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カインの場合

前作「狼と狼の物語 −灰−」

http://ncode.syosetu.com/n8628h/

を先に読むことをオススメします。

 薄暗い部屋に、壮年の男が一人立っていた。白髪の混じり始めた髪は、油で丁寧に撫で付けられている。皮膚にはしわが刻まれ年齢を感じさせるものの、男の姿勢はしっかりとしている。また、瞳に宿っている光は、ただの老人には似つかわしくない意思――と言うよりは野望を示していた。

 服装はゆったりとした法衣を着ており、赤ワインの色のそれの中心には、大きく十字架が金糸で描かれている。高い帽子に描かれているのも同じ模様だ。

 部屋は持ち主である男が壁から壁まで歩いたとして、ゆうに九歩分はあるだろう広さだ。この部屋を使うのが初老の男だけ――つまりここは男の部屋なのだ――ということを考えると、十二分すぎる広さだと言える。部屋の南には大きく窓がとられていて、光はそこからさしている。光にさまざまな色がついているのは、窓がただのガラスではなくステンドグラスだからだ。ステンドグラスで描かれているのは、神話の一説。

 北の壁には扉があり、東西の壁と北の壁の残りには、天井まで届く本棚が隙間無く並べられており、本棚の中にも数多くの書物が所狭しと並べられていた。

 部屋の中心には机、その上には燭台が一つ置かれている。ろうそくはあるが、火は灯されていない。普段ならば昼間は外の陽の明るさで十分なのだが、今日は生憎と曇っている。にも関わらず蝋燭を点けていないことが部屋が薄暗い原因のようだ。

 男は手を腰で組み、ステンドグラスを無言で見上げている。表情の無いその顔からは、何を考えているのか読み取れない。

 ふと、扉がノックされる。

「教皇様、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「誰ですか」

 壮年の男――教皇がゆっくりと振り返りながら誰何すると、扉の向こうからは若い男の声で返答があった。

「狼です」

 狼、と言うのは個人の名前では無く、教皇直属の機関名だ。秘密裏の機関であるため、所属している者たち個人を識別させないために必要最低限彼らは「狼」と表現される。

「入れ」

 返答を聞いた教皇の口調と声色が変わる。口調は丁寧だったものからぞんざいなものに、声色も余所行きの声から地声に変わったのだろう、少し低くなっている。

「失礼します」

 そう言って部屋に入ってきたのは、こげ茶色の長髪を藍色のリボンで結んでいる男だ。なぜか左頬には青い痣がある。目は澄んだ琥珀色をしており、それは陽の下で見ると太陽のように煌くのだろう。服装は黒一色。教会に属している者の、基本的な服装だ。

 入室してきた男が扉を閉め切ったのを確認してから教皇は口を開いた。

「今日のお前はどれだ」

 教皇が発した「どれ」という言葉。それは人に対してでは無く、物に対する言葉だ。

「カインです」

 跪いて男が答える。答えた男の言葉の意味、それは数字の八だ。男――カインの名はもちろん本名ではない。八番――それが今日、男に与えられた名前だ。

 教皇が「今日のお前」と言う様に、カインの名前は毎日変わる。それは、もちろん狼において「個人を識別させない為」だ。名前は呼びかけるために不便だからあるだけで、狼達には個人が無い。その証拠に、彼らは狼になった瞬間に戸籍を消されている。狼のうちの一人が死のうが、それは狼の死ではない。

「ならカイン、早速報告をしてもらおうか」

 教皇が机に納まっていた椅子を引いて上質なそれに座る。対するカインは扉から三歩の位置で跪いたままだ。許可も無いのに教皇の傍に近寄ることは許されていない。

「はい」

 カインが語りだしたのは、自分に与えられていた任務の顛末だ。隣の国へ赴き、王族の結婚相手を見極める。それが、カインに与えられた任務だった。隣国は教皇の支配下にあるため、勝手な婚姻で王族に力を持たれては困る。教会関係者で無いと結婚式を執り行えないようにしたのもその為だ。さらに、教皇はしばしば結婚相手を見定めるように狼に命じる。それは、いざと言う時にはその相応しく無い結婚相手を「外れ物」として処分するため。

 「外れ物」とは、その名の通り人の道を外れたものだ。具体的には、人が持っていない力を使って人に害を与えるもののことを言う。人道を外れた時点で人とは見なされないため、外れ「者」ではなく外れ「物」と言われている。

「――隣国の件については以上です」

 カインが報告を締めくくる。

「分かった。じゃあ、引き続き任務の経過について聞こうか」

 机に頬杖をついた教皇が、嗜虐的な笑みを浮かべた。

「……はい」

 答えるカインの声は暗い。と言っても教皇に気付かれない、それこそ普段傍にいる者にしか分からないような変化だが。

 変化を悟らせないような調子で、カインは続ける。

「あいつ――今日はトセと名乗っていますが、前回の任務でおかしな行動はしていませんでした。教皇様の任務遂行だけを考え、行動していたように思います。昔付き合っていた彼女と同じくらいの年齢の女性を殺すことも、この私を殴ることも躊躇いませんでしたから」

 カインが教皇から受けている任務は二つだ。一つは、先ほど報告を終えた隣国の王子の結婚相手を見定めること。そしてもう一つは――

「昔からの友人であるお前が裏切っていると知ったら、あいつはどう思うかな?」

 ――セトと呼ばれる、耳飾りをつけた男の行動を、知る限り報告すること。

 教皇の言葉に、カインは跪いて床を見つめたまま無言で答える。

「なかなか、お前もつまらない性格になってきたな」

 カインは無言だ。

 教皇は大きくため息をつくと、頬杖をついていない右手で何かを追い払う仕草をした。

「もういい、下がれ」

 その言葉にカインは立ち上がると優雅に礼をする。

「失礼します」

 カインが振り返りドアノブに手をかける。

「待て」

「はい」

 掛けられた静止の言葉に、カインは少し疑問を抱きながら振り返った。

「後で新しく入った狼がいるだろう、そいつを呼べ。次の任務を渡すからとな」

「タミール一人だけ、ですか?」

 彼が一人で任務をこなすには、まだ時期が浅いような気がするが。

 ちなみにタミールと言うのも数字の名前だ。表す数字は五。新入りであるタミールのほうがカインよりも数字が若いが、そのことには特に意味は無い。

「次の任務は老婆から話を聞きだすだけだ。入ったばっかりのあれでも十分対処できるだろう」

 カインは考える。話を聞くだけだとしても、結局はその老婆を殺す――処分させるのであろうと。

 気がつくとカインは自然と教皇に対して跪いていた。

「その任務、私も同行させてはいただけませんか?」

 本来ならば狼の任務に融通は利かない。しかし、カインは今回だけは退く訳にはいかなかった。タミールに一人で任務をさせたくない、と言う理由からではない。任務教皇からの叱責や処罰を覚悟の上で願い出る、それだけの他の理由がカインにはあった。

 教皇が冷めた目でカインを一瞥する。

 数拍の間。

「……いいだろう。丁度お前に任せる任務も無いところだからな」

 興味なさげに発せられた教皇の言葉に、カインは思わず顔を上げてしまい、慌てて下げなおす。

「ありがとうございます」

 嬉しさを滲ませてカインが礼を述べる。が、教皇はただ一言「去れ」とだけ言った。

 その言葉に無言でカインは立ち上がると、一礼をし、扉を開けて外に出る。

 扉が閉まる音がした。

10/01/31 推敲

09/11/08~

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