真相と願い
カヴラグルに来て、二ヶ月経った日。二度目となる玉座の間で膝をつき、壇上に座す国王を見上げた。
「答えは、出たようだな」
「はい」
初めて対峙した時ほどの、威圧感はない。私の答えを、愉しげに待っているような、そんな雰囲気だ。
私が調べたことや、話したことは、文間を通じてカヴラグル国王も知っているだろう。多分、私が調べ損ねたことも、調べ上げている。
全ての答えを知った上で、答え合わせをするだけなのだ。
「順に聞いてやろう」
促されるまま、口を開いた。
「まず、トルイス帝国の動機ですが、港の獲得が主な目的かと」
二つ目の目的は、領地拡大による食糧の確保だろう。トルイスの支配地域は広く、中には農耕に適さない地域もある。
他の国から大量に食糧を仕入れるためには、大規模な港が必要だ。ついでに、元々が農耕地域なら生産拠点にもできる。そういう意味で、ミュリアは都合のいい土地だった。
「交易国であるカヴラグルとしては、大国トルイスが貿易戦争に参加することは防ぎたい。その上、ミュリアが併合されれば隣接することになります」
経済的にも打撃を受けるだろうし、いつ攻め込まれるかわかったものではない。国防に費用が掛かるようになるのに、貿易は不利になる。最悪の状況になるだろう。
だからこそ、大して利益がなくとも、不利益を避けるために、ミュリアを助けることにしたのだ。
「トルイス帝国の拡大を防ぐために、不安要素になる私をカヴラグルに招いた」
聖女の祈りは、力を持つ。トルイスにある戦神の加護が強まらないように、海上進出を阻む海神を止めないように、手元に置いておくことにしたのだろう。
これが、聖女の力を必要としていない、カヴラグルに招かれた理由だ。
「次に、ミュリア国内の問題です。犯人はカンス侯爵と、その嫡男。子供の母親はカンス侯爵令嬢で間違いありません」
しかし、事情は少々複雑である。調べていて私も頭がこんがらがりそうになった。なにせ、三者三様の事情が絡まって、王家乗っ取りという結論に至ったのだから。
「まず、きっかけとなったのは、嫡男です。侯爵家の中でも下層といえる立場に不満を抱いた嫡男は、社交で優位に立つべく、トルイス帝国の品を仕入れる商会と接触しました」
ミュリアは平和だ。だから、鉄の値が大きく変わることはないし、トルイスより安かったのだろう。鉄を売り、その金で宝飾品を買うことで虚栄心を満たしていたらしい。
軍事力に結びつく鉄資源を流出させることは、普通に重罪である。しかも相手はトルイス。最悪だ。
「気付いた侯爵は、即座に商会との関わりを断とうとしました。しかし、トルイスの方が一枚上手で、出入りの商人に扮した間者が、令嬢と肉体関係を持っていたのでしょう」
恐らく、令嬢はイリガードに憧れを抱いていた。だからこそ、イリガードと同じ髪色を持つ男からのアプローチに靡いてしまった。
イリガードの、星のような瞳は、王家特有のもの。だが、髪色は珍しい色ではないし、瞳の色も他国には似た色味は存在するという。
輝く瞳を持たぬ王家の人間もいるからこそ、令嬢の子供が王家の血を引かないと判断できないのだろう。
「令嬢には婚約者がいました。不貞による婚約破棄となれば、賠償金は大金になるでしょう。ただでさえ目立たない侯爵家。そんなお金はない」
その上、不貞の証拠を集める際に、出入りの商会が調べられる。芋づる式に、嫡男による鉄の流出もバレてしまうだろう。
そうなれば、爵位返上どころの騒ぎではない。やったのは嫡男とはいえ、実権を持つ侯爵には監督責任がある。良くて囚人として終身労働。悪ければ処刑である。
そこに付け込まれたのだろう。
「幸か不幸か、令嬢が産んだ子供は、王家に近い色を持っていた。幼ければ顔立ちは、誰に似ているかわからない」
だから、全てが明らかになる前に、有耶無耶にすることにしたのだろう。
気弱な侯爵を脅したのかもしれないし、野心家の嫡男を煽ったのかもしれない。子供のためだと、令嬢に囁いたのかもしれない。
でも、それは私には関係のないことだ。どんな理由でも、私が彼らを、ゆるすことはない。
「内容を考えたのは、トルイスの間者である、出入りの商人でしょう」
その案を受け入れ、侯爵はミュリア国内で使われている武器や防具をトルイスに流した。そして、軍に所属していた甥、シノン・ジュダスも利用したのだ。
王家を乗っ取った後、異母兄よりも出世させてやると、欲を煽って。
「今のミュリア王家は、長年、不作続きだったことから若い世代は少ないことも、実行に踏み切った一因だと思います」
しかも、最近は血の近い家との婚姻が多かったらしく、イリガードの次に血が濃いのがパトリックだったらしい。
「二人を排除すれば、令嬢が産んだ子は、怪しくとも次の候補になる。そう説得されて、カンス侯爵は決心したのでしょう」
そして、事件は起こった。宣戦布告で告げられた、ミュリア王国によるトルイス帝国侵入と略奪は、カンス侯爵家が渡した防具を纏ったトルイスの自作自演。
これで、言い訳は完成だ。トルイス帝国は本格的にミュリア侵攻を開始した。この時点で、カンス侯爵家は用済みだったのだろう。
トルイス帝国としては、ミュリア王家は邪魔な存在だ。全部滅ぼして、自国の貴族を派遣した方が都合がいい。
「簡単なはずだったミュリア侵攻は、イリガード率いる部隊の活躍で難航した。討ち取ったイリガードの遺体が見つからなくては、王国の士気も落ちない」
だから、カンス侯爵に伝えていたような、遠回りな乗っ取り計画を実行せざるを得なくなったのだ。
カンス侯爵を動かすための詭弁だったため、計画は杜撰。結果、カヴラグルの介入を許すことになった。
「……以上が、帝国の動機と、ミュリア国内の混乱の原因だと判断しました」
これで、出された条件は達成されたはずだ。これ以上は、私ができることはない。
「ふむ」
カヴラグル国王が、顎に指を当て、にんまりと笑う。私の心を見透かすように、じっと目を覗き込んでくる。
「それで、お主はどうしたい?」
三日月に目を細めて、甘い、蜜のような声で、そう尋ねてきた。
「内容は間違っておらん。約束通り、お主に褒美を与えよう」
どろどろとした、甘い声が脳に染み込んでいく。カヴラグル国王の狙いは、わかっている。私に、復讐を望ませたいのだ。
唆したトルイスの間者に、実行に移したカンス侯爵家の者と、シノン・ジュダスに復讐を望めと、そう、促しているのだ。
ただ、カンス侯爵家の罪を明らかにして、ミュリアを救うだけでは面白くないと。聖女の役目を投げ捨てて、復讐を望んでみせろと、愉しげに、誘われる。
「わたし、は……」
仇を取りたいと、ずっと、思っていた。ゆるせないし、罰を受けるべきだと、思っていた。
だけど、自分から、より惨い結末をと望む覚悟は、なくて。だって、何もせずとも、カンス侯爵家は一家断絶だ。侯爵と嫡男は処刑、令嬢もタダでは済まないし、シノンは下級貴族なので、晒し首だろう。
でも、死んで終わりにさせていいのかと、囁く声が、聞こえる。
「さあ、どうする?」
ぐわんぐわんと、頭の中で声が反響する。目が周り、頭が痛くなってくる。酔わせるような、不思議な強制力を持った声に、頷きそうになった、その時。
「俺の妻を虐めるのは、やめてもらおうか」
凛とした声が響いて、逞しい背に庇われた。
その声を、その背中を、認識する前に、じわりと涙で視界が滲む。
「イリガード……?」
「遅くなった。ごめんな、ミチ」
振り返った、輝く星の瞳と目があった。間違いなく、イリガードだ。
「生きておったか」
確かに、報告では遺体は未発見だったなと、カヴラグル国王はつまらなそうに言った。
「生憎と、頑丈な体なもので」
崖から落ちる時、パトリックに庇われたこともあり、なんとか動けたらしい。ただ、パトリックは依然として行方不明のままだ。
「俺が探しに戻った時には、姿が無かった。死んではいないと思うが……」
パトリックを探していたこともあり、ミュリアに戻るのが遅くなったのだという。
そして、時間が経ってミュリアに戻ると、自分の隠し子はいる上に、裏切り者のシノンが権力を得ている状況だったらしい。
「そのまま戻っても、面倒な気配があったからな。保護してくれた伯爵に頼んで父上とも連絡を取り、奴らに関しては暫く泳がすことした」
なので、国王陛下も無事だそうだ。これを機に、カンス侯爵家に加担した者たちも纏めて炙り出すつもりなのだろう。
ただ、相手にバレないよう行動したため、時間が掛かったのだと、イリガードは悔しそうに言った。
「ようやく迎えに来たら、こんな状況だ」
驚いたと言いながら、イリガードが私の前に手を出し、一歩下がらせた。顔が見えないが、睨んでいることは、カヴラグル王の反応でわかった。
すう、と音がしそうなくらい、大きく息を吸ってから。イリガードは儀礼的な礼を述べた。
「カヴラグル王よ。ミュリアの聖女を保護してくれたことには感謝申し上げる」
「よい。双方に必要なことであった」
「だが、ミチは俺の妻だ。譲りはしない」
口調が崩れるまでが早すぎる。だが、それ程までに怒ってくれることが、守ろうとしてくれることが、嬉しかった。
正面切って、宣戦布告されたカヴラグル王は、一瞬目を丸くした後、三日月形に歪めて笑った。
「ふむ。トルイスの脅威に晒される中、カヴラグルとも戦うか?」
「い、イリガード、それは……」
不味い。隠し子問題が解決するとはいえ、カヴラグルの協力なしに、トルイスを退けるのは難しい。しかし、イリガードも退かない。
「脅すつもりか?」
「いやなに。事実を伝えてやっただけだ」
怒りを含んだイリガードの声と、それを煽るようなカヴラグル王の飄々とした態度。
バチリ、と音がしたのを、肌で感じた。空気が凍りついている。イリガードは引く気がなさそうだし、どうしよう、とイリガードの背と、カヴラグル王を交互に見る。
すると、ふは、と、カヴラグル王が笑った。
「……冗談だ、冗談。聖女の知識に価値があっても、そんな小娘に興味はない」
「ならば」
被せるように言うイリガードに、カヴラグル王は手をひらひらとさせて答えた。
「連れ帰るがいい。全く、コキ使えるなら都合がいいと思ったものを」
さっさと行かんか、と完全に話が終わった雰囲気だが。私は、発言を求めて、そうっと手を挙げた。
「あ、あの、いいですか?」
「なんだ?」
ピャッ、と肩が跳ねそうになるのを、堪えながら一歩、前に出る。先程の会話でカヴラグル王がちょっと怖くなったが、イリガードがいるから大丈夫、と自分に言い聞かせる。
それに、ちゃんと主張はしなくては。労働の対価を得なければ。それができない女に、王太子妃は務まらない。
「褒美の話なんですけど……。カヴラグルとミュリアの交易条約締結とか、ドウデスカネ……」
正直、カヴラグルに利益は少ない。他の国と貿易すればいいからだ。だからこそ、褒美として要求をしてみた。
ミュリアと一定以上の交易をするようになれば、カヴラグル国民にミュリアの品が定着する。そうなれば、カヴラグルはミュリアを簡単には切り捨てられなくなる。
もし、トルイス帝国が力を失って、防波堤の意味をなくしたとしても、だ。だから私は、不戦条約よりも、この方が効果があると思ったのだ。
そんな私の考えくらい、簡単に見透かしたのだろう。カヴラグル王が態とらしく首を傾げた。
「ほう。ミュリアへの援兵派遣は良いのか?」
このままでは、トルイスに滅ぼされるのではないか、と不安を煽ってくる。が、それはそれ、これはこれだ。
「それは、だって、聖女を差し出す時の条件、ですので……」
「聖女を連れ帰るというのに、か?」
「好きにしろと、先程仰ったので……」
ダメですかね、と壇上を見上げる。暫く、見つめあった後。カヴラグル王は、わかりやすく眉を顰めた後、仰々しい溜め息を長々と吐き、言った。
「お主、図々しいと言われたことはないか?」
「い、いえ。カヴラグル王が約束を破ったなんてことがあってはいけないと、オモイマシテ……」
「猫を被りきれておらぬぞ。じゃじゃ馬娘」
はぁ、とカヴラグル王が深々と溜め息を吐く。呆れたような顔だが、否定する言葉はない。
「全く、ミュリア王太子は趣味が悪いな」
本当にこんなのを連れて帰るのか、との言葉に、反論するより早く。イリガードは、至極真面目な声で答えた。
「そうか? 可愛いぞ」
うげ、とカエルを潰したような声が、玉座の間に響く。
「付き合ってられん。我に二言はない。褒美は与えよう。後は好きにするが良い」
そうして、正式にカヴラグル王からの許可と、ついでに褒美に関する条約を一筆認めてもらった私たちは、手を繋いで王宮を出た。
◇
王宮を出て暫く歩いた草原で。イリガードは突然、私の前に跪き、左手を取った。
「二度と、不安にさせないと誓う。だから、俺の隣に、いてくれないか」
真剣な声音で、改めて告げられたプロポーズに、今度こそ、堪えきれなかった涙が溢れた。
でも、涙は見せたくなくて。イリガードを押し倒す勢いで抱きつく。しかし、イリガードの素晴らしい体幹は揺らぐことなく私を抱き止めた。
「……もう、置いていかないで」
「ああ」
そっと頭の後ろに手が添えらる。暖かい。生きている。ぎゅ、と背に回した腕に力を入れた。決して、離れないように。
「今度は私も、着いていって、敵なんて全部倒すんだから」
「それは頼もしいな」
笑いながら、イリガードが体を起こす。慌てて離れようとしたが、逞しい腕を回され、そのまま抱き上げられる。
待って待って、と静止する声も聞かず、イリガードは掲げて笑った。
「愛してる!!」
そう言って、くるくると回り出すイリガード。最初は驚いていた私も、だんだん笑いが込み上げてきて。
カヴラグル王が用意した御者が、申し訳なさそうに声をかけてくるまで。私たちは、くるくる回り続けていたのだった。
戦闘用の力を持たない女の子が、どうやって仇を取るかを自分なりに考えた作品です。
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