第27話 七条第四三項
遭難船の位置を特定するようだ。
どうするのかと思ったら、茶色い髪と緑色した顔の女性が動いた。黒いライダーススーツの女兵士は壁ぎわにむかう。
壁にあるスイッチを、なにやらガチャガチャと押した。すると船の床から、にゅっと円筒状のものが飛びでた。バケツぐらいの大きさだ。
「老朽化がひどいわ」
そう緑の女兵士は言うと、床からでる金属の円筒をガツン!と蹴った。
船内いっぱいに、編み目のような青白い走査線が水平に浮かんだ。頭の上あたりに出現した線で、波のようにゆらゆらとゆれている。
「海面のホログラムですか!」
これは海面を三次元レーダーでスキャンし、ホログラム化したものだ。
ぼくらの乗る船が針路を変えた。
「さきほどの無線がきた方向はおよそ確定。そちらに進路をむけます」
コックピットから男性の声が聞こえた。グリーン提督の部下は、どれもできる人たちばかりのようだ。
ぼくやスタッビー、それにキアーナも、シートベルトをはずしてもらった。
女兵士がぼくたちにむけ、装置の説明を始めた。
「海面を投影してるけど、その遭難船と思われるものを探知するのは無理です。その船のデータがないので。肉眼で異変を見つけるしかありません」
ぼくがアルファベットから意味のある単語を見つけたときとおなじだ。なにを見つけるのか入力しないと、コンピューターは見つけられない。
「このホログラムの縮小サイズは、いくつです?」
「1/1000です」
それは小さい。
「みんな、小型のクルーザーが5mなら、ここに表示されるのは5㎜だ。豆粒をさがすぐらいのつもりで」
女兵士がぼくを見た。余計なことを言っただろうか。
「ま、まちがってたら訂正します。て、天文学だと、電波望遠鏡のデータから異常点を見つけるとかあるから」
とくになにも言われなかった。むっとされたわけではないらしい。
みんなが上を見あげ、天井に広がる編み目のような光の線を見つめた。海面を再現しているので、荒れた海面とおなじように波打っている。
ぼくも眼鏡をあげ、目を皿のようにして見た。
「これじゃない?」
壁ぎわのほうを歩いていたキアーナが言った。みんながそこに集合する。
おそらく当たりで、豆粒ほどの四角がある。ほかは小さくゆれる線ばかりだ。
さきほどの女兵士がペンのようなものを持ってきた。豆粒ほどの四角にむける。あれはマーカーなのか。
「座標は取れました。しかし……」
女兵士があたりを見まわした。
そうか、この三次元レーダーで見るかぎりだけど、近くを航行している船舶らしき影はない。
これはまずいぞ。いま外は、まちがいなく雨がふっている。そして夜だ。
「コーストガードを呼んでも、まにあうかどうか……」
スタッビーがつぶやいた。ぼくもおなじ考えだ。コーストガード、沿岸警備隊だ。日本だと海上保安庁とおなじような組織。
巨漢のドミニクさんが、大きな手に小さなスマホを持って見せた。
「それでも、連絡はしたほうがいい。コーストガードのほうで近隣の船を探せるかもしれねえ。電話をかけてもいいか?」
グリーン提督は、若い女兵士にむけてうなずいた。
「座標を言います」
若い女兵士は声をあげたが、ドミニクさんはスマホを持つ手とは逆の手をあげ、待ったをかけた。
「さきにかける。おぼえられねえ」
ドミニクさんがコーストガードへと電話をかける。
ぼくは、まだ船内に投影されている編み目のようなホログラムを見た。さきほど壁ぎわあたりだった小さな四角は、部屋の中央へと近づいている。つまり、ぼくらの空飛ぶ船は遭難船へと近づいている。
「北緯19度45分・・・・・・」
あの女兵士の人が位置をドミニクさんに伝えていた。ドミニクさんがそれを電話口で復唱する。
「ミスター・オチ」
ふいに呼ばれた。グリーン提督だ。
「ここにいる全員、異星人間接触となる。ホットドックの件と、あわせて二件、あとで許可の署名をもらっていいかね」
もちろんです、と答えながら、なんて面倒なんだとあきれる。
「あれ? 提督、双方の許可でぼくら以外の交流が可能なら、提督とアメリカ大統領でも、会話が可能なのでは?」
ぼくは地球の代表という重い荷をおろせる。そう思ったのにグリーン提督は首をふった。
「可能だが、そのあとにすべてミスター・オチの許可が必要になる。決定するのは、つねにわれわれ代表者ふたりだ」
それなら、ぼくは無条件で許可をだす。そんな特例が作れるか聞こうとしたら、さきにグリーン提督が表情を変えずに言った。
「私には、ミスター・オチ以外であれば、話す話さないの選択権がある。あの無能な指揮官と会話せよというのなら、答えはノーだ」
思わず天をあおいだが、見えたのは古びた船の天井だった。遭難した船の位置は特定できたので、もう三次元レーダーは消えている。鉄板をつなぎあわせたような天井は、たしかに老朽化した灰色だ。
「強風で、ヘリが飛ばせねえだと!」
どなり声はドミニクさんだ。
「じゃあ、救命艇は。なにっ、オアフ島からでるだと? 何時間かかると思ってんだ!」
そうだ。宇宙船が浮かんでいるのはハワイ島、ヒロの沖合だ。それに対し沿岸警備隊の本部は、ハワイ州の州都オアフ島のホノルルだ。
「グリーン提督」
ぼくは緑色した司令官を呼んだ。
「この船に、救命ボートのような装置はありますか」
グリーン提督がすぐには答えなかった。ということは、きっとある!
「提督、おねがいします!」
「タッツ、無理を言わないの」
「キアーナ!」
敵だ味方だのの話じゃない。人の命だ。
「銀河憲章よ」
「ええっ、なんでいま、それがでてくるんだい!」
「第七条、第四三項。援助供与について」
「援助供与?」
「どちらかが有利になる物資、または技術の授与は、当事者間だけでなく第三者からも禁止する」
言われてる意味が理解できない。
「物資じゃない、救命ボートの話だよ、キアーナ」
「ええ、それはきっと物資とも解釈できるわ」
「そんな!」
キアーナが船内を見まわしながら、話をつづけた。
「この船、わたしたちの地球とでは、大きな技術の差があるわ。だからこの船の部品でもある救命ボートを地球人にわたしたとなれば、おそらくグリーン提督の責任となる」
そうなのか。グリーン提督を見ると、なにも反論せずこちらを見ている。
簡単に言えば「敵に物をあげるな」ということだろうか。
「地球の女性さん」
だれが声をあげたのかと思えば、ショートの守備をした若い兵士だ。
「こちらが救命ボートを落として帰る、というのが問題なのですね」
「ええ、そうよ」
「では、こちらのだれか。たとえば自分が救命ボートをおろし、地球の民間人を助けるとすれば?」
聞かれたキアーナは、グリーン提督のほうをむいた。
「それはおそらく銀河憲章とは関係がないわ。ただ敵の民間人を助けるというのが、そちらの軍務規定に違反しているのかどうか」
ぼくも提督を見た。
緑色の司令官は、もとから眉間にシワがあったがさらに深くさせている。
「グリーン提督、救助は、できるのですか?」
聞いたぼくを見つめ返し、ゆっくりと口をひらいた。
「可能だ」
言いたくはないが、という表情だ。
「でも、あなたがそこまでする理由がないわ」
キアーナがふしぎそうに若い兵士をながめた。
「理由は簡単ですよ」
ベースボールのユニフォームを着た緑の兵士は両手を広げた。
「おなじ船に乗り、楽しく話もした。他人ではありますが、記憶には残る。その家族が、いま遭難しているかもしれない。それに対し、自分は助ける能力を持っている。訓練もしている身です。これで助けなければ、自分の心には、わざと助けなかったという思いでが残る」
ドミニクさんが兵士に歩みよった。手を取ると、ちぎれんばかりにぶんぶんふった。
「恩に着る。よろしくたのむ」
「司令官、よろしいですか?」
聞かれたグリーン提督は、眉をよせたままだったが、仕方がないといった顔でうなずいた。