第7話 ピンポーン
やっと着いた。
灰色にくすむコンクリートの二階建てアパートメント。
「ロイヤル・カマナ」の一階。ぼくの部屋だ。
朝にでて、深夜に帰ってきただけ。でもずいぶんと、ひさしぶりな気がする。
この三日間は激動だった。
あの最初の夜。星の規則的なまたたきに気づいた。二日目の夜にモールス信号だとわかった。
さらに三日目の夜には返事をした。そして相手からも返ってきた。
その日の朝、ついに巨大な宇宙船があらわれた。そして、ぼくはオアフ島のアメリカ軍基地に連行だ。
三日。ぼくは三日も徹夜をしている。
家のまえに帰ってきて気づいた。
あわてて、というかパニックで家を飛びだしたので、やはり鍵はかけていない。
玄関のドアをあけて暗い部屋に入った。
電気をつけようと壁のスイッチ押したけど、照明の明かりはつかない。
とりあえず手探りで部屋に入ると、思わず、その場にへたりこんだ。なんだこれは。
本棚はたおれ、机の引きだしやキャビネットがひっくり返されている。さらに中庭に面したガラス戸は、粉々にくだけていた。
なにが起きたのだろうか。とりあえず立ちあがった。割れて散乱したガラスの破片。踏まないように気をつけて部屋を進む。
窓をあける必要がなく、ガラスのない窓から中庭にでてみた。
中庭の芝生。何本もの長いロープが落ちている。五本どころじゃない。十本はある。泥棒がロープを使用したのだろうか。
「……SWATだ」
屋上からロープをつたっておりてきて急襲。そうにちがいない。
「くそっ。玄関の鍵、あいてたのに!」
ガラス窓をぶちやぶる必要などないのに、割られている。
取りあえず、なにか飲もう。
割れたガラスのない窓から、部屋へもどった。
キッチンにむかい、冷蔵庫のドアをあける。なぜか、なかは生温かい。
電気が切れているのだろうか。
部屋の玄関の上。ブレーカーまでいき、スイッチを上げたり下げたりした。それでも電気は復旧しない。
これはあれか、SWATが突入するさいに、電源を切ったのか。そんなシーンをなにかのドラマで見た気がする。
もう、なにもかもがイヤになってきた。とりあえずシャワーだ。暗闇でも窓からなんとか月の光が入る。
浴室へいくため脱衣所に入った。洗面台の鏡に、ぼくの顔が映る。ぼくの顔は、あの爆発のホコリで真っ白だ。
これで理由がわかった。どうりで帰りの飛行機、まわりからじろじろと見られるわけだ。あまりにも疲れていて、自分の顔に気づかなかった。
この何日間、シャワーを浴びるのも忘れていた。髪も、からだも、べっとべとだった。
とりあえず、顔を洗おう。
洗面台の蛇口をひねった。
まさかのまさかだ。水がでない。
スマホが鳴っている音に気づいた。あの朝、動転して家を飛びだしていた。ぼくのスマホは、リビングに忘れたままだ。
リビングへもどる。土足で侵入され散乱した部屋だったけど、スマホはこわれずにベッドの上にあった。
電話にでると、このアパートのオーナー、ジョン・ステインだった。
「何回電話したと思ってるんだ!」
「すいません。家賃ですね。家賃は・・・・・・」
「もう遅い。今日、業者にいかせて電気と水道は止めた。家賃を払うまではダメだ。明日には、かならずふりこめ!」
そう言って、電話は切れた。
ぼくはしばらく、電話をにぎったまま固まっていた。
ガラスの割れた窓、荒れはてた部屋。電気も水道も使用できない。
この三日間で、ぼくの身の上に、なにがふりかかっているのだろうか。
業者は外にあるブレーカーと水道の元栓を止めたのだろう。この部屋を見られなくて、そこはよかったのか。
いやもう、とにかく疲れた。
ぼくはベットの上に散乱しているガラスの破片を、シーツごと床に落とした。
その上にうつぶせに倒れる。もうこのまま寝よう、そう思った。
「・・・・・・ピンポーン」
チャイムの音だ。
うつぶせの状態から頭をあげようとした。でももう、玄関にでる気力もない。
しばらく待って、もういちど鳴らなかったので、ぼくは目をとじた。
「タツロウ・オチ! タツロウ・オチ!」
機械が発生するような重低音の大音声が聞こえてくる!
庭から強烈な青白い光に照らされた!
ベッドから飛び起きて庭を見た。大きなライト。丸い巨大なライトがふたつ、この室内にむけられている。
割れた窓から突風が吹きこんできた。カーテンが強風でやぶれる。部屋中に紙やティッシュも舞いあがった。
「あう・・・・・・あう・・・・・・」
なにがなんだか。ぼくは口をパクパクさせた。
ライトの光がまぶしい。手をかざしながらベットからでた。疲労の足をなんとか動かした。よろつく足で庭にでる。
庭にでると、黒ずくめのライダースーツを着た人がいる。顔は見えない。黒いフルフェイスのヘルメットをかぶっていた。
黒ずくめのライダーは数人いた。そのうちのふたりに両腕をつかまれた。
強烈なライトを放っていたのは、大きな車。いや、浮いている。宇宙船か!
宇宙船? ぼくはぎょっとして左右の人を見た。フルフェイスのヘルメットだと思っていたが、よく見ると地球のそれではない。
「NO!NO!NO!」
必死にもがいた。だけど両わきから持たれていて、のがれられない。
小型の宇宙船から、タラップのようなものがひらく。乗りたくない。ぼくは手足をばたつかせた。でもダメだ。両わきを持ちあげられ、船内に入らされた。
船内の壁は、見たこともない計器だらけだ。中央に四つ、東西南北と背中あわせで外をむいたイスがある。
「NO!NO!NO!」
いきたくない。乗りたくない。ぼくはあがいた。でも黒ずくめのライダーのような異星人は、力が強かった。
中央にあるイスのひとつに座らされ、シートベルトのようなものを付けさせられる。
ぼくはシートベルトをはずそうとした。でもどこがスイッチなのかわからない!
小さな宇宙船はブーン! とゆれたかと思うと、すごいスピードで急上昇した。
窓から外を見る。夜空にむかって、ぐんぐんとスピードがあがった。
やがて、なにか見えてきた。大きい。TVで見たあの巨大宇宙船だ!
「NO!NO!NO!」
巨大な宇宙船の正面だ。小さな入り口が見えた。ゆっくりひらいていく。
イヤだ、絶対入りたくない!
身をよじってイスからのがれようとした。入り口がどんどん近づいてくる。
「NOー!」
大きくさけんだあと、ぼくは意識を失った。