第37話 予備の腕時計
グリーン提督の目を見れなかった。
アメリカ軍基地から、異星人の母船へ。
司令官の執務室にいるのは、ぼくだけだ。
ドミニクさんたち三兄弟は、この船の医務室に案内されている。
マキリさんの遺体は、黒ずくめの兵士たちがかつぎ、どこかへ持っていった。
「申しわけありません」
床を見つめながら、なんとか言葉にしてみた。宇宙船の壁は白かったが、床は鉄のような材質に灰色の塗装がしてある。
顔をあげてみた。グリーン提督の表情は、怒りとも、悲しみとも取れない。
グリーン提督は、デスクの引きだしをあけた。あの腕時計のような機械だ。予備があったのか。
「腕を」
言われるがままにデスクに近より、自分の左腕をだした。
グリーン提督は、予備の腕時計を近づけた。パシッと痛みが走ったような気がしたので、腕を裏返した。すると、こわれた腕時計のバンドは切れていて、ごとりと腕時計が落ちた。
ぼくは予備の腕時計を右手で受け取り、左腕に置いた。最初とおなじように、シュッとバンドがあらわれつながった。
それを見て、グリーン提督は小さくうなずいた。顔は無表情のままだ。
「なにを、お考えですか」
「複雑だ。複雑なので、きみにどう言葉をかけるべきか。私は迷っている」
それはそうだ。敵に手を差しのべたのに、裏切られた。それも最悪のかたちで。
「なぜ、ぼくを助けてくれたのです?」
ぼくだけではない。ドミニクさんたち三人もだ。あのまま基地にいると、どうなっていたか。ぼくの腕時計はこわれていて、周辺を録画するというプロテクトがかかっていない。アメリカ軍が当初ねらっていたとおり、ぼくを殺して異星人のせいにできたかもしれない。
なぜ助けてくれたのか。しかしグリーン提督は、この質問が意外だったのか、眉間にしわをよせた。
「あのときであれば、それが最大の成果ではないかね」
「最大の成果?」
「そうだ。まず、部下の遺体を取りもどす。これが絶対の目標だ」
「はい、わかります」
「そこの達成は確実に思えた。あとはミスター・オチの立場が悪そうに見えた」
理解が追いつかない。遺体は取りもどせる。次の目標が、ぼくを救うことなのか。
考えこんでいると、提督のほうが口をひらいた。
「私は、かなりの部分を予想で動いた。ことの真相がわからなければ、話は進まないと思うが」
提督の言うとおりだ。だけど話すと、地球の不利にならないか。
「もし、九回の戦いに影響があると懸念するなら、それはない」
「ないのですか!」
思わず、ぼくは大きな声がでた。
「銀河憲章を読んだのかね?」
「それは、読みましたが……」
正確には読んでいるのはキアーナだ。でも、たしかに銀河憲章でしるされたなにかに、今回のことは当てはまりそうにない。
「私の任務は、銀河憲章にそって侵略を進めることだ」
「ですが、提督の部下が亡くなりました。悲しくはないのですか」
「それは悲しい。心が引き裂かれるほどに」
「復讐したいとか、思わないのですか?」
提督が、ぼくを見つめた。
「復讐すれば、私の部下は生き返るのかね?」
返す言葉がない。そのとおりだ。
それでも、いま合理的な判断ができることにおどろく。これが司令官というものだろうか。冷静、というのもちがう。戦いになれているのか。それとも、これが軍人という職業なのだろうか。
ともかく、これはことの真相を話してもよさそうだった。
「順を追って、説明すると……」
ぼくは起きたことを話した。あの女の子が軍の施設から帰ってきたこと。そしてドミニクさんたちが助けだそうとしたこと。
そして、アメリカ政府がねらっていたこと。つかまえた異星人、マキリさんが、ぼくを殺したように見せかける作戦だった。
話しているとちゅうから、グリーン提督は大きくうなずいた。
「不正に勝利を得ようとする動きは、よくあることだ。愚かであるな、地球の者は」
そうか、あのマキリさんも言っていた。長い星間戦争の歴史で、こんな陰謀はよくあると。
「ぼくも、その愚かな地球人です。やはり、ぼくを助けるのが成果という意味がわかりません」
グリーン提督が、また強いまなざしでぼくを見た。
「殺人者と軍人のちがいは、なにかね?」
逆に質問されるとは思っていなかった。殺人者と軍人のちがい。
「命令されて人をあやめるのが軍人、ということですか」
「無駄な血を流さないのが軍人だ」
ぼくの答えた言葉が、ひどく失礼な言葉だったと言ったあとに気づいた。
そしてやっと、ぼくやドミニクさんを助けた理由がわかった。マキリさんの遺体を回収することには全力をそそぐ。そこからあとは、無駄な争いをおこさせない。
なぜこの人が司令官なのか、わかってきた気がする。基本に忠実。そしてとても優秀な人だ。それにくらべ、ぼくら地球人は愚かだ。
「私の部下を助けてくれようとした四人の尽力に感謝する」
「そんな、なにもできませんでした。ぼくの失敗です」
「いや、私の失敗だろう。圧倒的な武力の差があるので、この星が危険をおかすとは思わなかった。それに、敵の代表者が話の通じる相手だった。そこで心に余裕を持ってしまった」
話の通じる相手。それはぼくのことだ。
グリーン提督のデスクの上に、光るマークがあらわれた。
「治療が終わったようだ。では、きみたちを送ろう」
もうなのか。ぼくはもっとグリーン提督に言わないといけない言葉があるんじゃないか。
「では、ミスター・オチ、第二戦の申請を待っている」
「はい」
短く答えた。それしか言うことができない。
ぼくは地球の代表。でも、あまりに無力な代表だった。その結果、わずかな人たちを巻きこみ、災いをふりまいただけ。
取り返しのつかないことをした。それだけは痛すぎるほどにわかった。