第20話 決戦申請
アメリカ政府が「停戦」を発表した翌日だ。
ぼくは呼びだされ、アメリカ軍基地にいった。
書類を受け取り、それを異星人の司令官にわたすためだ。
戦いの申請は、戦い方を書いた書面にぼくがサインし、むこうにわたす。むこうの司令官がそれにサインすれば、成立だ。
今回の場合は「ベースボールで戦う」と書かれてある。ルールはメジャーリーグの公式ルールブックがそえられている。
ぼくはオアフ島のアメリカ軍基地で書類を受け取ったあと、腕の通信機で連絡を取った。
「ミスター・オチ、調子はどうかな」
「はい、元気にやってます」
「それはよかった」
「グリーン提督、申請です。どうやってそっちにいきましょう」
「決戦申請か。むかえをよこす。希望する時間を言いたまえ」
すこし考え、夜の時間にしてもらった。
なぜ夜かというと「ローカルTVなどに撮られないように」というのが政府からの注文だからだ。
夜まで待って、軍施設のなかにある滑走路にでた。ここをつかえ、というのも政府のご命令だ。たしかに基地内にマスコミは入れないし、基地内をヘリコプターなどから撮影するのも禁止されている。
むかえにきた宇宙船を撃たないだろうか、とも思ったが、ここにきて、それはないだろう。軍事力で戦争をすれば、負けるのは目に見えている。
ただ、アメリカ軍はかくれて色々な角度からカメラで撮影はしているのだろう、とは予想できた。
ほどなく、むかえの小型宇宙船がきた。
名誉のために言うけど、今回は気絶しなかった。しそうになったけど踏んばった。
まえとおなじ、司令官の執務室。そこに通された。
「こんばんは、グリーン提督」
平静をよそおって、そう声をかけた。背中にびっしょり汗はかいていたかもしれない。
何度の経験があっても、やっぱりこわい。異星人と会うのだから。
「ミスター・オチ、かけたまえ」
緑色の顔をした司令官。デスクのまえに用意されたイスをすすめられた。
大きなデスクは、うすいアルミ板のような銀色の輝きだった。そしてイスもおなじだ。
お尻が痛そう。そんなくだらないことを考えていると、グリーン提督が口をひらいた。
「われらのものに接触するのがイヤならば、立ったままでも、もちろんよい」
キアーナが言ったセリフがある。
「地球の軍人より、宇宙人の司令官のほうがマナーがいいわよね」
たしかに、そうかもしれない。
ぼくはアルミのイスに座った。
座ってわかったけど、アルミじゃない。けっこう弾力がある。
イスに気を取られそうになり、われに返って書類をデスクの上にだした。
グリーン提督が書類を受け取る。中身を確認して言った。
「サインのよこにマーキングを」
「マ、マーキング?」
「きみのDNAを証明できるものをサインのよこに貼り付けてくれ」
DNAを証明できるもの。血判だろうか。時代劇などで見る血で押した指紋である。
正直、おくびょうな天文オタクに指を切れるのだろうか。親指を見つめていると、司令官に言われた。
「ツバでもかまわない」
ああ、そうなんだ。ちょっとほっとした。
ぼくはツバを指につけて自分のサインのよこに押した。
申請書は二部あるので、もうひとつにもツバの拇印を押す。
それが済むと、司令官はイスから立ちあがった。壁に近づくと、設置されたなにかの装置に書類を入れる。
「それは、なんの装置ですか」
「これは本国に送るための装置だ」
そう言って緑の顔をした司令官はスイッチを押した。
軽く言われたけど、物質転送ではないのか。あの壁に埋めこまれた電子レンジみたいな機械だけでも、地球の科学者や技術者なら、のどから手がでるほど欲しがるシロモノ。
この部屋にくるのが二度目、ということもあって室内を見まわす余裕はあった。
宇宙船のなかなので、しつらえは無機質だ。天井や壁は白く、いたるところに制御盤のようなものがある。制御盤は、どれも鉄のような材質に見えた。
ただ、所々にあるボタンや装置はなにに使用するのか、予想もできなかった。
白い壁のひとつには大きなスクリーンがある。かなりきわどい服装の宇宙人が、ボディオイルかなにかを塗っている。
からだのふくらみを見ると、多分、女性なんだろう。だけど顔はなんとも言えない。はっきり言えばシワだらけのトカゲだ。
短い映像のあとに、ぼくの読めない文字がでた。これはCMか!
異星人のCMを初めて見た!
よろこんでいると、なにか小さな振動を感じる。
次第に小さな振動が大きくなる。身の危険を感じるほど船体がゆれた。
「グリーン提督!」
「だいじょうぶだ。送るさいに、すこし宇宙船に負荷がかかる」
ぼくには宇宙船がこわれそうに思えます! そう思っていたら、室内の電気がすべて消えた。
「おや、今回はブラックアウトしたか」
「ブラックアウト!」
発電の消失だ!
そう思ったけど、すぐに電気はついた。復旧が早い!
「本国の審査がすみ次第、私もサインを入れる。一通はきみへ。一通は私が保管する」
「司令官が審査はしないので?」
「私は、ただの軍人だ。判断は役人がする」
それはちょっと意外だった。かつて侵略された人とはいえ、もっとえらい人なのかと思っていた。
「明日の正午すぎには、きみに送れるだろう」
「わかりました」
またあのミサイルがくるのだろうか。危害はないとわかっているけど、すごいスピードでくる。ちょっと不安。
沈黙が流れた。なにか会話の糸口はないだろうか。
「では、ミスター・オチ、ごきげんよう」
一回目とおなじ。司令官は用事がすむと、すぐに部下の兵士を呼んだ。