C級昇格依頼 02
洞窟の入口は黒く口を開け、ひんやりとした風が流れ出していた。昼間だというのに内部は漆黒で、一歩足を踏み入れれば視界が閉ざされてしまう。
「暗いですね……。私が光を」
未紀がロッドを掲げ、静かに詠唱する。
「《ライト》」
ロッドの先端が輝きを放ち、周囲を白く照らす。石の壁、天井から滴る水滴、ぬかるんだ地面がくっきりと浮かび上がった。
「わぁ、助かる~! これなら歩けるね~」
伊緒が嬉しそうに声を上げる。
その言葉と同時に、ぬらりと床を這う影が現れた。半透明のスライムだ。
伊緒は一歩も下がらず、ワンドを振り上げる。輪が揺れて、シャリンと鈴の音が響いた。
「えいっ!」
音が集中して放たれ、衝撃波となってスライムを打ち砕いた。粘液が飛び散るが、すでに動かない。
「……もう一匹来るよ!」
夏那の声に合わせ、別の通路からゴブリンが飛び出してきた。棍棒を振りかざして突進してくるが、伊緒は落ち着いていた。
「こっちの方が先~!」
ワンドを突き出し、シャリンと音を鳴らす。鋭い音撃が一直線に走り、ゴブリンの胸を貫いた。呻き声を上げて膝をついたところに、さらに追撃の音撃を重ねると、倒れるのを確認するまでもなかった。
「すごい……遠くから撃てるのは強みですね」
未紀が感嘆すると、伊緒は頬を赤らめて笑う。
「ふふん~! 任せといて~!」
彼女はその後も進むたびに素早く敵を察知しては、音撃を飛ばし続けた。スライムもゴブリンも、近づく前に片っ端から仕留められていく。洞窟の空気に、乾いた衝撃音と鈴の余韻が響き渡った。
だが、奥に進むにつれて、空気が変わった。
じめじめとした湿気に混じって、妙な気配が漂い始める。
「……なにか、嫌な音がする」
伊緒が耳をすまし、表情を硬くした。
その直後――
天井や壁から、無数の影がぞろぞろと這い出してきた。
全長1メートルほどの黒い蜘蛛。赤く光る目、ぎざぎざとした脚。群れを成して動く様子に、全員の背筋が粟立った。
「ひぃっ……!」
夏那は思わず一歩退き、鳥肌を抑えるように腕を抱えた。
「……ダークスパイダーです。しかも、数が多い……!」
未紀の声も強張っていた。
ざっと二十匹。暗闇の中で脚音が響き渡り、群れを成してこちらへ押し寄せてくる。
「うぇ~気持ち悪い~! でもやるしかないよね!」
伊緒が気合を入れてワンドを構える。
「よしっ、協力して潰すよ!」
夏那も歯を食いしばり、トンファーを回した。
――戦いが始まった。
伊緒が次々と音撃を放ち、前列の蜘蛛を吹き飛ばす。その隙に夏那が回転を乗せた打撃で脚を叩き折り、地面に叩きつける。未紀はバリアで仲間を守りつつ、光るロッドで必死に払い攻撃を重ねた。
蜘蛛の群れはしつこく跳びかかってきたが、三人は背中を合わせるようにして応戦した。
「やぁっ!」
「えいっ!」
「こっちもまだ行けます!」
気持ち悪さに顔をしかめながらも、連携は乱れなかった。やがて最後の一匹が音撃に吹き飛ばされ、痙攣して動かなくなった。
洞窟には静寂が戻った。床には黒い蜘蛛の残骸が散らばり、まだ脚がぴくぴくと痙攣している。三人は肩で息をしながら互いの顔を見合わせた。
「はぁ……なんとか全部倒したね」
夏那がトンファーを肩に担ぎ、深く息を吐く。
「もう最悪~! あんなに気持ち悪いの、二度と見たくない~!」
伊緒がぶるりと身を震わせて、顔をしかめる。
「ですが、皆さん無事です。それが一番です」
未紀は安堵の笑みを浮かべ、光を灯したロッドを少し下げた。
三人の間に、わずかな安心感が広がった。
「ふぅ……」
夏那は壁に手をついて肩で息をし、伊緒は笑ってごまかそうとする。それぞれの心に、緊張が解け始めていた。
――そのときだった。
どこからともなく、鼻を突くような甘ったるい匂いが漂ってきた。
「……ん? なに、この匂い……」
伊緒が眉をひそめ、鼻を押さえる。
次の瞬間、夏那の膝がぐらりと折れた。
「っ……あれ、体に力が……!」
未紀もロッドを支えにしながら、必死に立とうとしたが、足元が揺れて踏ん張れない。
「これは……毒……?」
伊緒も遅れて膝をつき、三人とも崩れるように地面に手をついた。
安堵の直後、不意に訪れた異変。薄暗い洞窟に、重い沈黙が落ちる。




