3. 初めましての人は顔が見えない。
意識を失うように寝た気がする。
目が覚めるとこの間いた女の人が私の顔を覗き込んでいて、目がばっちり合うとやっぱり慌てるように頭を下げられた。
「失礼します」と言った女の人は腰を90度に折り部屋を出て行く。
なんて綺麗な90度…と思うのと同時にあの姿勢を維持したまま出て行ったことに驚く。
今回の寝起きもまだ頭は痛い気がするし、息もまだ苦しい気はする。けど、前の世界でも頭痛持ちだったし…うん、平気。
ベッドから起き上がって見渡すとこの部屋には扉が二つあった。
女の人が出て行った方はたぶん廊下に繋がっていて、もう一つある方は隣の部屋と繋がってそう。
この前のイケメンさんはそっちのドアから入ってきたのかな?
そう思いながらそのドアを見ているとノブがガチャっと大きな音を立てて周り、バンっ!と大きな音を立てて開いた。
扉の向こうから顔を出したのはこないだのイケメンさんで、イケメンさんは私がビクッとなったのに気付いたらしく「あ…すみません、驚かせてしまって…」と謝った。
確かに驚いたけど、驚いたのはあまりに乱暴に開いたからなだけ。
今は顔を出したのがイケメンさんだったことにホッとした気持ちの方が強い。
まだ二回しか会ったことのない人で名前も知らないけど、悪い人じゃないことはその二回で知ってる。
「まだ起き上がってはダメです。昨日より顔色は良さそうですがまだ体調が悪そうです。ベッドへ」
心配そうな、困ったような顔のイケメンさんはそう言うと手のひらを私に出した。
今、昨日よりって言ったよね?ってことは、今回は人様の家で丸二日寝るなんて図々しいことはしてないってことだ。よかった。
…いや、二日泊めてくれたお礼も言わずさらに丸一日ぐっすり寝てたって十分図々しいか…
というか…この手は…どうすれば正解なの?
ぐるぐるぐるぐる頭でいろんなことを考えてると、イケメンさんは待ちくたびれたのか「失礼します」と言って私をひょいっと抱き上げた。
…!お姫様抱っこだ!
人生、赤ちゃん時代ぶりのお姫様抱っこ。
イケメンさんは私をベッドに下ろすとその縁に腰を下ろした。
「横になって下さい」と言われるけど、他人を前に横にはなれない。(昨日はノーカンで)
「大丈夫です」と答えた時、もう一つの扉、女の人が出て行った方の扉からノック音が聞こえた。
「失礼します」
男の人の声だ。
誰…?
私がこの世界で知ってるのはこのイケメンさんと、目を覚ましたとき失礼しますだけ言って消えてしまう女の人だけ。
怖い。
人見知りではないはずなのに、今、急に知らない誰かに会うのが怖くなった。
「大丈夫ですよ」
イケメンさんの声が真上から聞こえてきた。
あれ?ついさっきまではこんなに密接してなかったのに、と思ったけど、恐怖心に負けて無意識に距離を詰めたのはどうやら自分。
助けてと言わんばかりに腕にしがみついてしまったことは本当に申し訳ないけどこれもまた無意識です。
あとで謝ります。
謝るので入ってくるのが誰か分かるまでもう少し掴ませて下さい。
ゆっくりノブが回って扉が開く。
「入室を許可して頂けますでしょうか?」
扉の側には何人もの人がいて、言葉を発したのはたぶん先頭の男性。
顔は…全然わからない。
腰を90度に折ってるから。
腰を折ってるのは先頭の男性だけじゃなく、その後ろにいる人全員。
男の人の質問はイケメンさんに向けて…だよね?
イケメンさんを見上げると、イケメンさんは私に向かって微笑んでくれるだけで、声を発しようとする素振りがない。
え?私に聞かれてたの?いやいや、ないよね?
私の家じゃないし、私が「どうぞ」って言うのは物凄くおかしな話でしょ?怖い怖い。
もう一度イケメンさんを見上げてみたけど、イケメンさんは変わらず微笑みをくれただけで状況は変わらなかった。
扉近くの人は全員腰を折ったまま。
「あの…えっと…どうぞ…?」
本当に私の返事待ちなのか不安だったのでだいぶ小さな声になってしまったけど、どうやら私の返事待ちで当たってたみたいで三人の男の人が入ってきた。
ていうか、なんでみんなまだ腰折ったままなの?
そのままの姿勢で移動ってかなり辛くない?
というか、怖いんですけど?
私はさっきより強めにイケメンさんの腕をぎゅっと掴んだ。
三人の男の人は私の座るベッドの側で床に膝をつき、頭を下げる。
腰を折られてるよりはいいけど、全く上がる様子のない頭たち。
私は小さな声でイケメンさんに聞いた、
「なんでみんなこんなに畏まってるんですか?」
「本当は私もこうすべきなんですよ?今までの無礼、申し訳ありませんでした」
イケメンさんはそう言うとベッドを降り、みんなと同じように平伏してしまった。
無礼なんてされた覚えは一切ないんだけど?