第32話 男として
「こっちを紹介するよ。天文学部のウィル、生物学部のスタッビー、法学部のキアーナだ」
呼ばれたので手をふっておく。しかし、疑問がいっぱいだ。
「ウィル、この人たちと、どこで?」
「あのドジャーズ・スタジアムさ。NASAの人たちも、ぜったい多くきていると思った。目のまえで異星人を見れるんだ。偵察するにきまってる」
ウィルの言葉に、画面むこうの男性が笑った。
「そうなんだよ。このウィルがいきなり声をかけてくるんだ。きみら、ぜったいNASAだろう、ってさ。なんでわかったんだろう」
ジョシュはそう言い、となりのジェイミーと見あって笑った。
ぼくはスタッビーと目があった。ぼくらは理由がわかる。研究するタイプの人間って、どこか雰囲気がある。はっきり言うと、見た目がさえない。
「危険だわ」
声をあげたのは、後列のキアーナだ。言われた前列のウィルがふり返った。
「政府に尾行されてた、と言いたいんだろ。あのスタジアムの人混みにまぎれたんだ。きっちり、まいてやったぜ」
それを聞いた画面のむこう、ジョシュが納得したようにうなずいた。
「三人で車に乗ってから、おなじ道をまわったりしたのは、そういうためか」
「かしこいのね」
画面のむこうで、ふたりが感心している。
「おふたりは、双子ですか?」
気になったので聞いてみた。男性のほうのジョシュが答えた。
「そう、双子だ。にてないと思うけどな」
いや、そっくりだ。髪型がちがうだけで顔はおなじ。おまけに小さな丸い眼鏡もおなじ。
「おれ、ジョシュのほうが宇宙工学をやってる」
それを聞いてわかった。
「このパソコンを作ったのはジョシュだ」
「そうなんだよ。ウィルがどうしても秘密で話せる回線が欲しいっていうんだ」
ウィルと出会って短時間のはず。なのにウィルとジョシュは、かなり仲よくなっているように見える。ほんとうにウィルの社交性は、あこがれるほどに優秀だ。
「でも時間はなくて。朝には帰るっていうしさ。泊まっていたモーテルで聞いて、廃棄される予定のパソコンをもらえてよかったよ」
画面むこうのジョシュは簡単に言うが、朝までに作れてしまえるのがすごい。感心していたら、となりに映る女性のほうが口をひらいた。
「ジョシュが話しだすと長いわ。こっちも話させてよ。わたしジェイミーは、宇宙生物学ね」
ぼくの肩にあったキアーナの口が小さく動いた。
「宇宙生物学って、異星人研究? ほんとにあるんだ。オカルトかと思ってた」
かのじょの小さなつぶやきには、訂正が必要だ。
「キアーナ、宇宙生物学は、異星人の研究じゃない。宇宙に生物がいる可能性、そして地球の生物が宇宙で活動するとどうなるか、そんなことの研究だよ」
聞いていた画面むこうの女性、丸っこい顔の丸っこい眼鏡が笑った。
「そのとおりよ。さすが天文学部なのね」
NASAの職員に褒められ、思わず照れそうになる。よこからスタッビーが口をひらいた。
「宇宙での活動か。おれの考えでは、海の生物のほうが宇宙むきなんだけどな」
「あら、うれしい。わたしの考えといっしょ。そっか、ハワイ大学だ。専攻は海洋生物学?」
聞かれたスタッビーは、恥ずかしそうにうなずいた。
「いま、なにか研究してるの?」
「ク、クラゲの足の成長が、海水濃度によって変わるかどうか」
「わぁ、すてきね!」
すてきなのだろうか。ぼくにはわからなかった。
スタッビーがうしろから身を乗りだし、ふたりの会話はつづいている。
「海水の濃度は、何種類?」
「三種類だよ。でもそれは、種類がすくないんじゃなくて」
「わかるわ。毎日、長さを計測するタイミングを合わせるためね!」
「そう。毎日だけど、たまに毎時もする」
「うわぁ、毎時で。それはクールだわ!」
クールなのだろうか。生物学同士の会話は理解しずらい。
「待ってくれ、ふたりとも」
ウィルが会話を切るように入った。
「こっちの状況が、けっこうせっぱつまってる」
「なあに、どうかしたの?」
画面むこうのふたりが、身を乗りだしたようだ。ふたりのそっくりで丸い顔が画面に近づいた。
ウィルが手短に、こちらの状況を伝える。
聞いたふたりが、今度は引くように画面からのけぞった。そしてふたりで目をあわせている。
「そのようすだと、当てはまるなにかがあるんだな」
ウィルが詰めよった。ジョシュが言いよどむように答える。
「偶然かもしれない。でも、そのいま聞いた異星人がとらえられているとしたら・・・・・・」
「ジョシュ、こっちの四人については、昨日に話したのが本当だ。きみたちも守秘義務とか、あるだろうけどさ」
ジョシュはウィルの言葉をさえぎって首をよこにふった。
「ウィル、きみを信用してるから、そのパソコンをあげた。それにきみのおかげで、ずっとNASAの内部に起こっていた、変な動きの理由もわかった。感謝してるぐらいだ」
そう言うと、ジョシュは深刻な顔になった。
「いやだなぁ、いやな感じだ」
「なにがだ、ジョシュ」
「数多くいるNASAの職員だけど、ずっと一部をのぞいて強制休暇だった」
むこうではなく、こっちの四人が見あった。それは徹底して、これが侵略戦争であることを秘密にしておくためだろう。
「でも、ジェイミーだけが、今晩の24時に緊急の呼びだしを受けてる」
その本人、となりのジェイミーがうなずいた。宇宙生物研究の部門。なんだろうか。
「そしてうわさだけど、ふだん使用されないE棟に明かりがついてるらしい」
「こっちの四人はE棟じゃわからないよ」
ウィルの指摘はもっともだ。
NASAの双子は、もういちど目をあわせた。そして女性のほう、ジェイミーが言いずらそうにゆっくりと口をひらいた。
「E棟にあるのは、オペ室なの」
聞いておもわずのけぞり、うしろのキアーナとぶつかった。
「異星人の解剖か」
ウィルもそれだけ言い、言葉を失っている。
ぼくは左の手首にある異星人の時計に手をのばした。その右手をだれかがつかんだ。
顔をあげてみると、ぼくの腕をつかんだのはウィルだ。
「タッツ、あの指揮官に伝えると、これ戦争になるぜ」
そんな。スタッビーとキアーナを見た。ふたりもなにも言わない。
画面のむこうを見た。NASAの双子ふたりも口をつぐんでいる。
そのとき、ぼくのスマホが鳴った。おどろきのあまり心臓が止まりそうだ!
ポケットからだしてみると、相手はよく知る人物だ。
「ドミニクさん!」
「タッツ、あの兵士さんが移送されるぞ!」
「解剖のことをどこで!」
「解剖? くそっ、そんなことになってるのか!」
しまった、早合点した!
「ドミニクさん、移送のことをなぜ知ってるんです」
「おなじハワイアンの親族で、基地の調理場で働いてるやつがいる。いま基地のなかは、おおさわぎらしいぞ!」
まずい。まずすぎる。でも助ける手立ても思いつかない。
「タッツ、さっきの会話、なかったことにしてくれ」
「なにをです?」
「おれの親族が調理場にいるって話さ」
「なぜです?」
しばらく返答がなかった。
「おまえさん、政府のおえらいがたに連絡できるだろう。たのむが、おれとの会話はなかったことにしてくれ」
いやな予感で、冷や汗がでてきた。
「まさか、あの兵士を取り返すつもりですか!」
「メリアの命の恩人。その人の命があぶない」
「ドミニクさん、アメリカ軍基地ですよ!」
「男として、たのむぜ。なにも聞かなかったことに」
それだけ言うとドミニクさんは電話を切った。