第23話 メジャーリーグ・オールスターズ
スタジアムの熱気はすごかった。
「MAS! MAS! MAS!」
強化ガラスにかこまれた特別席からの観戦。密閉された部屋だけど、ここまで観客の声援は聞こえてくる。
「MAS」というのは、「メジャーリーグ・オール・スターズ」の略らしい。
なんでも教えてくれるのは、キアーナの護衛に呼んだ巨漢の中年。ヒロでぼくをつかまえた警備員のドミニクさんだ。
このドミニクさんの同行、アメリカ政府から許可を取るには骨が折れた。
伝えるのは必要最小限、そしてもちろろん秘密保持の契約。苦労して用意した護衛役だ。でもドミニクさんは、すっかり護衛を忘れて試合にのめりこんでいる。
「ベースボールには、ホームとビジターってのがある。この場合は、もちろん地球人がホームだな」
ドミニクさんは、ずっとこまかく解説をつづけている。ぼくらのためと思うが、興奮したベースボール・マニアのひとりごとかもしれない。
一回の表、攻撃はビジターである異星人チームから始まった。
昨年の最多勝投手、リック・ジョンソンの第一球。直球。
「ストライク!」
審判の声がひびく。ぼくらのいる特別席には、モニターもある。ちょうどガラス張りの窓と天井のあいだ、上から吊るすように設置されている。グラウンドを見ながら、同時にTV中継も見れるという便利さだった。
第二球、今度も直球。だが外へはずれた。
「ボール!」
ピッチャーマウンドに立つ背の高いリック・ジョンソンが、大きく肩をまわしている。さすがの大投手も緊張しているか。
第三球、今度は逆にスローカーブ。外角へゆっくり落ちる。
「ストライク!」
簡単にツーストライクまでいった。
第四球、今度は直球。灰色の顔をした異星人の胸もとに、ずばっと決まった。
「ストライク、スリー!」
バッターアウトだ。野球にくわしくないぼくが見ても、最多勝投手はダテじゃない。
次の2番、3番バッターも簡単にストライクアウトを取った。
異星人たちは、バットをふらなかった。ふる気がないのか、それとも打てないのか。
一回の裏、今度はホームであるメジャーリーグ・オールスターズの攻撃。
「さて、宇宙人ってのが、どんな球を投げるかだな」
ドミニクさんの言葉に、ぼくもうなずく。
第一球、ボール。
それほど早そうに見えない球。外角に大きく外れた。
第二球、ボール。
今度は高すぎた。ストレートだが、やはり早そうには見えない。
第三球もボール。
なんとワンバンした。キャッチャーがそらさなかったのが救いだ。
ちゃんとストライクが入るのだろうか。
「ストライク!」
モニターから審判の声が聞こえた。四球、五球目はストライクに入った。
「2ストライクと、3ボール。これで、フルカウントだぜ」
ドミニクさんの言葉で、いまをフルカウントと呼ぶのだとわかった。
六球目、思わず手をだした、という感じでバッドがふられた。それでも運よく三塁のうしろ、内野と外野のあいだに落ちてセーフ。
地球チームの攻撃はつづく。
二番バッター、マイケルなんとか。スタジアムの歓声がすごすぎて、モニターのアナウンスが聞き取れなかった。
一球目、二球目、見送ってボール。
カウント0-2、からの三球目。
カンッと気持ちいい打撃音。低めのストレート。きれいにセンターまえへ打ち返した。
いい調子でノーアウト、一塁と二塁へランナーがでた。
三番バッターは、さきほどドミニクさんがさわいでいたレニー・チャン。
一球目、どまんなかストレート。
レニー・チャンが、ちょっと首をひねった。「こんな物か?」という感じだ。
二球目、内角低めを軽々と打った。ボールは二塁と三塁のあいだをぬけ、きれいなヒットになった。
ノーアウト満塁。
「さあ、きたぜ」
ドミニクさんが、がぜん期待のこもった目をしている。
「さすがに、この四番は知ってます」
ここで現在のメジャーリーグ最強打者、ぼくでも名前を聞いたことがあるホセ・オルティスの登場だった。
どことなくドミニクさんを思い起こさせる褐色の巨漢。バッターボックスに入った立ち姿は、いかにも打ちそうに思えた。
一球目。初球からフルスイング!
ガン! という打撃音が客席まで聞こえた気がした。白球は高々にレフトスタンドへとのびていく!
入った! なんてことだ。一回裏で満塁ホームラン!
会場のムードは一気にのぼりきり、ぼくらが耳を押さえるほどの大歓声。
あっというまに四点。4:0で地球がリード。
つづく五番バッターも、軽々とツーベースヒット。
六番は力みすぎたのが、ライトフライ。と、思ったらライトの守備がまさかのエラー!
「夜のナイターは、あがった球が見えにくいなんて話を聞いた気が」
「馬鹿言え。メジャーリーグの試合なんて、ほとんど夜だ。プロなら目をつむってでも取れるぜ」
いや、さすがに目をつむっては無理だ。でも異星人にフライはむずかしいのだろうか。
次も地球の攻撃。七番バッター、今度は逆方向のレフトフライ。レフトの守備はフライを取った。
それでも落下地点を見あやまったようだった。当初のかまえる位置から、あわてて走って取った。
ひょっとして異星人チームは、野球が初めてなのか。
打者、一塁二塁のまま。ワンアウト。つづくは八番バッター。
異星人ピッチャーの第一球。初球から打った!
しかし、これはおしいことに、一塁を守るファーストの正面へ、するどい打球となった。
灰色の顔をした異星人のファーストは、まっすぐきた打球を顔のまえで取る。一塁の走者はベースを離れていたので、あわててもどったが間にあわない。タッチアウト。
地球のメジャーリーグ・オール・スターズは、追加点のチャンスにおしくも失敗。敵の異星人チームからすれば、これでやっとチェンジだ。
会場がざわついているので、よく見ると、異星人のかれらがベンチへ帰ろうとしない。
守備の位置から、何人かはうしろへふり返り、電光掲示板を見ている。
「チェンジ!」
ベンチに帰らない異星人を見かねたのか、審判が大声をあげた。その声でやっと灰色の顔をした選手たちが動きだす。
ここはガラス張りなので、まわりの観客たちのようすも見える。観客は、異星人たちがあまりにシロウトっぽいので笑っているようだった。
白い半袖に、細い縦線の入ったユニフォーム。胸には大きく「Mets」の文字。ミラクル・メッツのユニフォームを着た異星人。でも、かれはシロウトだ。
二回表、異星人の攻撃。
「ストライク、スリー!」
気づけば、モニターから審判の声がひびいた。
かれらはバットをふらない。あっというまにスリーアウト。これは一方的な試合になるかもしれない。
司令官は怒りださないのだろうか。離れた席にいる緑色の顔をした中年、グリーン提督を見た。予想に反し、にこやかに観戦している。なんともわからない状況だ。
二回裏、メジャーリーグ・オールスターズの攻撃。
今回は運がないのか、0点で終わった。投手のリック・ジョンソンが打ったのに、つづく一番から三番はアウト。すべて中途半端なフライをあげた。
「だめだな、ホームランを意識しすぎている」
ドミニクさんの解説に納得だ。そういうことか。
三回表、異星人チームの攻撃。やっぱり、かれらはバットをふらない。
「おいおい、だれか、やつらにベースボールを教えてやったほうがいいぜ」
ドミニクさんの言葉は辛辣だが、たしかにすこし不憫に思えてきた。
三回裏、地球チームの攻撃。
さきほどのホームラン打者、ホセ・オルティス。今回も初球からねらっていた。
またも入る! そう思った打球はフェンス手前で失速し、相手のセンターにキャッチされてしまった。これでワンアウト。
だが、その後の五番、六番、七番が連続ヒット!
あっというまに満塁になった。八番はディエゴなんちゃら。となりのドミニクさんが解説をしてくれているが、興奮しすぎて言ってる言葉がわからない。
打球は一、二塁間へのヒット!
と思いきや、セカンドがすべりこみながらキャッチすると、ホームへ矢のような送球。
キャッチャーはホームを踏むとすぐに一塁へ。
巨大スタジアムが静まり返った。流れるような動きでダブルプレー。会場がざわついている。あのプレイは、なんだったんだ。観客のだれもがそんな顔だ。
その答えは四回表、すぐにわかった。異星人の攻撃。打者は一巡し、一番バッターから。
リック・ジョンソンの第一球。異星人が打った。きれいにセンターへ打ち、一塁打。
つづく二番、第一球目にまさかのスクイズ。あわてたキャッチャーは、一塁にも二塁にも投げれず。
ノーアウト、一塁二塁。
メジャーリーグの選手たちは、相手の豹変ぶりに困惑している。無理もない。選手どころか、見ている観客のだれもが困惑していた。
特別席で手をたたく音がした。すこし離れた席にいる緑の司令官だ。
グリーン提督を護衛する黒のフルフェイス四人。かれらは、まわりではなく背後に一列で立っていた。
こうなると、グリーン提督がひとりで観戦しているようなものだ。話しかけてもいい気がした。
自分の席をでて、グリーン提督に近づく。ぼくを見ると、提督のほうから話しかけてきた。
「ようやく、いい戦いになりそうだな」
「かれらは、強いのですか?」
思わず聞いてみた。すると司令官のほうが、おどろいた顔をした。
「あのチームを知らないのか。銀河で、もっとも有名なチームだぞ」
グリーン提督は言ったが、すぐになにかに気づいた。
「そうだった。この星は、ほかの星との交流がなかった。とうぜん、ギャラクシー・リーグには未加入か」
聞きまちがいだろうか。ギャラクシー・リーグと聞こえた。
「宇宙には、ベースボールがあるのですか!」
「多少、ルールのちがいはあるが、にたような競技がある」
おどろくこと、この上ない。ベースボールは宇宙においてもメジャーだった!