第16話 交渉
ずぶぬれになった。
プールに飛びこんだのだから、しょうがないけど。
陸にあがったアシカのように、水をしたたらせて歩く。
ぼくとウィルは図書館へともどった。
「だいじょうぶ、ふたりとも!」
「ごめんよ、おれだけかくれて!」
キアーナとスタッビーが駆けよってきた。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだから」
あまりにふたりがあわてているので、逆にぼくのほうが冷静になった。
「おい、ミサイルは爆発しなかったのか?」
「スタッビー、あれはミサイルじゃなかった」
ぼくはウィルがかかえる球体に指をさし、次に自分の手に持つ本を持ちあげた。
「銀河憲章かよ!」
「なんて人さわがせなの!」
ふたりがため息をついている。その気持ちはよくわかった。
「タッツ、シャワーあびよう」
ウィルの言葉にうなずき、銀河憲章はキアーナにわたす。
図書館からでようとして、なにかを忘れている気がした。
そのとき、ガシャーン! と図書館の窓ガラスは割れ、何人もの完全武装した者たちが突入してきた!
そうだった。もう何度目だろう。なれてきたぼくは、大きなため息がでた。
数十分後。
もう、おなじみになったアメリカ軍基地で、おなじみの人と再会した。
「なんだ、その三人は」
スクリーンのむこうでは、ギャザリング参謀議長が、こちらの迷彩服を着た兵士に聞いている。
「はっ。落下物と一緒にいたので連れてまいりました。」
「宇宙船から発射されたものは?」
「はっ、ここに!」
隊長らしき兵士は返事をし、部下の兵士が球体を持ってくる。
「だれかと思えば、アメリカ軍統合参謀本部議長ではありませんか」
言ったのは、文字どおり水もしたたるいい男、ウィルだ。ぼくもウィルも、まだ髪や服が、渇ききっていない。
ギャザリングが、ウィルをにらみつけた。
「だれだ、きさまは」
ぼくはあわててウィルのわきに立った。
「ぼくの友達です」
ギャザリングは、大きな大きな、ため息をついた。
「機密情報の意味を知っておるのかね?」
ぼくが答えに困っていると、ギャザリングは兵士にむけて命令した。
「大統領と国防長官がもどるまで、四人とも拘束せよ。落下物は輸送の手配を」
「イエッサー!」
同時に数人の兵士が答え、こちらに近づいてくる。
「えっ、それどういう意味?」
ぼくも兵士も、みんながふり返った。
声をあげたのはキアーナだ。
「わたしたち、つかまるの、なんの罪で?」
キアーナのよこでは、スタッビーが小さい声で「よせよ」と言っている。
「一応、これでも法学院にかよっているの。わたしが納得いかない答えだったら、それ相応の対応を、あとでするわよ」
聞いたギャザリングの顔は、怒った顔ではなかった。困った顔でもない。おそらく、そんなことはどうとでもできる、そう思っているのではないか。
「っていうか、そのまえに、そのガラクタ持って帰ってどうするわけ?」
「ガラクタだと?」
「ガラクタというか、容器ね。必要なのはこっちでしょ」
キアーナは手にしていた「銀河憲章」を見せた。
「それをどこで手に入れた!」
「もらった。あ、ちょっと待って」
キアーナは、ぼくのほうをむいた。
「タッツ、これ、もらっていいかしら」
いま聞くことかわからないけど、ぼくはうなずいた。キアーナは、にこりと笑ってギャザリングにむきなおる。
「宇宙人からもらったのは、ほかでもない、このタッツよ。そしてわたしが譲渡された。いま、わたしが所有者ね」
ギャザリングが舌打ちした。
「その冊子も、すみやかに送れ。いいな」
兵士がまたも「イエッサー」と返事をし、キアーナにせまる。
「いや、もう一度聞くけど、それどういう意味? これを押収するの? もしくは差し押さえるの? なんの理由で?」
「この女……」
ギャザリングが静かにつぶやいた。
「ちなみに、自分のセーフティーはかけてあるわよ。ここまでタッツから聞いたすべて。わたしは自分の動画を撮影して残してある」
そんな時間があっただろうか。疑問に思ったけど、キアーナは言葉をつづけた。
「その告発動画は、解除しなければ夕方の五時、友人たちへいっせいに送信される。友人たちは、それをSNSで拡散する。もちろん、銀河憲章も動画にうつってる」
兵士の数人がゆっくりとせまってきた。
「その女の、スマートフォンも没収しろ」
ギャザリングが言い終わるより早く、キアーナは上着の内ポケットからだした。
「どうぞ。まさか、わたしがすぐに取られそうな自分のスマートフォンを使用したなんて。まさかまさか思わないわよね」
ギャザリングの眉間にしわがよった。
「ちなみに、送ったなかには、日本の友人もいるわ。日本のSNSでも拡散してくれる」
心理学など学んでいないぼくでも、スクリーンのギャザリングが怒っているのがわかった。とても怒っている。
「わが国を、おとしめたいのかね」
「いえ。ギャザリング統合参謀本部議長。秘密保持契約を、わたしをふくめ三人にも締結することを提案いたします」
これは交渉だ。ぼくでもわかった。この四人の安全を保証するなら、今後は秘密を守る。キアーナはそう言っている。
「わたしは無事に帰ることができれば、かならず送信予定は消します。世界中から注目されているいま、無数にあるSNSから拡散された情報を削除するより、わたしたちを帰したほうが、はるかに楽だと思います」
ダメ押しのようにキアーナが言った。
ギャザリングは、限界を超えて怒りを押し殺しているのだろう。怒っているというより、もはや悲しそうな顔をしていた。
「わかった。もしその告発動画とやらが流れたら、覚悟しろ」
「はい、わたしもアメリカ国民です。国益をさげることは、したくありません」
「……ご協力に感謝する」
最後にギャザリングは、しぼりだすように言った。
「じゃあ、これ貸してあげる」
キアーナはそう言って銀河憲章を兵士にわたした。
「コピー取ったら返してね。あ、時間はだいじょうぶ。夕方の五時までは平気だから」
司令室が、しんと静かになった。
それからぼくたち四人は別室に通された。しばらく待たないといけない。コピーを取るあいだの時間だ。
「コーヒーでも飲みたいわね」
キアーナが言った。
「付きあって何日で、わかれたの?」
スタッビーが小声でウィルに聞いた。
「ちょっと、聞こえてるわよ」
キアーナが言った。でも笑っているので怒ってはいない。
「なあ、キアーナ」
ふいに呼んだのはウィルだった。
「おれたちは、だいじょうぶなのか?」
「多分ね。言ったでしょ、いまのタッツの状況って、ひどく面倒な状況なの」
キアーナがぼくを見た。そして説明をつづける。
「わたしが、日本でも拡散、と言ったときに大きく動揺したみたい」
「なるほど、わかってきた。政府はタッツの存在を各国にかくしている状況なのか」
ウィルが納得したように言ったが、よこからスタッビーが聞いた。
「拘束したほうが早くないか」
「それがね、仮にもアメリカと日本って同盟国でしょ。締結した相互協力だとか、協定のたぐいは数えきれないほどあるの。ほんきで日本がタッツを取り返しにきたら、かなりややこしいと思うわ」
キアーナが話をつづけた。
「変な話だけど、タッツがここにいるから、宇宙人もここにいる。だからアメリカは当事者でいられる。日本に帰ったら、日本がこの宇宙戦争の中心地ね」
聞いていて、頭が痛くなってきた。なんでぼくが中心なんだ。
ウィルが安心したような笑顔をして、ぼくを見た。
「考えすぎたかな。おれは聞いたこともないような罪を着せられ、逮捕されると思ってたけど」
それは映画の見すぎだよ。そう笑おうとしたら、キアーナが口をひらいた。
「そうね。その気になったら、なんでもすると思うけど」
笑えなくなった。
「でも、ハワイだったのが、逆によかった気がするの」
「ここが?」
「そうよ、タッツ。だって島でしょ」
そうか、四方が海にかこまれた島。ぼくが逃亡しようとしても、かなりむずかしい。
「ずっとタッツについて対処に困ってたんじゃないかしら。拘束すれば、それはいずれ日本との共同戦線になる。そのまえに地球の代表をアメリカに。できれば大統領にしたい。だからそれが確定するまで、拘束せずに泳がせてるんじゃないかしら」
スタッビーが腕をくみ、考えこんでいる。
「それでも拘束したほうが早そうだけどな」
「スタッビー、いまタッツがゆいいつの連絡係なのよ。そこもへたには動けない理由。おそらく政府は、どうにかして緑の司令官と接触しようと、数々の方法をこころみているはず」
そうか、ぼくはぼくのまわりしか知らない。でも地球の危機だ。アメリカのあらゆる機関が動いているだろう。だけど、あのグリーン提督は無視しているにちがいない。
「まあ、こっちに法律家がいるぞ、とはしめした。すぐに無茶はしないと思うわ」
「さすが、キアーナだ」
キアーナとウィルが笑っている。
そんなふたりを、ぼくとスタッビーはあきれてながめていた。
しばらく待たされたあと、ぼくらはそれぞれ取り調べを受けた。ぼく以外の三人は機密保持の契約もしたらしい。
それでもキアーナの言うとおり、ぼくら四人は、きちんと釈放された。