第14話 未知との遭遇
ぼくは腕にある通信機をかまえた。
なぜか三人は、テーブルのむこうへ座り、ぼくを見つめている。
「なんで、一列でながめてるの?」
「そりゃそうさ、地球人と宇宙人のコンタクトだ。生まれて初めて見る」
ウィルの言葉に納得だ。三人は期待のこもった目でぼくを見ている。
ぼくは腕の通信機を持ちあげた。まちがえないように押さないと。
まえにウィルが適当にボタンを押すと、近くの自動販売機がゆれるという現象が起きた。
たしか上部にふたつある豆ほどのでっぱり、その左側が呼びだしボタンのはずだ。
おそるおそる押してみると、たしかにカチッと音がした。
しばらくすると、通信機から声が聞こえる。かなり小さかったので、耳に当てた。
「司令官ですか?」
「ミスター・オチ。申請の準備ができたかね」
こちらの部屋では、スタッビーがウィルの耳にささやいていた。
「あれで会話できるの?」
「そう。しかも、たぶん電子レンジにもなる」
「まじか!」
スタッビーの声は大きかった。しー!とキアーナに怒られている。
「だれか、まわりにいるのかね」
司令官の声に、ぼくはあわてて答えた。
「すいません。友人が三人います」
「そうか。ならばスクリーンで話そう。通信機の上のでっぱりを引きぬいて、まえに置いてくれたまえ」
でっぱり。腕時計を見た。さきほど押した左側のボタンではなく、右側のでっぱりか。
豆ほどのでっぱりを指でつまんでみる。引いてみるとぬけた!
ぼくはテーブルにむかっていたが、三人はテーブルのむこうだ。ぼくのほうがイスを回転させて、三人が背後にいるようにした。
四人の前方に置いてみる。距離はどのあたりだろう。わからないので5メートルほど前方にした。
床に置いた豆のような金属が光る。編み目のような青い走査線が周囲に走ったかと思うと、とつぜんに司令官の執務室が現れた!
ぼくらの目のまえには、デスクに座る緑の司令官が見える。
「オー・マイ・ガー!」
イスに座っていたスタッビーは、うしろにひっくり返った。
さらにおどろいたことに、ウィルが立ちあがった。テーブルをまわってまえにくる。
「これは司令官閣下。おはようございます。おれの名はウィル・ジョーンズ。地球での暮らしはいかがですか?」
おどろいて目が飛びだしそうだ。なんてウィルは礼儀正しいのだろう。いやでも、おどろきはそこではない!
「私は、きみたちの上司ではないので閣下は付けなくていい。ミスター・ジョーンズ。だが、ありがとう。みな、すこやかに生活している」
緑の顔した司令官は、いつもの調子だ。それよりウィルの心臓の強さに、ぼくはあいた口がふさがらない。
ぼくとは反対に、ウィルは会話をつづけた。
「お名前は、なんとお呼びすれば?」
「ミスター・オチには、なんでもいいと伝えてある。緑のクソ野郎でも」
「よいジョークですね。では、グリーン提督。こう呼ぶのはいかがでしょう?」
「かまわんよ」
グリーン提督と名づけられた司令官は、あらためてぼくを見た。
「要件はなにかな、ミスター・オチ」
ぼくは気を取りなおし、背筋をのばしてイスに座った姿勢を正した。
「前回にいただいた銀河憲章。もし英語ヴァージョンがあれば、もらえませんか?」
「問題ない。急ぐのかね?」
「あー、できれば」
「よかろう。用意でき次第、そちらに送る」
「ありがとうございます」
よかった。意外に簡単だった。
「ちょっと待って」
背後から声がした。今度はキアーナがテーブルをまわってまえにくる。
「キアーナ・カウラナと言います、司令官。すこし質問してよろしいですか」
「ミス・カウラナ、ミスでよいかな? 答えられる質問であれば、答えよう」
「ミスですが、キアーナで結構。9つの戦い、とはスポーツもふくまれるのですか?」
いきなりの切りこみだ!
ぼくはおどろいたが、司令官はふつうに答えた。
「ルールでさだめた競技のことだね。もちろん可能だ。ルールブックを申請時にそえてほしい。こちらの審査が通れば問題はない」
キアーナの視線がするどく動いた。おそらく、いま頭をフルで回転させている。
「さらに聞いてよろしいですか?」
「どうぞ」
「審査とは?」
「おもに公平かどうか。そして以前からあるルールか」
「以前とは?」
単語のひとつひとつ。そうか、法律を学んでいるキアーナがいてよかった。
「今回の場合で言うと、ミスター・オチが当艦にむけ光信号によって返信したとき。あの地球標準時がボーダーラインとなる」
背筋が寒くなった。ぼくの行動が、この戦いの始まる基準になっている。
「日時による境界線を決める理由がわかりません」
「理由は簡単だ。ルールの改変や、あらたに作る競技を禁止するためだ。極端な話、ルールで緑色は負け、と書かれたら、私は戦いようがない」
ジョークだ。でもキアーナは、にこりともしない。
「では、いままでに存在したスポーツでなくてはならない、ということですね」
「理解が早い。基準となるのは公平さなのだ」
グリーン提督がほほえんだ。でもキアーナは眉をよせ、おどろくことに詰めよった。
「でも、おかしい。公平さと言うのなら、侵略戦争自体が公平ではないわ」
「戦争はスポーツではない。軍事力の勝負だ。公平さは関係ない」
「ではなぜ、スポーツでもいいの。戦争なら、あなたたちが余裕で勝つわ」
ぼくはウィルを見た。ウィルも、じっとふたりのやり取りを見つめている。
空中に映しだされたグリーン提督は、考えているのか、すこし間があいた。
「星間戦争の長い歴史を知らないようだ。星と星との戦いでは、いきつくさきは星の消滅までありうる。それを回避するために生まれたのが銀河憲章だ」
長い歴史と言った。ぼくら人類が月を歩いたと感激していたのが1969年。宇宙はすでに戦いの場だったのか。
「軍事力による戦争をするかどうかを決めるのは、きみたちだ。われわれは銀河憲章にそっている。そして銀河憲章は、どちらにも公平にできている」
今度はキアーナのほうが考えに沈んだ。あまり間があくと、この会談が終わる。おそらくキアーナはそう思っているだろう。キアーナから、すごい緊張感が伝わってくる。
「地球人は、あなたたちのことを知らない。それでも公平なの?」
「相手チームを研究するかどうか、これはルールとは関係ない。それとも、地球という星では、相手チームの研究はルール違反なのかね」
キアーナがだまった。考えをめぐらしている顔だったが、それがふっとゆるんだ。
「ありがとうございます、司令官。生意気な口調をおゆるしください」
「なにも、問題はない」
キアーナはさがった。グリーン提督がそれを見てうなずく。
「それでは」
グリーン提督が通信を切った。
ウィルとキアーナが、おなじようにため息をついた。
「これは・・・・・・多分、手ごわいな」
「ええ。ちょっと衝撃的だったわ」
ぼくは、ふたりの肝の太さにあきれた。
ふたりは未知との遭遇が終わったが、イスごと倒れている人がひとり。
スタッビーをみんなで引き起こすと気がついた。自分が失神していた状況に気づき、頭をかかえる。
「うわー、歴史的瞬間を見のがした!」
ウィルがスタッビーの肩に手を置いた。
「これから、いくらでも見れるって」
「はずかしいよ。おれだけ」
スタッビーの言葉に、ぼくは笑えた。
「それなら、ぼくのほうが、はずかしい。宇宙人に会うまえに倒れたんだから」
「ほんとに?」
「そう。宇宙船に入った瞬間に」
「うわっ、それ、おれも自信ない!」
ぼくだけでなく、ウィルとキアーナも笑った。それはきっと、スタッビーの臆病さに笑えたのではなく、すなおすぎる言いかただろう。