて立ち上がり、駆け寄ってくる。
その後ろから、未紀が小走りで近づき、私と伊緒を交互に見た。
「膝と腕、擦り傷がありますね……」
未紀は一瞬だけ迷い、それから両手を胸の前で組む。
「異世界なら……『ヒール』でしょうか」
深呼吸し、小さく呟く。
「ヒール」
次の瞬間、未紀の手から淡い光が溢れ、私と伊緒の傷口を包み込んだ。
温かい水に浸かるような感覚とともに、ひりつく痛みがスッと引いていく。
血は跡形もなく消え、肌は元通りになっていた。
「……すご……」
「もう治ってる〜」
私と伊緒は、ただ見とれるしかなかった。
倒れたゴブリンを見下ろす。
現実じゃありえない戦い、魔法。
ここがゲームや小説みたいな世界だという事実が、ようやく全員の胸に重く落ちた。
「……こういうモンスターが普通にいる世界ってことですよね」
未紀が静かに言う。
「ってことは……これからも戦わないといけないってこと〜?」
伊緒の声には不安が混じる。
私は立ち上がり、二人の顔を見回した。
「そういうことだよ。でも……私たちならやれる! 動けるし、聞こえるし、治せる!」
力強く言うと、二人も少しだけ笑って頷いた。
こうして、私たちは初めての戦いと勝利、そしてレベルアップを経験し――
この異世界で生き抜く覚悟を胸に刻んだ。