聖国から追放されし暗黒騎士、祖国に復讐を誓う
物語の序章のような感覚で読んでいただければ幸いです。
「――ついに我々は、かの憎き“西の大魔王”を討滅することに成功したのです!!」
壇上に立って雄弁に語る一人の男。その言葉に呼応するかのように、広場に集まった民の声は、一瞬にして熱を帯びたものとなる。
「おおおおおおっ!! 遂に、遂に奴を倒したんだ!!」
「流石は我が教皇様が誇る聖騎士団、“ナイツオブホーリー”だ!!」
至る所から飛び出すのは賛辞の言葉。それらはすべて壇上の男と、そしてそれに連なる四人の聖騎士達へ向けられたものである。
決して民衆の遥か後ろ、木陰に隠れて演説を見守る俺には向けられてはいない。否、向けられる筈がなかった。
壇上に立ち、白銀の清浄なる鎧を身に纏う者だけが、聖王国の民の賛辞を受ける権利がある。それに対して俺のような、魔王の呪詛という名の断末魔によって漆黒の身に堕とされた者には、その賛辞を受ける権利など存在しない。
「……こうなるんだったら、俺一人で格好つけて団長を守ることもなかったか――」
◆ ◆ ◆
「――クソッ! 馬鹿げた強さをしてやがる!」
「あれだけ攻撃したってのに、正真正銘のバケモンだな、こいつは……!」
オルランディア聖国が誇る最強無敵の聖騎士団。総勢十名、しかし国中でも選りすぐりの面々だけが所属を許される騎士団、それが“ナイツオブホーリー”。
しかし圧倒的な個の力を前にして、その数は既に半分へと減らされていた。
元々は白銀の煌びやかな装いだった鎧も、苛烈な攻撃を前に無残なものとなっている。これがかの聖騎士団なのか、とその場に民がいたとしたなら、膝から崩れ落ちるようにして絶望していただろう。
しかし俺達は決して絶望などしていなかった。目の前に立っている魔王もまた、ここまでの戦いで当たり一辺を灰燼に帰すまでの爆炎を出し尽くすも、それでも立ち上がって戦い続ける俺達にここまで追い込まれ、その身に着実にダメージを蓄積させているのを知っているからだ。
「グググ……貴様等、よくも我が翼を折りおったな……!!」
最初に相対した時には、騎士団の誰しもが漆黒の翼の美しさに目を奪われた。魔王でありながら、敵でありながら、まるで天使と見間違えたかのように釘付けとなっていた。
しかしそれも俺が団長の援護を受け、相棒としてきた両手剣で叩き折ることで、見るも無残な姿となっている。
「悪党に綺麗な翼なんざ、必要ないだろ……!」
そうして身体をぼろぼろにしながらも、僅かながらにも立ち上がることができたのは、団長のミハイルに副団長のバーゲンティ。
――そしてこの俺、アキューズ・ベアリルの三人だけ。
「ハハッ……それにしても、流石は悪の大魔王、弱い者いじめして楽しいか?」
武器として使っていた両手剣を支えに立ち上がりつつ、軽口をたたいてみたところで攻撃の手が緩むはずもなく、魔王による容赦ない追撃が仲間達に襲い掛かる。
「ぐはぁっ!!」
「っ、バーゲンティ!!」
見えない速度で振り回された尾によって、副団長が壁にたたきつけられる。それまで僅かな力で立っていた男もついには力尽き、その場に倒れ伏してしまう。
「くっ、てめぇの羽をへし折ったのは俺だ!! 俺から殺せばいいだろ!!」
「我の自慢の翼を負った貴様に敬意を表して、なぶり殺しにするのは最後にしてやる……そこで残りの仲間が我の爪で無残に切り刻まれていくのを、指をくわえて見ているがいい!!」
もはや反撃する力すらないと見なされたのか、俺に背を向けて、最後に残った団長の方へと、魔王は一歩一歩とゆっくり歩みを進めていく。
「ふざ、けるなよ……!」
額から流れる血が、右目の視界を塞いでいく。全身を蝕む痛みが、もう動くな、楽になれ、と警告を発し続けている。
――それでも俺はこの聖騎士団の一員として、皆の前に立つ盾として、最後まで使命を放棄するわけにはいかない。
「くっ……こうなったら……刺し違えてでも!」
地面に両手剣を突き刺し、己が両脚で地面に立つ。そして右手側の腰に仕込んでいた短剣で自分の左手のひらを斬りつけ、最後の魔力を込めて両手剣に這わせる。
自らの血を媒体にして準備を整えた俺は、相打ち覚悟で最期の魔法を起動させる。
「――【神罰ヲ下ス者】!!」
血によって染められた両手剣の表面に、それまで隠されていた神聖言語が浮かび上がる。そして俺の残り少ない命を燃料にして、文字に神々しい輝きが宿り始める。
「ッ!? 貴様、まだそんな力が!?」
そのまま柄を強く握り、天に十字架をかざすかのように両手剣を上へと持ち上げる。するとそれに呼応するかのように、天から光の柱が降りてきて、一つの巨大な剣を作り上げていく――
「ッ!? 貴様、まだそんな力を!?」
「っ、やめろアキューズ!! そんなことをすれば、お前は――」
「ハハッ、逝った先が地獄か天国か分からないが、先に待ってるぜミハイルゥッ!!」
そうしてまるで断罪をするかの如く、俺は頭上から一気に光の刃を振り下ろす――
「――っ、ぐあぁああああああああ――ッ!!」
一刀両断。巨大な光によって焼き切られていく魔王は、悲鳴を上げながらその身を神聖なる光で焦がしていく――
「――ご……このまま……ッ!」
「なっ!?」
しかし魔王もまた、俺と同じで最期の力を振り絞ろうとしていた。
「このまま、終わると思うなぁああああッ!!」
俺の放った魔法剣と同質――いや、違う。あれは呪いに近いもの。魔王の爪より這い出た黒く禍々しい煙が、こともあろうに団長の身を包み込もうとしている。
「っ、あぶねぇっ!!」
俺は剣を投げ捨て、本当の本当に最期の力を振り絞った。
「ぐはっ!? っ……アキューズ!!」
片手で団長を突き飛ばし、熱を失い冷たくなりつつある身体で、魔王の呪いをその身で受ける。
「ぐぅっ!! ……が、ぎ、あああああァッ!!」
「アキューズッ!!」
内側から削り取られるような、ともすれば死んだ方がマシだと思えるような、鮮烈な激痛が全身を走る。
「あ、が――ッ」
後から聞いた話によれば、俺はひとしきり叫び倒したのちに、そのまま糸が切れたかのように地面に倒れ伏したらしい。
「おい、しっかりしろアキューズ! アキューズ! ……アキューーーーズ!!」
――しかし俺の記憶としては、見えない闇の中で、何度も何度も団長から名前を呼ばれ続けたことしか覚えていなかった。
◆ ◆ ◆
――こうして西の大魔王を討伐した俺達だったが、その代償は大きかった。
真っ先に挙げられるのが、ナイツオブホーリーを構成していた人間がその数を半分にしたこと。筆頭に挙げられる団長、そして次点の実力者である副団長が生きていたのが不幸中の幸いと言えるかもしれないが、それでも聖王国でも指折りの実力者がいなくなることは聖国にとっても大きな痛手には変わらない。
しかしこれは魔王征伐にあたって聖国と足並みを揃えてきた国々も同様で、そのほとんどが全滅に近いものだった。
そしてもう一つが、俺が放った最後の魔法――その触媒となる短剣の喪失だった。
「……俺が呪いを受けても生きているのは、このせいでもあるんだが」
“ロギンスの短剣”と呼ばれるそれは、聖国においても大昔に神が残した“聖遺物”と呼ばれるものの一つだった。元をたどれば槍の刃先であったそれは、いつしか短剣として扱われるようになり、そして聖騎士団として選ばれた者である俺の手に、栄誉ある証として授けられたものとなった。
しかし俺はその短剣を魔法の触媒として使い、そして自らの命を懸けて解き放った。結果として魔王を討つ最後の一撃となったのは良かったものの、短剣はいつの間にか消え去り、そして魔王の呪いを受けても何故か生きているところから、俺の身体の一部となって取り込まれているのだと予想されている。
「いっそあそこで名誉の死を遂げていれば、今頃俺が一番祀り上げられていただろうよ」
しかし現実としては全く別の結果をもたらしており、それが今の俺の現状を作り上げている。
「まさか悪魔をその身に宿し、堕落した者として追放されるとはな」
聖国が俺に下した結論――それはこの俺、アキューズ・ベアリルの国外追放だった。原因の一つは言わずもがな、聖遺物を消失させたこと。そしてもう一つは……もう一つが主な要因だが、魔王が死に際に放った呪いがもたらした、俺個人にとっての大きな代償が原因だった。
「まさか、聖属性のものに触れられなくなるとはな」
聖騎士の正装である天使の加護を受けているとされる白銀の鎧も、今の俺にとっては鋼鉄の処女による拷問に等しく、全身を貫かれるような激痛が襲い掛かる代物となっている。
そしてこれまで愛用していた両手剣も俺が発した魔の瘴気を吸ったのか、今や禍々しいオーラに侵され、暴力的な見た目へと変貌している。同じように魔王征伐時に身に着けていた鎧もまた、聖騎士を名乗るには相応しくない、漆黒の鎧と化していた。
「それら纏めて不浄のものと化しているからって、押し付けて追放だからな……」
今や聖騎士ならぬ暗黒騎士。闇に身を堕とした者として、国を救ったというのに迫害を受けるという損な役回りをさせられている。
「……こっちに来るってことは、一応最後の挨拶くらいはするつもりってことか」
出ていくときには目立たぬようにと、鎧や武器は全て検問所近くにある荷馬車に纏められており、最後のお情けとばかりに平民の服で演説を聞く機会を与えられた。しかしどうやら俺の元同僚は、それだけで終わらせるつもりはないようだ。
「いいのか? この後も祝勝パレードがあるんだろ?」
目の前に現れたのは、金髪に碧眼の凛々しき顔立ちの男。そして俺はこの男の事を良く知っている。
「そんなもの、どうだっていい。一番の立役者である君がいない時点で、この勝利演説に意味などない」
一体どうやってあの民衆の間を抜けてきたのかはさておき、俺の元にやってきたのは、聖騎士団団長であるミハイル・チェイストだった。
「他の奴らはどうした? ……って聞いたところで、見送りに来るはずもないか」
俺の言葉にまったく何も言い返せないといった様子で、首を静かに横に振る。
「いくら説得しても駄目だった。聖遺物と命を賭して魔王を倒したのはアキューズだと、何度も教皇の前でも訴えでたつもりだったが」
事実として【治癒】というちょっとした聖属性魔法ですら受け付けられない状況の中、治療中の俺の為に何度も肩を貸し、教皇の前で恩赦を訴え出たのはミハイルただ一人だけだった。
「いいさ。どうせオルレアもアイヴァンもその場を見ていない訳だし、バーゲンティに至っては都合よく俺をお払い箱にできたぐらいにしか思ってないだろうよ」
生き残りの内の二人――オルレア・ウィングスとアイヴァン・オーネストは、ともにまだ十代ながらに才気あふれる聖騎士であり、俺とは違って聖騎士の力も失っておらず、この国の未来を担っていく存在となる者達だ。
もうすでに二十代も折り返しに来ている俺も聖騎士団では若い方になってくるのだが、そんな俺と同年代で団長になっている才能の塊がいる訳で、何も言えなくなってしまう。
そして言わずもがな、そんな若い青年に上に立たれるのを良く思っていない者が、聖騎士団の中にもいたりする。
「バーゲンティめ……私に当たり散らすならまだしも、同年代のアキューズに八つ当たりをするとは……」
「多分俺が今まで何度も剣を構えてかばってきてやったから、劣等感もあるんだろうよ」
「確かに君の敵を視て即座に対応できる観察眼は、誰しもが認めていたからね」
バーゲンティ曰く「盾を構えるだけなら馬鹿でもできる」とのことだが、その盾すら構えられずに魔王の尻尾によって無様に吹っ飛ばされていた姿を思い出すたび、今となっては笑いがこみあげてくる。
「俺もバーゲンティも、あのままくたばっておけば英雄としてお互いに祀り上げられていたのにな」
なんて皮肉をのたまってみるが、本音としてもあのまま死んでおけば、こんな聖国の醜い一面を知らずにすんだと思ってしまう。
「それで、これからどうするんだい?」
他愛のない話もひとしきり終えたところで、ミハイルから一つ問いを投げかけられる。それに対して俺自身も、実は何も考えていなかったりする。
「さぁな。聖騎士団の肩書もなくなって、今やただのアキューズ・ベアリルだ」
何をするにしても、無名の位置からのスタート。冒険者組合に入って世界を旅するのもいいかもしれないが、それもこの国から出て行ってからの話になる。
「ただの、とはいっても暗黒騎士としての肩書が得られたじゃないか」
「ただの不名誉な名前だがな」
教皇から暫定的につけられた、堕落した聖騎士を呼ぶ名――それが暗黒騎士。実際俺自身も今のところは聖属性に関わることを封じられているくらいで、何のメリットもないようにしか思えない。
「魔法は使えなくても、君にはまだその観察眼と剣術がある。それにもしかしたら、闇の力が使えたりして――」
「馬鹿を言うなよミハイル、そんなことしたらますますもって異端者扱いされてしまう」
とはいえ呪いのせいか何かは知らないが、その闇の魔力を出す方法がうっすらと理解できているのは誰にも喋らず内緒にしている。
「……もう時間だ。それに、これ以上話していると民衆からも怪しまれるだろ?」
「ふふ、それは男二人で密会をしているって意味でかな?」
「バッカヤロウ、気持ち悪いこと言うな!!」
そうして俺は照れ隠しをするかのようにミハイルに背を向けて、一歩一歩とその場を離れていく。
「……いつでも戻ってこい、アキューズ・ベアリル! 聖騎士団員として、私は何時でも君を迎え入れるからな!」
その力強い言葉に後押しされながらも、俺は背を向けたまま後ろ手に手を振って、その場を去っていくことにした――
――こうしてミハイルに別れを告げた俺は、教皇に指定された場所の検問所へと足を運んだ。
道中俺の事を知っている者から声をかけられることもあったが、俺は敢えて返事も返すことなく無視することでその場をやり過ごしていった。
「下手に返事をして暗黒騎士と繋がりを持つ異端者認定なんてされてしまったら、それこそ迷惑になるしな」
国民にはまだ広く伝わっていないようだが、既にこの国の上層部にとって俺は厄介者扱いのようで、既に遠く離れた物陰に潜むようにして監視が二人ほどついて来ている。
「まったく、呪いにかかったからって何か起こっている訳でもあるまいし、俺に構う暇があるなら、次の討伐対象である“北の魔人”の下調べをするとか――」
「その“北の魔人”サマなら、テメェの目の前にいるぜぇ?」
「っ!? 貴様は!?」
――その姿はまさに、伝承として聞かされていた姿の通りのものだった。若き見た目でありながら白髪を生やしており、そして目があえば深淵を覗き込まされているような、深紫の瞳を携えた男。
季節感など関係なしに黒のコートを着ている目の前の存在は、まさに俺が聞かされ続けてきた魔人の姿そのものだった。
「クヒャハッ! 噂だけは聞いていたが、西を統べていたアイツがくたばりやがったとはなァ!?」
「クソッ! ……あっ!!」
とっさに背中の方に手を伸ばすが、そこに大剣などある筈もなく、手はひたすらに空を握るばかり。
そして突然来訪してきた巨悪を前にして、それまで通りを歩いていた市民達の顔に恐怖と混乱が浮かび上がり始める。
「き、きゃああああああああっ!!」
「せ、聖騎士団を呼べぇっ!! 北の魔人の襲撃だぁ!!」
一瞬にしてその場はパニックとなり、見回りをしていた衛兵らがすぐさま魔人を取りかこむ。
「貴様ぁ!! 聖国に何をしに来たぁ!!」
「我らには教皇様がついておられる! 貴様のような悪の外道が大手を振って歩けるような場所では――」
「テメェ等に用はねぇんだよカス共がァッ!!」
飛んでいる羽虫を叩き落とす様にぶっきらぼうに手を振るえば、闇の爆炎が辺りに散らばっていく。
「ぐはぁっ!!」
「がはっ!!」
悲鳴と絶叫が至る所で聞こえる中、俺は無意味と分かっていながらも、とっさに自分の身を守るように両腕をクロスさせて目の前を防いだ。しかし意外にも意味はあったのか、衝撃波が襲い掛かっては来ても、その後にある熱は一切感じることは無かった。
「くっ……一体何の用だ!!」
「テメェだけ焼け死なねぇ……ってことは、やはりそういうことか」
どうやら魔人の狙いは俺のようで、そしてまるで俺を値踏みしているかのような目でジロジロと見ている。
「あのカスがかけた呪い、どうやらテメェが受けたみたいだな」
「っ、呪いについて知っているのか!?」
現時点では聖属性を受け付けないこと以外に分かっていないこの呪いについて、目の前にいる北の魔人は知っているような顔をしている。
しかし何一つ教える雰囲気などなく、ただただご愁傷様、と言わんばかりにニヤついた表情へと変わっていっている。
「そっかそっかぁ、あの聖騎士サマが堕ちた身となっちまったかぁー?」
「くっ、黙れ!! 呪いを受けようが俺は、聖騎士として貴様を――」
――その時だった。魔人による真っ直ぐな拳が俺の方へと突き出され、それに無意識に反応した俺は魔人の手を掴んで止めていた。
辺りには本来拳に乗せられていたであろう破壊力を示すかのように、紫電が地面を抉りながら走っている。
「なるほど、これも止めちまうかよ……」
「俺が、今の一撃を止めたのか……!?」
俺自身が一番驚くことだった。副団長が弾き飛ばされた、西の大魔王の尾の一撃に匹敵するような魔人の拳を、こともあろうに片手で止めてしまっている。この信じられない事実を前にして、俺は驚きの声を漏らしてしまう。
「チッ、何が何だか……!」
「そこまでだ!!」
声のする方を振り向くと、そこには先ほどの演説で生き残りとして立っていたオルレアとアイヴァンの二人の姿が。
「っ! お前ら逃げろ! こいつは――」
「暗黒騎士に堕ちた貴方が、ついには北の魔人をも呼び寄せたのですか!」
「俺、あんたのことを尊敬していたってのに……!」
「ち、違う、これは――」
――こいつを呼んだのは俺の方じゃない。北の魔人は何を思ってか、向こうから勝手にやってきたというのだ。
そうして俺と二人の間で小競り合いが始まったのを見て、何を思ったのか魔人は開いている方の手で闇の力を凝縮させ始める。
「俺じゃない、こいつは――っ!? 二人とも伏せろぉ!!」
「もう遅ぇ!!」
手のひらに凝縮された黒球が放たれ、二人の目の前で炸裂する――
「くっ――」
――次の瞬間、先ほどとは比べ物にならない程の爆発が発生し、二人の姿は一瞬にして消え去っていた。
「話の邪魔なんだよ、消えとけボケ」
「……貴様ぁああああああ!!」
よくも二人を、よくも仲間を――怒りに身を任せた俺はそのまま、拳を握っていた方とは反対側の手で、魔人を強く殴りつけていた。
「ごぉっ!?」
またしても自分では想像できなかったほどの力が働いたのか、魔人は大きく体をのけぞらせながら、後ろへと下がっていく。
しかしそんなことなど今の俺にはどうでもよかった。二人を殺した目の前の悪を滅ぼさなければ、この国を護らなければ――
「――っ!? 逃げる気か!?」
一通り暴れたのか、あるいは挨拶代わりだったのか。魔人はその身を宙に浮かせ始め、相変わらず不快な笑みを浮かべてこう言った。
「その様子だとまだ使い方は分かってねぇようだが、まあいい。いずれまた会うだろうさ」
「待て! どこへ行く!!」
「やるべきことやったんだから帰るに決まってんだろバカが。それにオレの個人的な用事も済んだしな。詳しくはテメェんとこの”副団長”に話を聞くんだな」
「なっ……!? 嘘、だろ……?」
唖然とする俺を見下しながら、魔人はそのまま姿を消していく。そしてあらゆる意味で都合のいいタイミングで団長のミハイルと、副団長であるバーゲンティがその場に姿を現す。
「っ、丁度いいところに来てくれた! オルレアとアイヴァンが――」
――しかし団長も副団長も、何故か俺を見るなり剣を抜いて、険しい表情でその刃を向けてきた。
「貴様、よもや呪いを受けた結果、本格的に魔に堕ちることになるとは!!」
「なっ、何を言っているんだバーゲンティ!? 俺はただ、北の魔人を相手に戦おうと――」
「それもどうだかな! こっちが向かっている時に見えたのは、奴の攻撃を許すお前の姿だけだったぞ!」
――完全に嵌められたと、俺はこの瞬間に理解した。主犯は恐らく副団長だろうが、その真の目的は分からない。だがこの一件を俺になしつけて、悪事を被って貰うつもりだったというのは理解できる。
「信じてくれ、ミハイル! 俺は無実だ!」
「騙されるな団長! 奴はもう変わってしまった! 呪いによって気が狂ってしまった暗黒騎士だ!」
言葉だけなら、俺の事を信じてくれたかもしれない。だが実際に俺の失態で二人の団員を失ってしまっているというこの状況を、「残念だ」と顔が訴えている。
「……信じたいところだが、これだけの状況証拠が揃ってしまっている」
そうしてミハイルは剣を置き、そして弓矢を構えるようにして魔法陣を展開させる。
「……君を、“特級背徳者”として始末させて貰う」
「っ……そりゃ、残念だ……!」
【裁きの矢】――ミハイルが得意としていた聖属性の矢を放つ魔法。その矢は一度放たれてしまえば、相手を貫くまで決して追尾の手を緩めることは無い。
「……無実を訴えるというのであれば、せめてこの矢から逃げ切って見せてくれ……!」
暗に逃げろと言っているのだろう、察した俺は即座に背を向け、走り出す。
「――【裁きの矢】!!」
ミハイルの声とともに、一本の光の矢が放たれる。それは俺が路地裏に逃げようが、壁を使おうが全てを貫いてまっすぐに向かってくる。
「ハァッ……ハァッ……畜生、ちくしょぉーっ!!」
何がどうしてこうなった。俺が呪いを受けたせいなのか。それとも副団長が、どこかのタイミングで仕組んだことなのか。
混乱が収まらぬ中で命からがら検問所までは辿り着いたものの、すぐ後ろを光の矢が追ってきている。
「ハァッ、くっ……聖属性を打ち消すのは闇の力……!」
だとすれば、この荷馬車に積まれた闇の大剣なら――
「――ハァッ!!」
バキィンッ!! という割れるような音とともに、矢は二つに叩き折られ、追跡は解除される。
こうして俺は聖属性への対処に成功するとともに、自身に流れる力がもはや別のものへと変わってしまっていることを実感してしまう。
「……やはり今の俺は、暗黒騎士でしかないのか……!」
魔人が現れたことによる混乱で検問所からも人が逃げて行っているのか、ついぞ俺の見送りをする人など誰一人いなくなってしまう。
「……まあいいさ、当面の俺の目的は決まった」
そうして一人で最終確認も兼ねた荷造りを終えて、馬にまたがり荷馬車を走らせる。
――ここではないどこか他所の国で名を挙げ、必ずオルランディア聖国に帰ってくる。そしてどんな形になろうとも――
「――俺は、副団長に復讐してやる」
俺という闇に堕ちた聖騎士は、そうして憎悪の中で国を去っていくこととなった。
そしていずれ聖国は滅亡の辿ることになっていくことになるだろうが、それが誰の手によってなのかは、この場の誰もが知る由などないだろう――
ここまで読んでいただきありがとうございました。もし続きが見てみたいとか、面白いな、と思っていただけましたら評価などつけて頂けると幸いです。