第13話 あつかましい注文
キアーナは、ハワイ大学の法学院生だった。
はっきりとは聞けない。けど、ウィルとキアーナは、以前に付きあっていたのだろう。
そしてキアーナは、ウィルにパンチを入れた。ふたりがわかれたのは、ウィルのせいにちがいない。
キアーナを仲間に入れ、ここまでの経緯をまた説明することにした。
だれもいない図書館にある四人がけのテーブルにつく。ぼくのとなりがスタッビー、テーブルをはさんでキアーナだった。
ぼくは正面にいるキアーナにむけて、身ぶり手ぶりをまじえて説明した。
説明が終わると、ぼくのななめまえ、キアーナのとなりにいるウィルが口をひらいた。
「そういうわけで、法律の専門家、法学院にかよっているキアーナを呼んだわけさ」
ウィルは笑顔で言ったが、話を聞いたキアーナは、ご多分にもれず固まっている。
「あの宇宙船、そんな背景があったのね」
ようやく事態が飲みこめたのか、うなるようにキアーナが言った。
「そう、だからキアーナ、助けてよ」
なぐられた相手に笑顔でたのめる。ぼくはウィルの神経の太さに感心した。
「まあ、おれは政府にまかせたほうがいいと思うけどな」
よこから言ったのはスタッビーだ。
「いいわ。手伝うわ」
「ほんとに?」
ウィルが聞き返した。キアーナがうなずく。
「タッツの話だと、ハワイ島に核ミサイル打ったんでしょ。ちゅうちょなく。馬鹿な男どもにまかせておけないわ!」
キアーナはそう言って、眉間にシワをよせた。
「で、その銀河憲章ってのは、どれ?」
キアーナの質問に、男ども三人は顔を見あわせた。
「・・・・・・とりあえず、飲みものでも買ってこようか」
ウィルの提案に、ぼくは大賛成だった。
「まったく男どもって馬鹿だわ!」
飲みものと食べものを買ってきて、すこし休憩したあとだった。テーブルのむかいに座るキアーナは、怒りながら本をめくっている。
めくっている本は法律のぶあつい本だ。政府にぶんどられた銀河憲章を、どうにか取り返せないかと方法を探していた。
「ごめん、そこを考えてなかった」
わざわざ呼んでおいて、かんじんの銀河憲章がない。これはもう、あやまるしかなかった。
ウィルはさきほど「TVを調達してくる」と言って、でかけたままだ。
スタッビーが、おそるおそるキアーナのとなりに座った。
「取り返せそう?」
「むずかしいわね」
それはそうだろう。ここの図書館の本は借りていくだけだが、政府を相手にそれはできない。
それにもう、あの本はワシントンに送られているはずだ。
「思ったんだが、そんなに、むずかしくないんじゃないかな」
ウィルがTVをかかえて帰ってきた。
TVを壁ぎわにある本棚に置く。腰の高さほどの本棚で、下にならんでいる大きな本は、ハワイの風景を撮ったフォトブックのようだった。
ウィルはTVを置くと、長いアンテナコードを接続し始めた。
「ウィル、どうやって銀河憲章を取り返すのさ?」
スタッビーが聞いた。でも返ってきた答えが意外すぎた。
「銀河憲章をください、って言うんだよ」
「冗談だろ、マクドナルドでケチャップもらうんじゃないんだ。政府だぞ。アメリカ合衆国政府!」
スッタビーの言うとおりだ。まあ、ぼくはマクドナルドで、ケチャップをたのむのも勇気がいる。だけど銀河憲章を政府からもらうのは、それの100倍はむずかしい。
「政府じゃないよ。やつらにさ」
そう言って、ウィルはTVを点けた。画面には巨大な宇宙船が映しだされている。ハワイ島の沖に浮かぶ、異星人の船だ。
到着時に三つだった宇宙船は、そのあとさらに増えた。空に浮かぶさまざまな形状の巨大船が、いまでは六つ。
「あ、かれらにか!」
ぼくが言うと、ウィルはうなずいて腕時計に指をさす仕草をした。
なるほど、そうだった。ぼくはいつでも連絡ができる。
かれらは「銀河憲章」を大事にしているのだから、一冊しかないとは考えにくい。
「待った!」
スタッビーが声をあげた。
「手に入ったとして、その次も問題が。だれが読む?」
スタッビーの指摘はもっともだ。ぼくはウィルを見た。ウィルが肩をすくめる。
「さすがに、言語学者の知りあいはいないよ」
いないか。ウィルならそんな友人がいそうな気がした。
「考古学でもいいんじゃないか。エジプトの古代文字を解読するような」
「スタッビー、おれが友人を無限に持ってるなんて思ってないよな」
ぼくは思ってた。おそらくスタッビーも思ってる。
「どちらにしても、まずは手に入れて、解読できそうな人を探そう」
ウィルに賛成だ。たしかに、なんにしても本が必要となる。
「もう一冊くださいか。あつかましい注文だけと、言ってみるよ」
自嘲気味に言うと、ウィルが笑いながら、ぼくのとなりにきて座った。
「だいじょうぶ。べつにファルコン号をよこせって言ってるわけじゃない」
ファルコン号、スターウォーズにでてくる銀河系最速の船か。
「ファルコン号? エンタープライズ号じゃなくて?」
スタッビーがすぐ話に乗る。エンタープライズ号は、スタートレックだ。
「あっちは最速でもなんでもない。すぐにこわれるし」
ふたりの会話を聞き流しながら、腕の通信機を押そうとした。
「ちょっと!」
テーブルをはさんだ正面。キアーナの声で、スイッチを押す手を止めた。
「その、あつかましい注文、さらに、あつかましくできないかしら?」
キアーナの言葉に、ぼくは首をかしげた。
「これよ」
いままでめくっていた本だ。ぶあつい本の表紙をぼくに見せた。
「LAW OF JAPAN」
日本の法律を英語でガイドした物。キアーナの言いたいことがわかった!
「銀河憲章も英語の翻訳をもらえってことか!」
ぼくは思わず大声がでたが、残るふたりも納得の顔をしている。
いやはや、かなりあつかましい。でも言ってみる価値はある。
ウィルが立ちあがり、キアーナのよこに歩みよった。そしてキアーナの持つ本を見つめる。
「なんで、日本の法律なんて調べてるんだい?」
「ウィル、いい質問ね。これはタッツの状況を知るため」
「ぼくの?」
「そう。タッツのいまの状況って、すごくデリケートなのわかる?」
わからない。ぼくは首をふった。
「あなたは日本人なの。基本的には日本の法律の下にいる。でもここはアメリカ。アメリカの法律が適用される」
よこにいるウィルが大きくうなずいた。
「そうか。よくタッツは政府につかまらないなと思ってたんだが、そういう側面もあるのか」
「そうなのよ。日本人が、アメリカにいて、地球の代表になってる。これ、かなりややこしいわよ」
なるほど、言われて気づいた。たしかにそうだ。
あのギャザリング参謀議長が言った「これ以上、事態をややこしくしないでくれ」とは、ぼく自身のことだったのか。
「おもしろいな」
ウィルが、人の悪そうな笑みを浮かべている。
「アメリカと日本か。じゃあアメリカが、タッツをつかまえたとする。日本はどう動くだろうな。ふつうなら黙認。でもタッツは地球の代表だ。日本は地球の代表になれるチャンスがある」
おもしろいというか、それを聞くと、ぼくはアメリカだけでなく、日本からも追われるのだろうか。
「注目のマトだな、タッツは」
「ぼくは、ただの天文学生。そもそも天文学なんて、もっとも注目されない学問なのに」
ぼくがそう言うと、三人とも「それは、まあ」とか「うーん」とか、あいまいに答えた。否定はしないんだなと、すこし笑えた。