第12話 タワーマンション
「ま、ともかく、おれがどうこうできる話じゃないよね」
スタッビーが言った。
やっぱりそうなのかな。ぼくはうなずいたけど、ウィルが不敵な笑いを浮かべている。
「それは、どうかな?」
「どうかなって、どういうことだよ」
「スタッビー、考えてみろよ。いま地球のなかで、あいつらに会ったことがあるのは、タッツだけだ。その人物を無視して作戦会議やってるんだぜ?」
言われて見ればたしかに。ぼくもスタッビーもうなずいた。
「おおかた、各国の首脳と会議につぐ会議。そんなところじゃないかな」
「すごいなウィル。ぼくが軍の施設で聞いた話では大統領はG20の会議とか」
「だろ、おれたちが考えるのは無駄じゃないと思うぜ」
スタッビーが、ぼくの顔をまじまじと見た。
「なに、スタッビー」
「いや、ふしぎだなって。たしかにタッツは、いわゆるファースト・コンタクトの人間だ。それなのに政府につかまらず、こんなところにいる」
それは、ぼくもふしぎだった。
「そこも、いま、もめてるのかもな」
ウィルが考えに沈んだ顔で言った。
「もめるって、どことどこ?」
「映画だと、秘密の施設とかになりそうだけどさ。じっさいにこうなってみると、タッツを捕縛するのはどこだろう。それは軍なのか、NASAなのか」
スタッビーが、イスから身を乗りだしてきた。
「FBIとか、CIAとか」
「そう、戦争とも言えるし、テロとも言えるし、でも攻撃はされてないし、人も死んでない」
スタッビーが頭をかかえ、イスへもたれた。
「なんだか複雑だな」
「そう、だからタッツへの方針すら、決まってないんじゃないかな。ただ、その方針は、いつ決まるかわからない」
「おい、本人を目のまえにして、物騒なこと言うなよ」
スタッビーが注意するようにウィルに言った。けどウィルは首をよこにふる。
「地球の代表。どう考えても、おれらの目のまえにいる東洋からきた学生は、明日もいるかどうか、わかんないだろ」
ウィルが真剣な顔でぼくを見ている。おどろいた。さきほどカフェテリアで「学生のおれらに解決できる問題じゃない」と言って、窓の外を見つめていた。あのとき、こんなことをすでに考えていたんだ。
スタッビーを見ると、ほんとに頭をかかえていた。
「今日会ったばかりで、いきなり重すぎる話をするなよ!」
「スタッビー、トラブルってだいたい、いきなりだ。おれはこのタッツに手を貸すと決めた。スタッビーはどうする?」
スタッビーは天をあおいだ。
「そんなふうに言われたら、ことわれないじゃんかよ!」
ぼくは笑いがでた。偶然だけど、とてもいい人にめぐり会えた気がする。
「タッツ」
「なに、ウィル」
「ひとり暮らしか?」
「そうだよ」
言われている意味はわかった。ひとりはあぶない。でもぼくの家族は太平洋のむこうだ。
部屋の壁にかかった時計を見ると、もう夕方だった。
「そろそろ帰らないと。またこっちにきたら、いっしょに考えてくれるかい?」
スタッビーはOK、と言った。ウィルは、ぼくの問いには答えずさらに聞いてきた。
「タッツはオアフじゃないの?」
「ぼくが住んでいるのはヒロなんだ。あ、くそ!」
言いながら思いだした。
「どうした?」
「忘れてた。ガラスの修理、たのむのを」
「ガラス?」
ぼくはSWATが窓ガラスを粉々にした話を聞かせた。
「すげー。その庭に落ちてたってロープ、もらってもいい?」
言ったのはスタッビー。
「おれの部屋に泊まる?」
ウィルが言った。
なんだろう、日本人は親切と言うが、アメリカ人はそれとは異質な感じで大きな親切がある人が多い。それはこのハワイに住むようになって、よく思うことだった。
その親切に甘えて、ウィルの家へいく。
大学の近くだろうか。そう思ってたけど、むかったさきはオアフ島のもっともにぎやかな地区。まさかのホノルルだ。
ウィルの家はホノルルでも、かなり高級な部類に入るコンドミニアムだった。日本で言えばタワーマンションだ。
部屋は二部屋で、ひとり暮らし用ではある。でも立地がいい。部屋からワイキキ・ビーチが見える。
家賃が高そうに思えたので、ウィルの家は裕福なのだと思った。けど、大きくそれを越えていた。ハワイ大学にかようことになって、父親から贈られたものらしい。部屋の名義は、すでにウィルのものと聞いた。
夜ふけまで、ふたりで色々と話をした。でも異星人といかに戦うか。そのいい案は思い浮かばなかった。
いい案はでなかったけど、ウィルがいいやつだ、ということはわかった。
夜もふけ、ぼくはリビングのソファーを借りて寝る。
あまり眠れなった。いろいろと考えてしまう。眠りも浅かったのだろう。カーテンの隙間から入る朝日で、すぐに目がさめた。
バルコニーにでて朝の空気を吸う。気持ちがよかった。見えるのはワイキキ・ビーチ。空も青く晴れている。
ふとバルコニーから下を見ると、マンションの入り口近くだ。黒塗りのバンが止まってある。
「タッツ、どうかした?」
ウィルも起きて、バルコニーにでてきた。
「あの黒塗りの車、多分、政府か軍の車だ」
「あれが?」
「政府の監視下に置く、とは言われたからね」
ぼくは肩をすくめたが、ウィルはなにか思いついたような顔をした。
「よーし、見とけよ」
ウィルはそう言って部屋に入る。すると今度は、卵を手にもどってきた。
「それ!」
なにをするかと思えば、卵を投げた!
かなりの距離があるのに、卵は放物線をえがいて車の屋根へ命中する。
べちゃ! と卵は車の屋根で割れた。ドアがひらいて黒服の男がでてくる。
ぼくらは、あわてて部屋に入った。
「相手は政府だぞ、ウィル、無茶だよ!」
「いや、朝は卵がいるかなと思って」
ぷっ、と思わずぼくは笑ってしまった。ウィルも笑っている。
「すごいよ。きみは演劇ではなく、ベースボールをすべきだった」
「いや、それより宇宙人と卵投げ戦争をするなら、おれの勝ちだな」
その言葉に、ぼくは動きを止めた。
「ウィル、いまなんて言った?」
「うん、おれの勝ちだって」
「そうじゃない。いや、そうでもある!」
ウィルが首をかしげた。たしかに、ぼくの言葉は説明になっていない。
「大学へいきながら説明するよ。スタッビーに連絡を取ろう!」
ぼくらはスタッビーに電話をして大学に急いだ。
ウィルがいろいろなところに問い合わせ、大学はあいていると確認してくれた。
異星人が攻めてきているという緊急事態だ。今日と明日までは解放しているので、学生は勝手に荷物をまとめろ、そういうことらしい。
「スポーツだって?」
だれもいない大学の図書館に、スタッビーの声がひびいた。
貸しだしカウンター近くの席に、三人で陣取る。
「侵略戦争、そう思いこんでたけど、戦争でなくてもいいんじゃないかな」
ぼくはそう説明した。ウィルがあとにつづく。
「かれらは戦い、とは言ったけど、戦争とは言わなかったしな」
聞いたスタッビーは納得しかねるようだ。
「宇宙から地球を侵略しにきて、スポーツで勝敗を決める。そんなことあるかなあ」
ぼくの考えを言ってみる。
「この地球侵略は、銀河憲章ってのにもとづいてやるらしい。スポーツがそれに当てはまるか、どうかじゃないかな」
なにか思いついたのか、ウィルがイスから立ちあがった。
「そうか、銀河憲章、法律だ」
ウィルがスマホを取りだした。
「法学院のやつらで、知りあいに連絡してみよう」
ぼくとスタッビーは、たがいを見あった。そんな知りあい、いるわけない。
「だれかいるだろ、パーティーで電話番号か、メッセージIDなんかを交換するし」
ぼくとスタッビーは同時に首をふった。
ウィルは首をすくめ、それから電話をかけ始めた。
スタッビーが小声で聞いてくる。
「パーティーとか、いくことある?」
ぼくは首をふった。
「天文学部はハワイ島だし。そもそも望遠鏡をのぞいてる男に声はかからないよ」
「顕微鏡をのぞくおれらと一緒か。あ、でもおれらのほうがダメかも。研究室ちょっとくさいから」
たしかに昨日「海洋生物研究室」に入ったときは、うさぎ小屋の匂いを思いだした。
「おい、ちょっとたのむよ。いそがしいって、じゃあいいよ」
ウィルが電話を切る。
「すでにハワイにいないやつが半分で、残りも、いまは無理ってさ」
こんな状況なので、しょうがない。
「パーティーのときは、なにかあったら電話してよ、なんて言うんだけどな」
ウィルは、ちょっと怒っていた。
「あいつにかけてみるか。地元の子で、ひとりいるんだ」
ウィルはそう言って、また電話をかけ始めた。
「おねがいだ、助けてよ」そんなことを言っているのが聞こえたのち、ウィルはスマホを切って笑顔を浮かべた。
「法律の専門家がくるぞ」
それから一時間も待っていない。図書館に入ってきたのは、それは場ちがいな女性だった。
きりっとしたスーツ、髪はウェーブがかった黒髪で、肌は光り輝くような茶色い褐色。つまり、かなりの美人。
その褐色美人はハイヒールの音をひびかせ、ぼくらのもとに歩いてくる。立ち止まると思いきや、そのまま進み、ウィルの顔にパンチを入れた!
「あんた、よく、わたしに電話できたわね!」
「法学院のキアーナ。生粋のハワイアンだよ」
ウィルは顔を押さえながら、そうぼくらに紹介した。