7. 最初の御使様。
昔、ある日突然、世界から夜が消えました。
いつもなら夜の時間に黒く染まる空が、ずっと明るいままです。
原因は誰にもわかりません。
人々は明日にはまたいつものように夜がくるさ、と考えました。
しかし、一日が経っても、十日が経っても、数ヶ月経っても空が暗くなることはありませんでした。
曇りの日や雨の日は訪れても夜だけは訪れません。
日はずっと空の同じ位置に在り続けました。
人も動物たちも深く眠ることが出来ない日々が続き、人の心はどんどん荒み些細なことで争うようになりました。
それから一年が経ち、十年が経ち、数十年が経ちました。
身体はどれ程経っても夜が来ないことに慣れません。夜を知らない子たちでさえ夜を求めました。
一方で人々は”夜が続く”よりはずっとマシだと自分にたちに言い聞かせます。
夜が続けば農作物が実ることはないからです。
日があり、雨が降り、実が生るだけマシだと感謝は忘れませんでした。
ですが心の中ではやはり夜を求めていました。
そんなある日、とある騎士が王城内の林を歩いていました。
高く生い茂る木々の影は夜のようにとは言えなくとも多少なりとも光を遮ってくれるのでその騎士はよくそこで仮眠をとっていたのです。
林の真ん中ほどがその騎士の仮眠場所です。
と言ってもそこは特別ひらけた場所でもなんでもありません。あるのは木と草と土だけ。周りとなんら変わりません。
変わらないはずだったのです。つい昨日まで。
その日、騎士がいつものお気に入りの場所に着くとそこには泉がありました。
いつ湧いたのか、澄んだ水が張るとても神秘的な泉です。
騎士は泉の水を一すくい取りました。
するとその時、女の人の声が聞こえました。
周りには誰もいません。
ですが、声だけが頭の中に確かに聞こえたのです。
声は言いました。
夜を戻すことの出来る人間が一人、この世界とは異なる世界から現れる、と。
その人間が幸せの中で生涯を過ごすことができれば夜は再び毎夜きちんと訪れる、と。
騎士はその話をすぐに国王に伝えました。
国王はすぐにその泉を見に行こうと言ってくれました。
泉を見つけた騎士は国王と他の仲間を連れ立って再び泉へ行きました。
時は夜の訪れない夜の時間でした。
突然泉に波紋が広がるとその中央に人が浮かびあがってきました。
騎士はすぐに泉に飛び込みました。
騎士は突然現れたその人を抱え泉から上がると、助け出したその人が息をしていることを確認し空を見上げました。
その騎士だけでなく、国王も、その他の騎士たちも空を見上げました。
もう何年も動かなかった太陽の位置が変わっていたのです。
空が茜色に染まり、やがて空は黒く覆われました。
夜が、数年ぶりの正しい夜が夜の時間に訪れたのです。
突然現れた泉に、突然聞こえた声。
あの声は女神様の神託だったのではないかと騎士は思いました。
声を直に聞いていない国王や他の騎士たちもそう思いました。
この女性が夜を取り戻してくれた。
この女性は女神様が使わせてくれた御使様に違いない。
その泉は”女神様の泉”と名付けられ、御使様には王宮の一室が与えられました。
光の加減で紫や銀、または空色にも見える神秘的な髪色をした御使様は一度も目を開けることなく三日間もの間眠り続けました。
四日目の朝、御使様は目を覚ましました。
その瞳はその髪と同じ、とても綺麗で神秘的な色を持っていました。
御使様が現れて以来、あの騎士はもう林へ仮眠をしに行くことはありませんでした。
その代わり、時間を見つけては体調の優れない御使様の様子を見に御使様の元へ通いました。
御使様の体調が良くなってきた頃、騎士は件の功績を讃えられ褒美を与えられることになりました。
騎士は爵位も金品もいらないと言いました。
望むのは御使様の側にいることだと言いました。
王は御使様が望むなら、と騎士の希望を聞き受けました。
御使様は騎士の希望を喜び受けました。
それから何年もの月日が経ちました。
その間にも夜はきちんと訪れています。
やがて、御使様と騎士は結婚しました。
互いに一目見た時から惹かれあっていたのです。
二人は子をなすことはなかったけれど、いつも仲睦まじく寄り添い幸せそうでした。
そのまま数十年の時が経ちました。
騎士の栗毛色の髪はすっかり銀色に変わりましたが、御使様の髪色は数十年前と変わらず綺麗で神秘的なまま。
ですが、変わらないのは髪と瞳の色だけです。
御使様にも人と同じ時は流れます。
晩年、御使様はある心配をよくするようになりました。
もし自分が死んだら夜はどうなるのか、です。
それは誰しもが心配していたことでした。
御使様は騎士と共に毎夜願いました。
どうか、世界に夜がきちんと訪れ続けますように。
世界が平和で幸せでありますように。
それから数年後の夜。
二人は揃ってベッドに入りました。
御使様は騎士に言いました。
「私を助けてくれてありがとう。とても幸せでした」と。
騎士は返しました。
「この世界に来てくれてありがとう。とても幸せだった」と。
二人はいつもそうして眠るように、その日もまたしっかり手を繋いで眠りにつきました。
そしてその後、目を覚すことなく二人は揃って天へと旅立ちました。
御使様が毎夜願ってくれたおかげか、御使様亡き後も夜の空はきちんと黒く染まりました。
一年後も、十年後も、百年後も、夜は黒で覆われました。