とむらいの場
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーん、今年はお盆休み、取れるといいけどなあ。ここしばらくお墓参りへ行っていないんだよねえ。
こう、一年を通じてこの時だけは絶対に時間をとる! て、これこそその民族が民族たる証、て感じがしないかい? たくさんの人たちが一日に必ず得ることができるけれど、取っておくことはできないもの、時間。
それを一斉に消費する期間こそ、特別なものの演出になると思うんだよねえ。とはいえ、中には演出だけで済まない。昔から続く、ごもっともな理由も混じっているかもしれない。
時間を割くだけの価値がある何か。もし、自分がそれをやらずに問題がないのなら、ほかの知らない誰かが頑張ってくれているおかげかもしれないね。
僕が最近聞いた、お墓に関する話なのだけど、耳に入れてみない?
むかしむかし。まだ世の中が完全にはまとまっていなかったころ。
大病、大災、それに起因する賊の発生などによって、被害は日に日に増していく。
これらの犠牲者もまた、かえりみられることはなかなかなかった。当時は荼毘に付されるのはごく一部の位が高い者のみ。土葬が一般的だった。
しかし、床の上で最期を迎えたならともかく、病死、野垂れ死になどは不潔さの印象のほうが勝りがち。集落の外となれば、邪魔なり汚らわしいなりで道より外れた木立や茂みの中へ隠すことはあれど、人の手によるものはたいていそこで終わり。
他の獣たちの死体と同じように、人以外の生きるものたちの手によって自然にかえるのを待つばかり。たとえ縁者がいたとしても、倒れたことを伝えられねば神隠しなどのたぐいと考えられ、縁がなければ単なるゴミと大差ない。
やがては自然の分解する力を超えて、にじみ出てきてしまうものもある。
ときの政権に仕えるものに、「ヒナガキ」というものがいた。
まつりごとを為す役人たちとは異なり、ヒナガキの役目は政権の勢力下の視察。それもできる限り民の中へ紛れ込むような姿でいることが望まれた。いわばすっぱ、らっぱに近い立場であったのだろう。
そのヒナガキがとある街道の分かれ道に差し掛かったおり、あえて選んだ道があった。
かねてよりの報せによれば、その道は途中に3つの農村、2つの漁村を経たのちに、別の大きな街道と合流するつくりとなっているらしい。本来であれば、農村・漁村の売り手たちが行きかう、重要な販売路となるところのはず。
なのに、街道の分岐点のうち、この道が並外れて草深かったらしい。
人が敷いた道は、整備したのみでは永遠に人のものとはできない。そこを積極的に行き来する存在あって、ようやく維持できるものなのだ。
これらの境も人が勝手に作ったもの。それが獣や植物に通じるようにするには、行動でもって示すこと。怠るならば、その行いは彼らに場所をゆずるに等しく、やがては彼らが自らの領土と主張し始めるだろう。
この街道の状態は、まさにその兆しが見えたところ。そうなると利用する者が激減しているのかと、ヒナガキは興味を惹かれて道を選んだのだ。
ヒナガキの直感はおおよそ当たっていた。
道を半里ほど行き、最初にたどり着いた農村。そこからは人の気配をまるで感じることができなかったんだ。
皆が逃げ出した、という感じではない。家々や田畑を見て回るに、煮炊きや調理したものの残り香や、放り出された農具たちの姿を認めることができた。
――急に、何かに襲われるなりして、退避せざるを得なかった……というところか?
ヒナガキは持ち歩いている帳面へ、手慣れた様子で村の状態を書き込むと、すぐにその場を後にした。
自分も逃げるわけではない。この先の村々の様子も確かめようと思ったからだ。
ヒナガキは大変な健脚として、まわりにも知られているほど。二刻もかけることなく、この先の村々の様子も確かめ、戻って来ることができるだろうと踏んでいた。
実際、昼前にこの村を後にしたヒナガキは、陽の高いうちに往復してこの場所へ戻ってきた。
結果として、他村もまた同じようにもぬけの殻。作りかけの料理の傷み具合などに差があり、時間差はあれども村民たちがしばらくは村を開けているらしいことは確かだったらしい。
彼らはいったい、どこへ向かったのか。
二つ目の村から、家屋の状態以外にも土の状態なども丁寧に調べていたヒナガキは、村民のものと思しき足跡も探っている。
煩雑ではあったものの、痕跡を消すような動きはしていなかったと見え、ある程度は予想がついた。ここへ戻ってきたのも、最後に確認をする意も含んでいたんだ。
案の定、ここの足跡もまた先の村々の住人達のものと同じ場所へ向かっていた。ヒナガキは特に目立つ足跡まわりの痕を頼りに、足を運んでいく。
そこは小山と見まごうような背の高い木々たちが肩を寄せ合う、森林地帯であったのだが。
そこへ分け入ってからしばらくして、ヒナガキは目を見張ることになる。
まず、木々を倒している人々がいた。彼らは斧などの道具を使わず、腕なり足なりを打ち付けることによって、強引に倒しにかかっていたんだ。
大木を蹴り倒し、殴り倒そうとするのだから、ただでは済まない。ヒナガキが見るに、すでに曲がるべきでない方向に四肢を曲げながら、彼らは動けなくなるまで仕事をやめようとしなかったらしい。
こちらの声も聞かず、強引に取り押さえようとしても強い抵抗を示す。ひとりではなすすべがなかった。しかし、邪魔する真似をしなければ、彼らもまたこちらへ関わろうとしなかったらしい。
――狐にでも憑かれたか?
ヒナガキの想像は当たらずとも遠からずだったかもしれない。
彼らのあまりに野性味あふれる伐採ののちにできた空き地。そこには無数の石たちの並ぶ墓地らしき場ができあがっていたのだから。
そこに集まる各村の住民たちも、持ち寄った石たちを体でもって壊し、砕き続けて細かくしていくとその破片たちを等間隔に並べていく。
手のひらにも乗りそうな大きさにそろえ、一心不乱に並べていくそれらが、おそらく墓石であろうことは想像がついた。
しかし、その数が3桁、いや下手すると4桁に及ぼうというのは尋常なものではない。すでに周囲は暗くなりかけていたが、彼らは誰一人として手を止めようとしなかったという。
ヒナガキがこのことを報告に戻り、人をそろえて整った墓地が作られるまで月をまたぐことになった。
その間も憑かれた村人たちは、各々が動けなくなるまでずっと作業を続けていき、墓地が作られたのちに正気に戻りきれたものは、両手の指で数えられるほどしかなかったという。その彼らもまた自分たちがしていた行いについて、覚えがなかったそうだ。
あれが、誰にも看取られずに亡くなった者たちの起こしたことであるなら、お墓へ参る時間というのは特別なんじゃないかと思うんだよ。