乙女ゲー原作崩壊RTA無自覚走者、ハッピーエンドを目指す(なお、憑依先はラスボスとする)
これ↓ の続編です。
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騒がしい周囲の人混みを掻き分けて、一人の少女がこちらに向けて走ってきた。
猪も驚くスピードで駆けるその少女は、人混みを抜けると、勢いそのままに桜散る石畳の上を踏み切り──。
「何してくれてんだ、このシスコン野郎──!」
華麗な飛び蹴りをかました。
誰もが見惚れるような、完璧な飛び蹴りだ。
対象は、勿論わたし。
何となく襲い掛かってくることはわかっていたので、予定通りに蹴りを上方向にいなす。
避ければ、背後のルシフェルに当たってしまうからだ。
これほどの飛び蹴りを放てるようなものなら、上にいなしてしまえば着地くらい容易だろう。
その考えは正しく、少女は、わたしとルシフェルの上を回転しながら地面に降り立った。
「突然どうされました?」
「どうしたもこうしたもないわ! こんな序盤に何してくれちゃってるわけ?!」
「さあ、何のことやら。全く心当たりがございません。誰かと勘違いされているのでは?」
「すっとぼけんなよ、わかってんだぞこっちは!」
小さい身体を目一杯機敏に動かす姿は、まるで子兎のよう。
妹とは別の愛らしさを抱く。
「おやおや、かわいいですね。ルシフェルもそう思うでしょう?」
「……はあ。確かにお可愛らしい方ですが」
「あっ、褒められ……てないでしょ、これは! 気を逸らさせようとしても、あたしはチョロくないんだからね?! 勘違いしないでよね!」
と言う彼女の頬はほんのり赤く染まっていた。
こういう人柄の人物は、からかうのがとても愉しい。
掌でころころと転がってくれるさまは、いつ見ても心が躍る。
「まあまあ、そう怒らないでください。あまり騒ぎを大きくしますと、怖いこわーい風紀委員の方がいらっしゃいますよ?」
「元はと言えばあんたが……! って、今言っても仕方がないか。場所を変えましょう、ここじゃ話せることも話せない」
先程の攻防で乱れた髪を払い、少女は学校内を指し示した。
空き教室でも使って、腹を割って話そうということだろう。
互いの正体は、もうほぼわかっている状態だった。
これからの話し合いは、その確認というわけだ。
しかし。
「嫌ですが」
「あ?」
「嫌ですが」
「聞こえた上で聞き返してんの。首席のくせに馬鹿なの?」
「聞き返した上で、拒否したのです。宮廷魔法師団推薦の特待生と耳にしていましたが……どうやら、覚え間違いのようですね」
「こんにゃろ……」
ああ、面白い。
二転三転する少女の表情。
それに対し、わたしの顔はどうせ、貼り付けたような薄気味悪い笑顔なのだろう。
『家族』のストレートな評価を反映するなら、だが。
まあ、大抵何とかなるだろう。
世の中、物事を最終的に左右するのは顔だ。
妹譲りの顔は、それはもう美しい。
我ながら素晴らしいと褒め称えたくなるほど。
「ニコニコしてんじゃねー! とっとと行くぞオラ!」
だが、その顔面の笑顔でも、短気な彼女には効果がないらしい。
まさか、顔の良い男を見慣れているな。
流石は主人公、『おもしれー女』というやつだ。
多分、おそらく、わたしの中の彼女への好感度が一上がった。
それでも、わたしは少女との逢瀬を拒否しなけらればならない理由がある。
「嫌です。今日は妹とともに実家に訪問するので──」
「申し訳ありません、お兄様……で、いいのでしょうか。本日はマモン殿下と公務の予定がございます。ご一緒することはできません」
「……何……だと……」
突然の裏切りに、わたしは狼狽えた。
何故だ、愛しき妹よ。
お兄ちゃんを裏切ると言うのか。
「ざまぁ! ということで、お借りしますね」
「ルシフェル! どうかご再考願えませんでしょうか?!」
「すみません、そのご要望にはお応えしかねます」
お手本のような断り文句で、わたしの願いは投げ捨てられた。
無念。
でも、困り顔の妹が可愛かったのでOKです。
ルシフェルに控え目に手を振り、少女に強引に連行される先は校舎内のどこか。
入学式後の放課後にわざわざ校舎に残っている者も居らず、どこにも人の気配はない。
「どこに向かっているんです?」
「談話室! そこ以外ないでしょ!」
「そうなんですか」
「そうなんだよ! ……ほんと、何なのこいつ」
それはこっちの台詞だ。
そう言いたくなるが、これ以上怒らせても話が進まなそうなので抑えた。
わたしが持つ情報なんて、彼女からしたら、その辺の芋虫くらいにしかならないだろう。
今は、いち早く彼女の話を聞くのが先だ。
腹いせに体格差を利用して、時々強制的に止めて、おちょくるだけに留めておこう。
広い校舎の廊下をしばらく歩いていくと、とある教室の前に立ち止まった。
プレートに書かれていたのは談話室。
外から見る限り、他の教室と違って、ソファやボードゲームなどが置かれており、学業の合間に休憩する空間としての用途が想定されているらしい。
引き戸を開けて、内鍵を閉め、外部からの侵入を防ぐ。
鍵を閉めたのはわたしではなく少女のため、決してやましいことはないと明言しておく。
「……はあ、疲れた」
「お疲れ様です」
「あんたのせいだよ……」
一人で座るにしては大きなソファに倒れ込み、乙女とは思えない姿勢で、少女はわたしを見上げた。
俗に言う、ジト目で。
そういうものに興奮する趣味はないので、スルーして対面の一人用のソファに座る。
それを見てから、少女は起き上がり、わたしを見据えた。
「……取り敢えず、自己紹介から。あたしはクリスタ。知ってるだろうけど」
「ええ、勿論。お互い様でしょう。わたしはミカエルです。ミカエル・ウェヌスでもあります」
「……そう言うってことは、もう知ってるんだ。それもそうか、《世界記録》へのアクセス権限あるんだし」
クリスタの言葉に、わたしは固まった。
それに激しい衝撃と高揚を覚えたからである。
「何ですか、その厨二臭いものは……!」
「は? ……ああ、どうりで。あんたミカエルルート攻略してないんだ」
「ミカエルルートどころか、プロローグすら見れてませんよ!」
「……あ? 何だって?」
「ですから、プロローグすら見れてないんですよ! 噂とキャラクタービジュアルの情報しか知らないんです、わたし! ああ、そんなわくわくするものがあるなら、もっと早く──」
急に立ち上がったクリスタがわたしの制服のネクタイを掴み上げた。
「……原作未履修って、こと?」
「はい。やろうと思った瞬間に、この世界に来ていたので」
「……知らないまま、原作の流れぶっ壊したってこと?」
「よくわかませんけど、そうなんでしょう」
「……乙女ゲーもののラノベあるある、わかる?」
「知りません」
天高く挙げられた拳。
天井の照明によって、太陽のように輝くそれは、垂直にわたしに振り下ろされる。
「にわか転生者テンプレじゃねーか! それ本来主人公ポジの役目でしょ?! マジで何やってんの?! 死にたいの?!」
「もう死んでますけど」
「クソ、こいつガワだけはミカエルだ!」
暴れるクリスタを何とか沈め──あんたのせいだと何度も言われたが──互いの事情説明を続行する。
「クリスタさん、あなたの始まりはどこからですか?」
「風邪薬のCMか……? まあ、いいけど。あたしが『クリスタ』だって認識したのは、今日の入学式の最中。つまり、ゲームのプロローグ開始と同時」
「大分最近……最近? ですね」
「あんたは三か月前くらいでしょ。ミカエルルートでの回想がそこからだし」
「ご名答です」
「まあね。全ルート履修済みだし、ファンディスクや設定集まで網羅してるんだから。……始めてすらいなかった、あんたと違って」
それを言われると耳が痛い。
わたしとしてももっと早く始めたかったのだが、とある事情により難しかったのだ。
「仕方ないじゃないですか。こっちじゃ販売してないんですよ、日本の乙女ゲーなんて」
「……ん? 待って、あんた外国の人?!」
「全世界飛び回ってますけどね。一応外国出身ですよ」
「あるんだそういうこと……。っていうか、どんな仕事?」
「『掃除屋』ですよ、フリーランスの」
「全世界飛び回る掃除屋って何……?」
クリスタの問いに、わたしは曖昧に笑った。
それ以上踏み込むのは許さない、と言外に示すように。
彼女も理解できたのか、それ以上突っ込んでくることはなかった。
そうして、彼女も知っているであろう『ミカエル』の事情と、おそらく原作との転機となった部分について話した。
目覚めるとよくわからない城に居たので、取り敢えず周囲を探索した。
自分の姿は、元の姿と全くの別人のようなので、考えても無駄だろうと察しをつけて、それ以上の思考をやめた。
よくわからない力──おそらく、アカシックレコードとやら──も使えるようになっていて、それによって様々な知識を得た。
どうやらここは隔離された空間らしく、命に別状はなさそうなので、何となく暮らすことにした。
動物っぽい何かを家族として過ごしているうちに、変な穴を見つけた。
こじ開けたら、『こっち側』の世界と繋がってしまった。
閉じれないのでそのままにしていたら、変な人たちがやってきた。
『野良の魔法師だ』とか何とか言っていたので、邪魔だと追い返していたら、いつの間にか『魔王』と呼ばれていた。
そうしてしばらく経った後、学院長と出会って、この世界があの『エンラヴ』の世界であると知った。
学院に入るために、色々努力した。
そして、今日を迎えた。
すべてを聞き終えたクリスタは、天を仰ぎ、一呼吸おいて、わたしを見る。
「……ま、そっちの大体の事情はわかった。でもね、一番大事なことが聞けてない」
「まだ何かあります?」
「ある。……ずばり、一番好きなエンラヴのキャラは?」
「勿論、ルシフェルです。パッケージ一目惚れでした」
「ですよねー。あたしも人のこと言えないけどさあ」
推し談義はオタクのコミュニケーションの一つだ。
それを忘れるなんて、わたしもどうかしていたのかもしれない。
「じゃあ、次はあたし。と言っても、今話せることはあんまりないかも。設定うんぬんは膨大過ぎて面倒臭い。自分で調べて」
「ふむ。ならば、『元の立場』と知っておくべき設定のみお願いします。この力、過去のことしか知りようがありませんので」
「はいはい。日本住みの女子高生、乙女ゲーとラノベがバイブル。
クリスタはエンラヴの主人公で、ミカエルはラスボス。ちなみに、ルシフェルはルート次第で闇落ち、もしくは死亡するタイプの友人(百合ルートあり)ポジ。」
「なるほど、理解しました」
しかし、ラスボス。
ラスボスか。
心の中で、何度か呟く。
今思えば、それらしい風景だった。
ラストダンジョンっぽい城に、モンスター。
エンラヴ自体はビジュアルノベルゲームであるため、あれらはフレーバーテキスト的存在なのだろう。
そうすると、今の状態は序盤にラスボスが襲ってきているようなものだ。
主人公側からすれば、溜まったものではない。
というよりも、あれか。
わたしがラスボスっぽくなかった故に、一般人と勘違いした機関と学園が余計な手出しをしまっくた結果の『これ』なのか。
成り代わり転生の弊害が出てしまっていた。
「ラスボスがラスボスでなくなったせいで、これから何が起きるのかわからない。この話し合いはそのための会議だ。そういうことですね」
「話が早い。じゃあ、何であんなことしたんでしょうか」
「ルシフェルに会いたかった、ただそれだけです」
「厄介オタクめ……」
鋭い視線を送られるも、あなたも人を揶揄する資格はないだろうと、肩を竦ませた。
「何? 文句でもあるわけ?」
「何か隠していらっしゃるなと」
「……なんでわかった」
「雰囲気です」
小さく響く舌打ち。
聞こえないとでも思っているのだろうか。
二人きりという前提を忘れているのかもしれない。
「……別にいいじゃん、逆ハーレムくらい夢見たって」
「そんな願望あるんですか? 見えませんけれど」
「細かく言うと逆ハーっていうより、みんなと仲良くしたいって感じ。ほら、攻略対象って顔はいいけど、地雷しかいないじゃん。夫にはしたくないのよ、絶対に」
「つよめの偏見ですし、それは悪女なのでは? ……ちなみに、攻略対象には『わたし』も含まれていますよね」
「もちろん」
幼さを残した笑顔を輝かせ、クリスタは言い放つ。
全くかわいいとは思えない。
邪悪な笑顔もあるものだ。
「キャラクター名『ミカエル』。エンラヴのラスボスにして隠し攻略対象。主人公の友人兼ライバル役を務めるルシフェル・ウェヌス、その双子の兄である『ミカエル・ウェヌス』が紆余曲折あって悪魔になった姿。……《悪魔》って何かわかる?」
「勿論。説明書は読み込むタイプなので」
エンラヴにおける悪魔とは、よくある敵キャラクターのようなものである。
魔界と呼ばれる不思議な空間から無限に湧き出、人々に害を及ぼす駆除対象。
強さはピンキリだが、何の力も持たない一般人は基本的に勝ち目がない。
ステラ王国が魔法師を育成しているのも、この悪魔を討伐するためだ。
そして、悪魔の中には特別強力な個体がおり、それを《魔王》と呼ぶ。
「もうね、ネタバレとか気にしないで全部ぶっちゃけるわ。あんたとルシフェルの両親って元勇者パーティ的なアレだったんだけど、先代魔王討伐時に置土産の呪いを食らっちゃったの。で、それがこれから産む子が死ぬ呪い……に見せかけた子どもを悪魔にする呪いでね。このままだと二人とも死んじゃう〜ってなったところで、スーパーシスコン兄貴ことミカエルが、その辺の妖精やら何やらと交渉してルシフェルだけ無事に産ませたってわけ。『天使の奇跡』ってやつ。まあこの世界の天使って禄でもないし、この時点のミカエルは『ミカエル』って名前じゃないんだけど……そこら辺は割愛。それで、ミカエルの遺体は火葬された上で埋葬された。でもねえ、まだ『魂』が残ってたんだわ。ということで、残された魂くんは魔界へフライハイ。色々ごちゃごちゃくっつけられ、整形されて完成したのがあんた。チートラスボス、魔王ミカエル。記憶はそのまま引き継いでいるからクソシスコン兄貴のままで、悪魔になったことで人類への憎しみがどーたらこーたら……んで、結局最愛の妹を闇堕ちさせて自分の隣に置いたあとに、世界『滅ぼすぜよっしゃー!』的なことになる」
「はあ、なるほど。そこで出張ってくるのがあなたたち主人公……今代の勇者パーティと」
「物分りが良くて助かる。後のクソ細かい部分は世界記録を参照して、自分で補完してくださーい。……喉乾いた」
オタク特有の早口設定語りを一度終わらせると、クリスタはどこからともなく本を取り出した。
そして、それを開いて一言呟く。
「──〝水の玉〟」
本が薄く発光し、魔法陣が描かれたかと思えば、そこから小さな水の玉が現れた。
「ほう、それが人類が使う魔法ですか」
「本家からしたら、子どものお遊びみたいなもんでしょ」
「そうですね。『うわ……人類の魔法、弱すぎ……?』って感じです」
「は? キレそう。最終的には負けるくせに……」
作り出した水の玉を口の中に放り込み、喉を潤すクリスタ。
設定上、魔法で作り出した物質は、現実にある物質と相違ない。
魔法で出した物質は、それを消すような魔法を使わなければ、ずっと残ったままとなる。
物理法則は死んだ。
神が生きているのだから、当然かもしれないが。
「それで、これからどうするんです? わたしがここにいる時点で、原作ストーリーは、十中八九崩壊しているでしょう?」
「んー……まあ、そうかな。あんたなら世界崩壊企んだりしないだろうし」
「では、平和に学園生活を送れる──」
「──……と思うじゃん?」
「……?」
ローテーブルに両肘を付き、手で顔を半分隠した状態で、クリスタは話を続ける。
「実はさあ……いるんだよね、黒幕」
「……何……だと……?」
「そりゃあ、悪魔がいるなら天使もいるのよ。というか、自分の名前と妹様の名前改めて考えてみ? なんで悪魔の王である魔王の名が『ミカエル』で、悪魔を討伐する方の名前が悪魔である『ルシフェル』っておかしいでしょ」
確かに、と手を打った。
そういえば、『家族』は皆天使の名であるし、ルシフェルが殿下と呼んだ男も『マモン』という悪魔の名である。
「……しかし、そうなるとあなたはどうなるのです? クリスタはキリスト教徒を意味する名でしょう?」
「はっはっは、その通りだミカエルくん。これはオタクの推測だけど、某神や某救世主の名前そのまま使ったら流石に怒られるから、その代替として『クリスタ』になっただけだと思うよ。神の代弁者的な?」
「……今の話の流れで行くと、それは相当な厄ネタでは?」
「大・正・解」
そうして、クリスタが語ったのは、以下のことだった。
この世界は、とある神が作り出したものである。
空と地と海を作り、人を作った。
人を守護するものとして、天使を作った。
天使は神の意思を人に伝える役目も担っていた。
しかし、ある日人は神へ刃向かった。
災害や伝染病などで、理不尽に命と生活を奪われ、それを試練と称する神を許せなかったからだ。
神にとっては、試練とは人の発展が停滞しないようにするためであったが、人はそれを知る由もなかった。
業を煮やした神は、天使へ人を殺すように命じた。
だが、天使は人を守護するために生まれたものだ。
天使は人を傷つけられない。
だから、神は天使を捨てた。
捨てられた天使は、人へ歩み寄った。
けれど、人は天使を蔑んだ。
人にとっての天使とは、守護する以前に、憎き神の部下であり、試練とやらを与えるものの一味であったのだ。
それでも、天使は人のために生きようとした。
人は、神を殺すために、天使を利用し迫害した。
そして、いつの日か人は神殺しを成し遂げた。
完全無欠たる偶像の神を創り出し、都合の良いように扱い始めた。
これが、『人の世』の始まりであった。
いつしか、天使は元の在り方も忘れ、人を憎むようになった。
純白だった翼は黒く染まり、羽は抜け落ちた。
人への奉仕の心は、憎悪へと変わり、ただ人を滅ぼすことしか考えられなくなった。
これが、悪魔の始まりである。
悪魔となった天使は、人へ復讐を始めた。
奇跡──今は魔法と呼ばれる力を使い、虐殺を行った。
しかし、人もやられるばかりではなかった。
魔法を解析し、人が扱えるようにした。
それどころか、《天使》と呼称される対悪魔用の戦闘兵器を作り出した。
そして、人と悪魔による全面戦争──天魔決戦が始まったのだ。
勝者は、勿論人類。
敗北した悪魔は、世界の綻びに住み着き、魔界という巣を作った。
来る日、再び人類に復讐するために。
「……はい、ということで。人間って欲深いなあ!」
「もしかして、わたしがここにいるのって大分ヤバめの案件ですね?」
「初見生きた心地しませんでしたよ、ええ。リス地狩りしにくるラスボスとかクソゲーじゃんよ……」
膝を抱えるクリスタ。
頭を抱えるわたし。
「……ここまで聞いて一つ思ったことがあるんですが」
「どうぞ」
「これどうやってハッピーエンドになるんです?」
「ふはは。……誰がハッピーエンドがあるっつったよ」
「マジですか」
「マジです。ミカエルと一緒に世界ぶっ壊すルートが一番ハッピーって言われるくらいにメリバの巣窟です。本当にありがとうございました」
目が死んでいるクリスタを見れば、その言葉が嘘ではないことはすぐに察しがついた。
どうやら、この世界はベリーハードモードのようだ。
クリスタは唸り声を上げながら、ソファへ背を預ける。
そして、深呼吸をすると、身体を起こし、頬を叩いて気合を入れた。
「これは、提案なんだけど……もう原作ストーリーは崩壊してるわけじゃん?」
「そうですね」
「つまりもう原作ストーリーに従う必要はないじゃん?」
「……そうですね」
「ならさあ──あたしたちで『ハッピーエンド』、作れば良くない?」
人間、思いがけない言葉を聞けば、驚いて呼吸すら忘れてしまうものだ。
わたしは悪魔であるが、今の身体は人間そのもの。
だから、息が詰まってしまった。
「……それは、実現可能なんですか?」
「さあ?」
「さあって……」
「だってわからないもん。よくある『修正力』みたいなのが働く可能性だってあるし、そもそもそんな上手いこといくわけないかもしれないし」
おちゃらけた態度で、クリスタは言う。
けれど、その芯には揺るがない意志があった。
「でも、始める前に諦めてちゃ、何も始まらない」
あとから思えば、わたしはこの時点で彼女に惚れていたのだと思う。
恋愛的な意味ではなく、『彼女の人間性に』という注釈が付くのだが。
「あたしは……『クリスタ』っていうキャラは、それはもう壮絶な過去を持ってるし、壮絶な未来が待ってる。それは、多分攻略対象に釣り合うために用意された人生なの。特別な才能を持っているわけじゃない、普通の女の子。でも、主人公であるために、背負う必要のない重荷を背負わされて、挙げ句の果てには人類が生きるための生贄になる。……それが悪いってわけじゃない。ただ……『もっとできることあったでしょ』って思うんだ。『クリスタ』として生きた記憶のないあたしが、言える義理じゃないかもしれないけどさ」
幸福を手に入れるためには、それ相応の犠牲を払う必要がある。
おそらく、本来の『クリスタ』は、魔王を討伐した勇者として崇拝され、自由もなく飼い殺しにされて一生を終えたのだろう。
ただ一人の少女ではなく、世界にただ一人だけの勇者として。
「あんただってそうでしょ? 親のツケを子どもが払わされた。本当は、ただの人間として生きられたはずなのに」
「……そう、かもしれませんね」
彼女と同じように、わたしも『ミカエル』としての記憶は存在しない。
今のわたしたちは、本来生きるはずだった彼らの人生を乗っ取った者に過ぎないのだ。
だから、彼らの本当の気持ちを推し量ることはできない。
けれど、その境遇に思いを馳せることはできる。
クリスタは、自分の胸に手を当てる。
「きっと、この身体に『クリスタ』の意識が戻ることはない。あんたの身体にも『ミカエル』の意識は戻らない」
「……ええ」
「……なら、せめてもの贖罪として、大団円目指してみない? あの子たちの代わりに、あたしたちが言ってやるの。このふざけた世界に、『ざまぁ見ろ』ってね」
思えば、『わたしたち』は人に踏み躙られた存在なのだろう。
人として生きる権利を奪われ、勇者/魔王として生きるしかなくなった。
笑うことも泣くこともできず、ただ戦うことしかできなかった。
そんな『わたしたち』が、もし、笑って、泣いて、生きることができるというのなら──それ以上の幸福はない。
差し伸べられた手を、わたしは取る。
一回りも小さくて、握るだけで折れてしまいそうなほど細い手。
けれど、宿る力は大きかった。
「……ハッピーエンド、ですか」
「何事も、ハッピーエンドが一番でしょ! メリーバッドエンドなんてクソ喰らえ、ハピエン厨を舐めるな!」
そうして笑った少女の笑顔は、天使のように愛らしかった。
この日、勇者と魔王は約束した。
『このクソッタレな世界をぶち壊す』と。
そのためには、腐り果てた人類の浄化と、天使と悪魔の救済が必要だ。
二人だけでは手が足りないから、協力者も集めなければいけない。
問題は山積み。
けれど、二人ならば何でもできる気がした。
茜色に染まる校舎。
玄関から外へ出て、校門まで続く石畳の上を歩いているとき。
ふと、クリスタが立ち止まった。
「あ、そうだ。凄い大事なこと言い忘れてた」
この世界の大部分の設定は、既に共有したと思っていたが、氷山の一角だったらしい。
しかし、いったい何を言い忘れていたのだろうか。
「エンラヴって乙女ゲーじゃん」
「そうですね」
「乙女ゲーってことはさ、攻略対象ごとにルートがあって、エンディングがあるでしょ?」
「そうですね」
「エンディングって、基本トゥルー、ノーマル、バッドの三種あるよね?」
「大体はそうだと思いますが」
「……その比率、一対一対八なんだわ」
「……はい?」
「あと、一周目はトゥルーいけない。ノーマル、バッドでこの世界がゴミだって知らないと」
「……ちょっと待ってください」
「ちなみに、クリスタが勇者じゃないIFルートが公式のエイプリルフールで発表されててさ。ま、簡潔に言うとルシフェルが酷い目に会う」
「情報を畳み掛けないでください。……え、マジの話ですかそれ」
「マジマジ。終わってるよね、この世界」
急に湧き出てきた障害に、わたしは天を仰いだ。
バカみたいに多いバッドエンド。
一周目トゥルーエンド到達不可。
加えて、我が最愛の妹ルシフェルが酷い目に会うなんて。
「……うん、ちょっと世界滅ぼしますか」
「待て待て待て! 早い、早すぎる! 入念に準備してからじゃないと、社会崩壊やら何やらでもっとやべーことになるから! 『ざまぁ』は計画的に!」
ラスボスたる自分の力をふんだんに使って、今にでも滅ぼそうと思ったところを、クリスタに止められる。
仕方がない、と発動しようとしていた魔法を消した。
周辺を一撃で吹き飛ばす、広範囲破壊魔法だった。
「駄目だこいつ……早く何とかしないと……」
「手綱、握ってくださいね」
「あんたが言っちゃダメでしょうが、よ!」
結構思い切り背中を叩かれる。
痛いわけではないが、良い音が鳴った。
「じゃあ、あたしは寮に戻るから。あんたは、ご両親にお話しに行くんでしょ?」
「ええ。まあ、一波乱あると思いますが」
「ないと思ってるのなら、頭お花畑すぎるわ」
公衆の面前でルシフェルに告白したことで、貴族界は今頃大慌てだろう。
死んだと思われていた男が、成長して帰ってきたのだから。
初めから、大人しく過ごす気はなかった。
というより、大人しく過ごせる気がしなかった。
だから、入学試験でも文句なしの満点を叩き出したし、入学後も学園内で幅を利かせている貴族をボコった。
先に手を出して来たのはあちらであるし、観衆の目がある上で転がしただけであるから、そこまで大きな問題にはならないだろう。
『貴族と平民が分け隔てなく学べる』という外面を信頼するのなら。
「何かあったときは、どうにかしますよ」
「……拳で?」
「拳も、ですかね」
クリスタは引きつった笑みを浮かべると、諦めたように溜息を吐いた。
「……ま、頑張りなさい」
「誠心誠意努力しますとも。では、さようなら」
「はいはい、じゃあね」
雑な別れ方だ。
しかし、友達同士の別れというのは、大抵こんなものだろう。
そのうち、王直属の騎士団に連行されて、現国王と公爵である父、加えてその他大勢の前で事情を説明したり、派閥争いに巻き込まれそうになったりすることは、予想が付いている。
だが、政界は何一つわからないので、自分の武器である『力』を振りかざすしかない。
むしろ、それさえ見せておけば、あちらの方から便利な手段を提示してくれるだろう。
あとは、クリスタにぶん投げればいい。
彼女は、もうハッピーエンドまでのルートが見えているようだった。
期限は、おそらく今年一年。
実質的な準備期間は半年ほどだろうか。
原作を知っている者からすれば、これは無理難題なのだろう。
しかし、わたしは原作を知らない。
知っているのは、パッケージに書かれた大まかな説明と、一目惚れしたスーパー美少女ルシフェルだけだ。
『悪役令嬢』だとか『ざまぁ』だとか、不穏な要素がちらつくが、それも全部蹴り飛ばしてみせよう。
ラスボスはとても傲慢なのだ。
力に驕っているくらいが、ちょうどいい。
人気のない道。
多方向から降り注ぐ視線。
隊長格であろう者は、すぐにわかった。
「……では、連れていってくださいますか?」
一番最初の大仕事に、腕が鳴る。
宵の明星が輝く中、わたしたちの計画は始まったのだった。
ざまぁ系書こうとして失敗したやつの供養です。
ざまぁ系って難しくないですか?
『ざまぁする側もされる側も同類だろ』と思い、執筆する手が止まりました。
その結果、おかしな方向に舵切ってできたのがこれです。
本来書こうとしたのは、テンプレ通りの追放系悪役令嬢と頭お花畑逆ハー主人公と悪役令嬢を好きになるラスボスでした。
設定捏ねたらこんなことになったので、根本的に『乙女ゲーム』という題材が向いていない気がします。
でも流行りジャンル書いてみたいんですよね。
乗るしかないこのビックウェーブ。
今度こそちゃんと書けるようになりたいです。




