第29話 ハワイアンの実家
救助はうまくいきそうだ。
ぼくらの乗った空飛ぶ船が動きだす。
母船は近かった。
座席につけとは言われていない。ぼくは丸い窓のそばに立ち、母船をながめた。
近づいてくる巨大な鉄のかたまり。なにかの工場や製鉄所が、空中に固められたようにも見える。つぎはぎだらけであり、まれに水蒸気のでる煙突などもある。
もっと近くで見たかったけど、そこまでだった。窓の外側にシャッターのようなものがおりて外は見えなくなった。
コックピットに大きな窓があったはずだが、そこへの扉もとじられた。こうなると外のようすはわからない。
「あまり、内部のようすを見せられないのでな」
グリーン提督が言った。たしかに、それはそうだ。ぼくらは敵同士だ。
鉄のきしむような音や、なにかぶつかるような音が船外から聞こえてくる。しばらくすると船体のゆれが止まった。母船の格納庫に入ったか。
「燃料を補給する。このまま、ここで待っていてほしい」
いやだとも言えない。グリーン提督ら異星人は船からでたが、ぼくらは船内で待機だ。
なにをするでもなく船のなかで待つ。
船の丸い窓はシャッターでとじられたままだ。格納庫だと思うけど、外は見えない。
「せっかく宇宙船のなかが見えると思ったのにな」
ぼやいているのはスタッビーだ。
「タッツ、きみは母船のなかを歩いたんだろう?」
「いや、地球の飛行機とおなじだった。ドアがあくと通路が取りつけてあって。あとは、まっすぐグリーン提督の部屋にいく。なにも見えないよ」
一回目は気を失っていた。二回目がそれだった。見た景色は鉄の通路だけだ。
スタッビーが満足そうに船内を見まわした。
「でも、いい経験になったな。ウィルもくればよかったのに」
「しまった!」
それで思いだした。
「どうかしたかい?」
「いや、ウィルがいないんだった」
「ああ、タッツは、ウィルの家で寝泊まりしてたもんね」
そう、そのとおり。この第一戦の準備がいそがしくて、ずっとウィルの家にいた。
大学も、アメリカ軍基地も、どちらもオアフ島だ。おなじオアフ島のワイキキにあるウィルの家はひじょうに便利だった。
「ハワイ島の自宅に送ってもらえば。だって、ここ、ハワイ島の沖でしょ」
キアーナの指摘は正しいのだけど、自宅はなかなかに問題があった。
「家賃を払って電気と水道はつくようにしたけど、まったく片付けてないんだ」
「えっ、あのSWATに突入されてから?」
「そう、部屋はめちゃくちゃで、ガラスも散乱してる」
「それって、窓ガラスも割れたまま?」
「いや、ベニヤ板でふさいでる」
キアーナは、あきれた顔でぼくを見た。
「泥棒に入られるわよ」
「いや、大事なものはないんだ。PCと望遠鏡は、あのとき押収されてるし」
「それも、ひどい話ね」
ちがう意味であきれた顔のキアーナだ。
「それなら心配はねえ」
口をひらいたのはドミニクさんだった。
「おれは実家にいく。いっしょにこい。寝るところぐらいはある」
さすがにそれは悪い。ことわったのだが、ドミニクさんはゆずらなかった。
「タッツのあと押しもあって、メリアが助かったんだ。恩人のひとりだぜ」
ハワイアンというのは、島という立地もあってか、家族や親族といったコミュニティを大事にする人が多いのは知っていた。それはすこし日本の田舎に近い。
「ドミニクさん、その家はハワイ島?」
「いや、オアフだ」
ハワイアンの実家か。どうしようかと考えていたとき、キアーナが口をひらいた。
「ウィルからメッセージきてたのね。さっきの騒動で気づかなかったわ。朝一番で帰るから、明日の昼過ぎに図書館で会おうって」
それなら、オアフ島にいるほうが便利だ。
「ドミニクさん、お世話になります」
「おう、自分の家のつもりで、くつろいでくれ」
「ちょっと、ドミーの家じゃなく、実家でしょ」
キアーナのするどい指摘に笑えた。
そのとき、船の入口があいた。入ってきたのはグリーン提督だ。
緑色の司令官は、なぜかけわしい顔をしている。
「グリーン提督、なにか?」
「さきほどから無線の返答がない」
だれのことかは、すぐにわかった。あの地球人を助けにいった若い兵士だ。
「二重遭難ですか!」
「そうではない」
海に投げだされた四人は助けたらしい。そのあとに近くを航行する船舶が助けにきたそうだ。そこまでは無線でのやり取りがあった。けど、そこからの応答がないという。
「ひとまず、きみたちをオアフ島に送る」
グリーン提督に告げられ、ぼくらを乗せた小型船が動きだす。
「ミスター・オチ、なにかそちらでわかれば、すぐに連絡をくれたまえ」
ぼくは、もちろんですと答えた。
夜空を飛ぶ小型船は、あっというまにオアフ島へと着いた。
ハワイ大学のグラウンドへと着陸する。
ドミニクさんが飛ぶ船内からスマホで連絡をしていたので、すでにむかえの車は到着してあるという。
みんなで着陸したグラウンドをあとにして、大学の敷地からでた。
いまはもう夜ふけ。人も車もないハワイ大学まえの大通り。一台だけ特徴的な車が停まっている。むかえの車だとすぐにわかった。
車は、あちこちにサビが見える年季の入ったTOYOTAのピックアップトラックだ。
日本ではあまり見かけないが、アメリカではピックアップトラックが日常用の車として主流のひとつだ。トラックのような荷台があり、なおかつ4ドアなのでファミリーでも乗れる。
「みんな乗ってくれ。キアーナとスタッビーも送っていこう」
ドミニクさんの言葉に甘え、みんなで乗りこむ。後部座席に座ると、運転席にいた男性がふり返った。ハワイアンらしい褐色の肌をした男性だったが、からだの線は細かった。
「弟のランドルだ」
「よう、姪っ子を助けてくれたらしいな、ありがとう」
ドミニクさんの弟か。顔はそっくり。でも体型はちがう。
「姪、ということは、あの子の父親ではないんですね」
「おれは三番目の子、あれは二番目の兄貴の娘だ」
聞けば六人も兄弟姉妹がいるらしい。ドミニクさんが長男だそうだ。
「おい、それで、メリアはどうなってる」
すぐにドミニクさんが聞いた。
弟のランドルさんが答える。でも、ぼくらが知っている情報とおなじだった。民間の船舶が救助にいき、四人を救助したという連絡しか入ってないらしい。
ぼくはスマホを取りだし、以前に教えてもらった国防長官の電話番号を押した。けど、だめだった。いまは夜ふけだからか電話にでない。
スタッビーとキアーナ、それぞれに道を聞きながら自宅の近くまで送る。
それが終わると、ぼくとドミニクさんを乗せたピックアップトラックは、ホノルルの郊外へと走った。
着いたのは、ドミニクさんの実家だ。白いペンキがあちこちはげた木造の二階建て。
それでも二階建ての一軒家は、むかしからの人だから持てる。いま買おうとすれば、かなりの金額になるだろう。
「Hey、Bro」
ダニエルさんの弟、ランドルさんに声をかけられた。ブロ、とはブラザーの略か。あまり天文学部では聞かない口調だったので、すぐにピンとこなかった。
「明日はどうする?」
「よければ、朝にハワイ大学へ」
「わかった。せまいが、ベッドルームをひとつあけてある。そこをつかってくれ。いま大勢の人がいるからな。やかましいかもしれないが、ゆっくりしてくれ」
ランドルさんの言うとおり、家に入ると、大勢の人がいた。みな兄弟や親戚の人らしい。姪のメリアちゃんを心配して、あつまっているとのこと。
夜も遅いので簡単に親族を紹介され、ぼくは寝室へとむかった。