第22話 プレイボール
午後6時。
ロサンゼルスは、すこし夕暮れ。
試合開始まで、あとすこし。
56000人収容のスタジアムはすでに、超満員。
当日券を求めてきた人も多く、その人たちのために、外にはオーロラビジョンが設置されている。
会場の内外で、すごい人だかりだ。
それに、この試合は全世界にむけ、同時生中継される。
ぼくらは強化ガラスに守られたVIP用の大きな個室に入った。まだ敵の司令官、グリーン提督はあらわれていない。
ぼくら四人は、なれない軍用機での旅だった。オアフ島からロサンゼルのスタジアムまで、移動はすべてアメリカ軍が用意した。
いや、四人ではなく、五人だった。
「リック・ジョンソン! ホセ・オルティス! レニー・チャン!」
ぼくのとなりで、巨漢の中年男性が声をあげた。ほかのだれより、よろこんでいる。
護衛役に同行してもらったヒロの警備員。ドミニク・クムカヒさんだ。
「ドミー、楽しむのはいいけど、しっかり護衛してよ」
ドミニクさんのむこう、キアーナが注意した。
ドミニクさんも、キアーナとおなじハワイアンだった。ドミニクさんに初めてキアーナを紹介したとき、美人なキアーナを見てひとこと。
「ドミーと呼んでくれ」
と言った。
護衛役なので黒いスーツで決めてきたドミニクさんだが、目線はグラウンドに釘づけだ。
「人生で、オールスターを見れるときがくるとは……」
ドミーの目がうるんでいる。
ウワー!と観客の歓声がひびき、ぼくはグラウンドをむいた。
どうやら打撃練習中のホセ・オルティスが、二階席までの大ホームランを打ったようだ。
フィラデルフィア・フィリーズの大人気マスコット「フィリー・ファナテック」が、まだ練習なのに客をあおり、ビッグウェーブが起こっている。
このフィリー・ファナテック、ぼくの目には緑色した毛糸のおばけにしか見えないが、人気者のようだ。
そこへ、レッド・ソックスの「レフティ&ライティ」が乱入する。名前はかわいいけど、赤い靴下の右足と左足。そこに目がついているという、ぶきみなキャラクターだ。
マスコットまでもがオールスターだった。ちなみにマスコットの名前をぼくが記憶しているわけもなく、よこにいる警備しない警備員、ドミニクさんがすべてを実況してくれている。
オールスターなので、グラウンドにいる選手たちのユニフォームは、それぞれ自分のいる球団のものだ。だからか、いつもの試合よりカラフルに見え、いやがおうにもお祭り気分になってくる。
そうこうしていると、相手チームが入ってきた!
思わず身を乗りだして、異星人チームを見る。
会場の雰囲気も一変した。相手チームを見て、立ちあがりおどろく姿があちこちに見える。
ぼくらは、てっきり宇宙人たちは緑色の皮膚だと思っていた。
だが、選手たちの色は灰色のような肌。
そして目の色は黄色だった。あの宇宙船には、いろいろな星の人が乗っているのか。
身長は、メジャーリーガーにくらべると小さい。おそらく、160センチから170センチだろう。
敵のユニフォームはかなりシンプル。まっ白に黒く細い縦じま。アンダーシャツと帽子はブルー。胸には英語の文字で大きな刺繍。なんだかちょっと、古くさいユニフォームに見えた。
「なんてこった!」
ドミニクさんが、信じられない! というぐらいのおどろいた顔だ。
「どうかしました?」
「あいつらのユニフォームだよ!」
「古くさいユニフォームに見えますが」
「知らないのか。ニューヨックメッツ、それも1969年とおなじデザインだ!」
まえの座席にいるウィルとスタッビーがふり返る。となりのキアーナもおどろいた顔だ。ぼくら四人は、たがいを見あった。四人のだれも、1969年を知らない。
たしかに、ニューヨークメッツのレプリカなのだろう。「Mets」の文字が胸もとに入っている。
「うそだろ。おまえら、それでもアメリカ人か。ミラクルメッツ。1969年に初優勝した伝説のチームだ!」
ぼくはアメリカ人ではないが、問題はそこではない。
「タッツ……ってことは」
ウィルの言いたいことはわかった。古いメジャーリーグのチームと、おなじデザインのユニフォームを着ている。これは偶然ではない。
かれらは野球を知っている。それも、かなりマニアックな部分まで。
ぼくは政府の人間に連絡を取ろうとスマホを取りだした。ここのVIP席は、ぼくらとグリーン提督に用意された特別ブース。だけど、このスタジアムにはだれかいるはず。
スマホをかけようとしたけど、混線しているのか、まったくつながらない。
「ミラクル・メッツにあやかろうってのか。のぞむところだ。オールスターやっつけちまえ!」
ドミニクさんは盛りあがっていたが、ぼくら四人の顔は青ざめている。
ウィルが口をひらいた。
「タッツ、楽観すぎる予想をするなら、たまたまネットで調べたユニフォームがあれで、それを作っただけ。という可能性もある」
なるほど、その可能性は、あるにはある。
「盛りあがっているようだな」
緑の司令官が入ってきた。まわりを固めるのは五人。例の黒いフルフェイスに黒いライダースーツのような兵士。
そのまわりが、さらにアメリカ軍が用意した護衛の十人。こちらは迷彩服と帽子だ。
「グリーン提督、こちらへどうぞ」
案内をする役は、このぼくだ。
「よい戦いを期待しよう」
ほほえむグリーン提督にむかって、ぼくも笑顔を作った。
グリーン提督のまえまでいき、ぼくが先導して用意していた座席に案内する。
そのときに気づいた。手に大きなホットドックを持っている。銀色の紙に乗せられた長いパン。そのパンよりさらに長いソーセージ。上にかけられた白いみじん切りは、玉ねぎだ。青緑のみじん切りはピクルス。
「グリーン提督、ホットドッグをどこで!」
「通りがかりに買ってきた。心配しなくていい、銀河憲章でさだめるとおり、私は言葉をかわしていない。メニューを指でさしただけだ」
そんな心配はしていなかった。おどろいただけなのだが、グリーン提督は話をつづけた。
「相談なのだが、敵地の物資を買うには、敵の代表から許可を取る必要がある。ミスター・オチ、事後承諾ということにしてもらえるか」
もちろん、かまいませんと承諾した。それより、お金はどうやったのかと考えたが、そうか、すでにESPNからの放映権料はわたしてある。それも現金でわたした。
グリーン提督を席まで案内し「なにかあれば、すぐ呼んでください」そう伝えて仲間のもとに帰る。
「ほー、あれが宇宙人の代表か。やるねえ」
「なにがです、ドミニクさん」
巨漢の警備員さんが、ひとり感心している。
「あれはここ、ドジャー・スタジアムの名物、ドジャー・ドッグだ」
まずい。やはり、ぼくらは大きなまちがいをした。かれらは野球を知っている。
どうするべきか。どうにか地球チームの監督に連絡を取りたかった。しかし、いまいる特別席の区画には、ぼくらと、グリーン提督の一団だけ。
ほかのアメリカ政府の関係者は、きっとちがうブースにいる。
ぼくは特別席の入口から、廊下へとでた。廊下には警備がずらりといる。黒服のセキュリティではない。アメリカ軍の兵士だ。手には自動小銃を持っている。
「参謀議長、または国防長官と連絡を取りたいのです!」
近くにいたひとりの兵士に言った。
「なにか問題が?」
「かれらはベースボールを知っていました!」
「なるほど」
兵士はうなずき、特別室のなかを見た。ぼく以外の四人、そしてグリーン提督も席に腰かけグラウンドのほうを見ている。
「席に、おもどりください」
ああ、もう、伝わらない!
どうすればいいか考えていると、観客の歓声が一段と高くなった。なにか異変でも起きたのか。ぼくは仲間のところに駆けもどった。
「なにか起こった?」
聞ききながらグラウンドを見る。メジャーリーグの選手たちは、守備の位置についていた。
「プレイ!」
主審が高らかに宣言する。プレイボール、試合開始となった。