第34話 まぬけな陰謀
車を路肩に停めた。
道路のさき、アメリカ軍基地のフェンスが見える。
金網のフェンスは二重だ。そこに可動式の箇所があり「STOP」と書かれた赤い看板がついている。
可動式フェンスのまえに立つ兵士はふたり。グレーと白の迷彩服。防弾チョッキにヘルメット、それに手に持つのは、ずっしり重そうな自動小銃。
一般の人が入るゲートではない。あっちはもっと警備の人が多い。こっちは業者などが使用する裏口で、最近になって知った。
ドミニクさんたちは、もう入っているのか、まだなのか。ここから入るさきは林道が見えるだけなので、基地の雰囲気はわからない。
スマホを取りだし、アメリカ軍の最高位、デービー・ギャザリング参謀議長に電話をかけた。でも、やっぱりでない。
遠くのほうから騒音がするのに気づいた。窓をあけて耳をすます。
台風のときのような風が鳴る騒音に聞こえた。頭に浮かんだ予想は、大型プロペラ機。そうなると輸送機だ!
ドミニクさんたちの動向はわからない。けれど、あの緑の兵士さんは基地のなかにいる。どちらにしても時間はない!
「ごめん、ウィル!」
ギアをドライブに入れた。アクセルをべた踏みする。キャデラック社のSUVは急発進した。
金網のフェンスが近づいてくる。米軍兵士のなにかさけぶ声が聞こえた。
連続する爆裂音。聞こえた瞬間に視界が白くなった。フロントガラスがヒビだらけだ。いきなり撃ってきた!
前方が見えない。急ブレーキをかけた。さらにフロントガラスが撃たれる。思わず助手席にむかってふせた。また連続する射撃音。粉々のガラスがふってきた!
映画のようにはいかなかった。金網のフェンスを車でやぶるまえに、蜂の巣のように撃たれた!
射撃の音で、耳鳴りがしている。
車のドアをあけられ、引きずりだされた。手錠をかけられ、兵士ふたりがかりで両わきから持ちあげられる。
奥の林道からエンジンの音がした。軍用のジープだ。
可動式フェンスがひらく。ぼくはジープの後部座席に乗せられた。両わきには兵士が座る。すぐにジープはUターンし、そのまま基地のなかに入っていく。
ぼくを乗せたジープは林道をぬけ、倉庫がならぶエリアもぬけた。
がんじょうそうなコンクリート製の建物に着いたとき、連行されるさきは司令室だとわかった。
四人の自動小銃を持った兵士に前後左右をかこまれ連行される。
手錠をかけられたまま司令室に入ると、そこにいた人たちにおどろいた。
「ドミニクさん!」
ドミニクさんと弟のふたりだ。三人とも司令室の中央でひざをつかされ、手は頭のうしろにあげている。ぼくとおなじく手錠がされているのも見えた。
「入ってすぐに拘束された。じゃまをしてくれて、ありがとうよ」
ドミニクさんが、ぼくをにらんで言った。そうか、ぼくが通報したと思っているのか!
「かれのせいではない」
前方にあるスクリーンのスピーカーから声が聞こえた。
「ロブ・ロゴス国防長官」
スクリーンに映っていたのは、シルバーグレイの豊かな髪をオールバックにした、やさしそうな中年。国防長官だ。
そのロゴス国防長官が、ドミニクさんを見つめた。
「われわれは、タツロウ・オチを監視している。かれと接触した者も、もちろん監視の対象だ」
しまった。それはわかっていたのに、あれこれあって忘れていた。
「入場許可証まで用意したようだが、そもそもマークしている人物が納入業者に偽装してくれば、こちらとしては拘束するしかない」
ドミニクさんたちの首元を見た。たしかにIDカードのようなものを首からさげている。
「さて、タツロウくん」
ロゴス国防長官が、今度はぼくを見た。
「無駄に暴れたりしないと、誓えるかな。ややこしいことに、きみを拘束することは銀河憲章で禁じられている」
ぼくはうなずいた。うなずくしかない。まわりには自動小銃を持った軍人だらけだ。
いや、たとえ銃を持ってなくとも、屈強なアメリカ兵士だ。引きこもりの天文学生が勝てるはずもない。
兵士のひとりがぼくに近づき、両手についた手錠をはずした。
「国防長官、何度も電話をしました」
「気づいていたよ。そして、なにを私に言いたかったのかも、およそ想像できる」
「では、敵の兵士を解放してください!」
「残念だが、できない」
「そんな!」
この国防長官になんと言えばわかってくれるのか。
そのとき司令室にだれか入ってきた。足音にふりかえり、入ってきた一団を見る。
先頭にいるのは迷彩服ではなかった。勲章のついた黒い制服、そしてつばのある制帽。あきらかに軍で上位の人だ。その顔がわかって、おどろいた。
「デービー・ギャザリング参謀議長!」
さらにうしろ、あの緑色した若い兵士さんだ。黒いライダーススーツのような防護服は着ている。でもフルフェイスはつけていない。手には手錠がつながれていた。
敵の兵士さんは、ぼくのすぐ左に立たされた。目線があう。ぼくは言うことがあった。
「あやまってすむ問題じゃない。でも、ごめんなさい」
「あなたが、あやまる必要はない」
緑色した顔がほほえんだ。
ぼくらのまえに、ギャザリング参謀議長が立った。この参謀議長にも言いたいことがある。
「こんなことをしたら、大統領まで危険です。忘れたのですか、異星人がいつでもねらえることを!」
ギャザリングは答えなかった。かわりに答えたのはスクリーンに映るロゴス国防長官だ。
「ひとつの命で地球が助かるなら、安いことだと思わないかね。いや、今回はきみのせいで、四つの命になった」
四つ。なにを言っているんだろう。
ギャザリング参謀議長が、腰のホルスターから拳銃をぬいた。その銃口をぼくにむける。
「そうか、ねらいは、ぼくだ・・・・・・」
理解できた。銀河憲章だ。地球の代表であるぼく。それが敵に殺されれば、自動的に地球の勝ちとなる。
そして四つの命と言った。ぼくは顔が青ざめるのを感じた。
「ドミニクさんたちまで殺す気ですか」
「それはきみのせいだね」
答えたのはスクリーンの国防長官だ。
「きみとハワイの住人三人は、異星人と戦闘になり死亡」
「愚かすぎます」
だれが言ったのかと思えば、となりに立つ緑の兵士だ。
「愚かとは。きみは軍人だろう。ならわかるはず。数人の命で国が助かる」
「助かりません。無駄死にです」
スクリーンに映る国防長官が、異星人の言葉に眉をひそめた。
ぼくに銃口をむけていたギャザリングは、銃口を上へはずした。
「どういうことだ」
「ミスター・オチの腕にあるのは、代表者のみがつけるタイマーです。つねに周囲の空間を1メセタ分、記憶するようにできています。このような陰謀、いままでに銀河の歴史でなかったとでも?」
思わず腕の時計を見た。そんな機能があったんだ!
「ちなみに、この星の技術では、こわすことも無理でしょう。位置の特定はできますので、火山の火口に捨てても、われわれなら取りだせます」
それを聞いたギャザリング参謀長官は、意外なほどあっさりと、手にした拳銃を腰へともどした。
「この策では無理なのか」
「無理ですね」
冷静な声で、緑の兵士が答えた。それをギャザリングが見つめる。
「地球の代表をわれわれが撃つのがバレるのなら、だまっていれば、きさまらの勝ちだった」
緑の兵士は、ギャザリングを見つめ返した。
「私は軍人。戦って死ぬのであれば本望ですが、まぬけな陰謀の犠牲になる気はありません。笑いものになる気はない」
ふたりが見つめあった。
「それでは、すみやかに異星人を移送だ」
ふいに声が割って入った。
「国防長官」
ギャザリング参謀長官がスクリーンへふり返った。
「敵の報復が予想されます。おやめになられたほうが」
「第一戦で、すでに負けた。われわれには敵の情報があまりにない」
「それは同感です。この戦闘スーツですら、われらの技術では作れません」
「だからこそ異星人を帰せば、あのヘルメットやボートも返せと言ってくるだろう」
「いけません国防長官。戦いになります!」
「多少の犠牲はでる。だが全面戦争にはならない。それこそ銀河憲章があるのでね」
ふたりのやり取りで思いだした。参謀議長はアメリカ軍のトップになるけど、指揮権は持っていない。指揮権はあくまで、大統領が持っている。
大統領はどこだろうか。そう思っていると、つづけて国防長官が口をひらいた。
「私もすぐにシェルターへ避難する。指示は追ってそちらから」
大統領がスクリーンにいない理由がわかった。異星人からケツをねらわれる男は、うわさに聞くホワイトハウスの地下シェルターだ!
なにかないのか。必死で考えた。でも、ぼくには武器もなにもない。
武器、そうか!
「なにをしている!」
ギャザリングが気づき銃をぬいた。ぼくは両手をあげる。
でたらめに左腕の機械を押した。ウィルが押したときとおなじ。あのときは自動販売機がゆれた。そしてあのときより、この部屋にはもっと多くの機器がある!
緑の兵士さんは、手をあげているぼくの左腕を見つめていた。ぼくがなにをやったかわかるはず。
ガタガタガタ! と壁にそって置かれた無数の計器がゆれ始めた。
「ドミニクさん、これから!」
ぼくがさけぶのと、計器類から火花がちるのが同時だった。照明が落ちる。漏電遮断装置が働いた!