第17話 代表者について
次の日、ぼくらはまた図書館に集合した。
異星人と9回、地球を賭けて戦わないといけない。
戦いは、スポーツでも可能とわかった。それは敵の司令官、グリーン提督へじかに聞いて確定している。
そうなると次の課題だ。どんなスポーツがいいのか。
机の上には、この図書館で探したり見つけたりした本がいっぱい。
「スポーツの起源」
「世界のスポーツ図鑑」
「オリンピックの歴史」
……などなど。いやあ、きりがない。
「スタッビー、海洋生物学をやってるきみが考えるなら、なにが重要になる?」
あまりに突破口がないので、となりで本をひらいているスタッビーに聞いてみた。
「んー。異星人と対戦するなら、ルールがむずしい競技がいいんじゃないか?」
「ルールがむずかしい?」
「そう、地球人がやりなれてる競技であれば、アドバンテージになるだろ」
ああ、なるほど。
地球上で、もっともわかりにくいスポーツってなんだろう。
手当たりしだいに、スポーツの本を読んでみる。
「スポーツって、星の数ほどあるな」
テーブルの対面、ウィルが本を投げだした。
「もう手っ取り早く、100メートル走とかさ。こっちの金メダリストと走らせればいいんじゃないか?」
ウィルの言葉に、スタッビーが怒った顔をした。
「ダメだよ。むこうの身体能力がわかんないんだから!」
「いや、だってよ、スタッビーは異星人も人間も、さほど変わらない。って言ったじゃんか」
スタッビーが、ひとつため息をつき、読んでいた本をとじた。
「それは身体構造の話。能力はべつ。チーターは110キロで走るんだぜ、それと同等なんて、ぜんぜんありえる」
時速110キロ。100mいくつで走るんだろう。ざっと頭で計算してみる。
……うわっ、3.27秒か。
「じゃあ、はば跳び?」
「トムソンガゼルは、10メートル飛ぶよ!」
「ワオ! 世界新記録だ!」
「ウィル、スタッビー、うるさいわよ!」
注意したのは、朝から銀河憲章を熱心に読んでいるキアーナだ。
キアーナはふと、顔をあげてスタッビーに聞いた。
「身体能力が人間よりすぐれているとすれば、人間は、なにをやっても勝てないんじゃないの?」
ぼくもそう思ったが、スタッビーは首をふった。
「そうでもない。身体能力の差を埋めるようにスポーツは進化してるから。わかりやすい例はサッカーだ。足の速さは武器になる。でもそれとサッカーがうまいかは、関係がない」
なるほど。ぼくもふくめ三人が納得のうなずきをした。
「だから、一番ルールがわかりにくい、むずかしいスポーツか」
「数がありすぎて、わかんない」
ウィルが両手をあげ、降参のポーズをした。
これは休憩が必要な気がする。
ぼくは本をとじて四人でかこむテーブルから立った。
「なにか飲みものでも買ってくるよ。なにがいい?」
「コーヒー、おねがい」
「オッケー、キアーナ」
「おれ、コーラ」
「オッケー、スタッビー」
「じゃあ、ビール!」
最後に言ったのは、もちろんウィル。キアーナとスタッビーがウィルをにらんだ。
「はいはい。じゃあおれもコーラでいいよ」
「オッケー、いってくるよ」
大学内はあいかわらず、先生も生徒もいない。
今朝は電気すら付いてなかった。でも学長に電話してみたところ「勝手にやってくれ」と言って鍵を貸してくれた。
鍵を取りに学長の家にお邪魔したら、なにやら引越しの最中だった。学長は一家全員でどこかに逃げるのだろうか。
図書館をでようとしたとき、ぼくのスマホが鳴った。
知らない番号だ。でも、いまのぼくの立場だと、でたほうがよさそうに思う。
「はい」
「タツロウくんに、たのむことがある」
聞いたことがある声だった。どこかで聞いた……
「国防長官!」
「そうだ」
「ちょっと待ってください!」
みんなのところにもどる。スマホを持ったまま駆けもどったぼくを見て、三人が「なにごと?」という顔をしている。
いったん通話を保留にし、ぼくは三人に伝えた。
「国防長官だ!」
「タッツ、おれらは静かにしておく。スピーカーでたのむ」
ウィルの意見に賛成だ。ぼくはテーブルの上にスマホを置いた。スピーカーフォンにしたのち保留を解除する。
「お待たせしました。どうぞ」
「きみだけが宇宙人の代表と話ができる。まちがいないね」
「はい、そうです」
国防長官のせきばらいが聞こえた。聞きにくいことを聞かなければいけない。そんな雰囲気だ。
「では、タツロウくんであれば、むこうに質問もできるのかな」
「はい。答えてくれるかどうか、それはわかりませんが、なんでも質問はできます」
「ありがとう。聞いてほしいことは、こうだ」
「はい」
「戦いというのは、スポーツなどもふくまれるのか。それを聞いてほしい」
「わかりました。聞いてみます」
「うん、手間をかけさせるね。よろしくたのむ」
「はい。わかったら、この番号に、かけなおしていいですか?」
「私の番号だ。もちろんいいよ」
「りょうかいです。それでは」
ぼくはスマホを切った。
ウィル、スタッビー、キアーナ、そしてぼく。四人とも、なんとも言えない顔をしている。
ウィルが最初に口をひらいた。
「それ、おれらが昨日に話してたことだぜ。気づくのが遅すぎるな」
ウィルの言葉はもっともで、ぼくらがとうに考えていたことだ。
「きっと徹夜で、これを読みこんだのね」
キアーナが言うこれとは、銀河憲章だ。キアーナが話をつづけた。
「これを熟読すれば、戦争以外でも戦いになるってわかるわ。あの緑の司令官が言ったことが書かれてあるの」
スタッビーがイスから身を乗りだした。
「ルールは以前からある物とか、そういうこと?」
「そう。でもスタッビー、それだけじゃなく、もっとこまかいわよ」
「こまかい?」
「たとえばタッツ。代表者についてね」
キアーナは銀河憲章のページをめくると、お目当てのページを見つけて朗読した。
「双方の代表者は、すべての戦いの結果がでるまで、または一方が戦いのすべてを放棄するまで、代表者ふたりの権利は守られる」
まったく、ぼくは意味がわからない。
「権利が取られることはないのか?」
キアーナのとなりに座るウィルが聞いた。キアーナが別のページをめくる。
「あるけど、けっこう不可能に近いのよ。ここだわ。いい?」
「ああ、読んでくれ」
「代表者の権利を剥奪する場合は、その星の知的生命体であり住人であると証明できる生物、51%以上の総意により、これを剥奪することができる」
「ワオ、いいね。それって、地球で言うと何人?」
ウィルが、だれに聞くともなく言った。ぼくのとなりに座るスタッビーが、考えこむ顔をしている。
「いまの人口が78億5千万ぐらいだっけ。……えーと」
スタッビーが考えてたので、ぼくは言った。
「その半分だと、39億2千5百万。ぜんぜん、うれしくないよ」
「地球の代表だぜ? おれはいいと思うな」
ウィルはそう言うが、かなうなら、いますぐにでも、だれかにゆずりたい。
「権利の譲渡も無理ね」
キアーナが言った。それもダメなのか。
「でも安心してタッツ、代表者って、かなり守られてるの」
なにを守るのだろう?
「簡単に言うとね、タッツが、もし地球人から殺されると、自動的に地球の負け」
「ワオ!」
ウィルとスタッビーが同時に言った。
「逆に異星人に殺されると、自動的に相手の負けになるわ」
ウィルが不適な笑みを浮かべた。
「タッツ、どうやらきみは、独裁者になれるぞ」
キアーナが眉をしかめてウィルを見た。
「あいかわらず、ウィルは頭が良いのか馬鹿なのか、わからないわね。でもそうよ。やろうと思えばかなりの権力を行使できるわ」
キアーナが真剣な目でぼくを見る。ぼくはぶんぶんと首をふった。
「もう、たのむから、かわってほしいよ」
「それは無理ね。さっきも言ったけど、かわれないの。地球人と異星人の交渉は、タッツと、あのグリーン提督。これ以外、いっさい例外がダメなの」
ダメかぁ。ため息をついていると、ウィルがキアーナに聞いた。
「まてよ、そうなると戦うときは、どうするんだ?」
「そこは対戦者同士だからいいの。だけど、なにかを決めるときは代表者ふたりの総意が必要」
「だからさっき、国防長官がタッツに電話してきたのか」
ウィルがそう聞き、キアーナがうなずいた。
大変なことになった。どうやら、ぼくが地球の代表をする以外なさそうだ。
「これでタッツには、だれも手がだせない。よかったじゃないか」
ウィルは笑顔で言うが、よろこべなかった。
「気の毒だなぁ」
「気の毒ってなにが?」
「そりゃあ、ウィル、この人類だよ」
「はあ?」
「だって、ぼくの肩に人類が乗るんだよ。気の毒すぎるよ」
ぼくはまじめに言ったのに、ウィル、スタッビー、キアーナの三人は、口をあけて大笑いした。