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第38話 ハイ、タッツ

 ベッドから起きて、まずはスリッパを探した。


 昼なのか夜なのか、わからなかった。


 部屋に日光が入ってこない。ぼくの部屋のガラス戸は割れていて、それをとりあえずベニア板でふさいでいる。


 ともかく、スリッパが必要だった。すこしは片付けたけど、まだ床にはガラスの破片が残っているかもしれない。


 片付ける気が起きなかった。第一戦が終わり、異星人の人が亡くなった。あれからまだ二週間ほどしかたっていない。


「ミスター・オチ」


 腕の時計から声がした。付けなおした予備の時計。上部で点滅しているボタンを押した。


「はい」

「こちらは予定どおり出発する」

「はい。打ちあわせのとおりです。着陸のためのスペースは、アメリカ軍によって確保してあります」


 しばらくグリーン提督からの答えがなかった。


「やはり、きみはこないのかね」

「はい、ぼくは今回、会場にいませんので」

「きみの家から、第二戦は見れるのかね」

「いえ。ご説明したとおり、今回は無観客で、放送もありません」

「きみは地球の代表だろう。そのきみが、戦いを確認できないと?」

「ぼくは、政府との橋わたし役ですので」


 また間があいた。しばらくして、ふたたび提督の声が聞こえてくる。


「わかった。なにか問題が起きれば、すぐに連絡する」

「いえ、ぼくに連絡しても事態は変わりません。状況に応じて対処してください」

「了解した」


 会話が終わりそうな雰囲気だった。最後に聞きたいことがあった。


「グリーン提督」

「なんだね」

「第二戦まで、わずか七日という政府の指定を飲みました。なぜです?」


 こちらが戦いの申請するまでが約一ヶ月。次に相手の準備期間が、おなじく一ヶ月ほどある。そこを政府は一週間後におこないたいと言ってきた。飲むはずがない。そう思っていたのに、グリーン提督は許可をだした。


「それは、私の判断ではない。本国の判断で可能だと連絡がきた。そのあとも本国の指定どおり準備を進めただけだ」


 そういうことなのか。


「では、ごきげんよう、ミスター・オチ」


 会話が切れた。時計の上部にある点灯していた小さなボタンも、もう光っていない。


 もういちどベッドによこたわり、天井を見あげた。


 ブルーのペンキが塗られた天井だけど、あちこちの色がはげ、灰色のコンクリートが見えている。


 第一線のベースボールが終わり、こんなに早く第二戦をするとは思わなかった。


 今回は親善試合でもない。秘密裏におこなわれる試合だ。なぜアメリカ政府は急いだのか。また異星人は、なぜその日程でも許可したのか。どちらも理由はわからない。


 それはそうと、おなかがすいた。


 ベッドから上半身を起こした。やっぱりスリッパがないので、靴をはく。


 むしょうに手を洗いたくなった。脱衣所にむかう。


 脱衣所といっても、バスルームとの仕切りがあるわけでもない。日本とちがい、こっちのアパートメントは造りもおおざっぱだ。細長いバスルームに、洗面台、便器、シャワーブースと三つが順にならぶ。


 奥のシャワーブースは、シャワーカーテンで区切ってあるだけ。カーテンの隙間から便器へ水が飛びちってしまうのが、この物件の大きなマイナスポイントだった。


 洗面台で手を洗う。


 あのとき、亡くなったマキリさんの頭を押さえていたのは、左手だった。髪の毛の感触が忘れられない。ものすごい量の血が流れ、そこに打ちつける雨が混ざった。


 ずっと手を洗っている自分に気づき、蛇口をしめた。


 タオルが近くになかったので、着ていたTシャツで手をふく。


 空腹だけど、冷蔵庫に食べものはない。それは、昨日で食べ尽くしたはずだ。


 バスルームからでて、SWATに荒らされた部屋をながめる。床には本や、読み中の論文が散乱していた。だれもいない部屋は静かだ。


 おなかがすいた。食欲はないけど、限界までくると人間はおなかがすくんだな。


 財布とスマホを持ち、外出することにした。


 ハワイ島のヒロという街はローカルが多く、ホノルルのような都会でもない。


 一階建て、または二階建ての店舗ばかりで、店の看板などもさびれていたりする。


 食料品店にむかう途中、こじんまりとしたカフェ兼ドーナツショップが目に入った。


 ドーナツはいらないけど、コーヒーが欲しい。そう思ってドーナツショップに入った。


「コーヒーをひとつ。テイクアウトで」


 地元のハワイアンっぽい褐色かっしょくの若い男性に告げる。男性はかるくうなずき、すでに淹れてあったコーヒーメーカーのコーヒーを紙コップにそそぎ始めた。


 しばらく待っていると、小さく茶色い紙袋を差しだされる。紙コップにフタをしてわたされると思っていた。意外にていねいだ。


 だされた紙袋を受け取った。なぜかずっしりと重い。なかをあけてみると、黒いチョコのかかった茶色いドーナツがふたつ入っている。


「あのこれ……」


 ぼくが言うより早く、若い男のハワイアンは片目でウインクした。


 とっさに返事が思い浮かばず、紙袋をとじて店をでる。


 これを持ったまま、次の店に入るのも気が引ける。ダウンタウンをぬけて、海ぞいの公園、ベイ・フロント・ビーチパークまでいくことにした。


 もともとハワイ島は火山の噴火でできた島だ。ふきだした溶岩は海に流れつき冷やされる。そのためハワイでは黒い砂の砂浜が多かった。


 黒砂の見える公園で、木陰こかげの下に腰をおろした。


 紙袋からドーナツを取りだす。チョコドーナツなので、チョコが手に付かないよう気をつける。


 口をあけたとき、近くの小道を小さな女の子がふたり通った。


「ハイ、タッツ」

「ハイ、タッツ」


 急に呼ばれて、ぼくも笑顔を作った。小さなふたりが手をふるので、ぼくもドーナツを持っていた手をふった。


 いや、ちがう。あの子たちは、なぜかぼくの名を呼んだ。


「待って待って!」


 あわてて立ちあがり、ふたりを追う。


「きみたち、ぼくの名を呼ばなかった?」


 小さな女の子は、たがいを見あった。


 五歳から七歳ぐらいの女の子だ。よく見ると、顔も髪型もそっくりだった。


「きみたち、双子?」

「そうよ、わたしはマナ」

「わたしなニナ」


 すばやく返され、どっちがマナでニナなのか、おぼえずらかった。


「そのドーナツ、おいしそう」


 双子の片方が言った。


「マナは、ドーナツが好きなんだね」

「わたし、ニナよ」

「ああ、そうなんだね。ごめんよニナ」

「うそはダメよマナ。ニナはわたしよ」


 どっちがどっちなのか。とりあえずドーナツを紙袋にしまった。


「ふたりとも、さっき名前を呼んだよね」

「ほら、やっぱり。人ちがい」

「わたし、そう言ったもん」

「うそ、マナがタッツだって言った」


 ケンカが始まりそうだったので、あわててふたりの目線にしゃがんだ。


「あってる、あってるよ。ぼくはタッツ。なぜ、ぼくの名を?」

「ネットで見たわ」


 マナかニナ、どっちかわからないが、そう教えてくれた。


 地元ハワイアンたちが使用する古くからの掲示板があるそうだ。そこに、ぼくのことが書かれてあったらしい。


 ぼくは自身のスマートフォンをポケットからだし、ブラウザをひらいてわたした。


 ふたりは「それじゃない」とか「ちがうわ、バカね」など言いあいをしながら、そのページにたどりついたらしい。スマートフォンをぼくに返してきた。


 ひらかれたページを見てみる。そこに書かれていたのは、うわさ話だ。


「異星人がハワイアンを襲ったらしい。だれか真相を知らないか」

「気をつけろ、すでにマウイ島の住民、半分がエイリアンと入れ替わっている」


 むちゃくちゃな話だ。


 好き勝手なうわさ話が書きこまれているなか、無視できない長文があった。


「異星人が襲ったのではない。異星人が襲われた。ハワイアンの子が異星人によって助けられ、それなのに助けた異星人は地球人によって襲われたのだ」


 これは真相を知っている人だ。つづきも書かれていた。


「わたしたちハワイアンは、わたしたちを助けたのに犠牲になった異星人の名を忘れてはならない。かれの名はマキリ。そしてマキリを助けようとした東洋人もいたという。うわさでは名はタッツ。ぐりぐり頭に眼鏡をかけた、若い東洋人らしい」


 読んでおどろいた。これはもう、うわさ話ではない。


 そしてだれが書いたのか予想がついた。ドミニクさんではない。あの人が書いた文章には思えない。


 キアーナだ。男性が書いた文章のように見せているけど、きっちりとした文体は、法学部の人が書きそうに思える。


 ふいに頭をなでられた。


「マナが、いいこって、してあげる」

「じゃあ、ニナも」


 おさない双子に頭をなでられた。


 泣いてはいない。でも、涙をこらえていた。


 目のまえで初めて人が死んだ。生まれて初めて、真の意味で、取り返しがつかないことだった。


「助けたかった」


 ふたりには意味がわからないだろうけど、ぼくがふりしぼって口にできた言葉は、それだけだった。


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