096 神国承認をした三国に対して神聖教国による塩の販売が停止された
リュディア王国 宰相執務室
「宰相、大変です」
「なんだ、ノックぐらいしろ」
何回言わせんだと思う宰相だが、ノックをせず秘書官が入ってくるのは不吉な出来事であることも事実だ。思わず身構える。
「またエチゼンヤか、神様か」
「いや、今度は神聖教国です。塩の販売が停止され、巷で塩の買い付け騒ぎになっています」
「在庫はあるだろう」
「どうも煽っている者がいるようです」
「おおかた神聖教国の特務のものだろう」
「どうして売らないのか、神聖教国の塩売り商人に聞いたところ、教皇の指示だと言っていました」
「確かウルバノは教皇の身内だったな。意趣返しか」
「それが、販売停止は、うちと、アングレア王国と、スパーニア王国だと言っていました」
「神国の承認か」
「そのように思われます」
「三国とも岩塩はないからな。まずいな」
そのとき、外から大音量の女の子の声が聞こえた。
「宰相の」「友達の」「ドラちゃんと」「ドラニちゃんだよーー」「塩は」「沢山」「あるよ」「広場に」「山積みだよーー」「持って行きなーー」「いままでより」「美味しい」「塩だよーー」
助かったと思う宰相。
「今日は」「宰相は」「おいしい」「お菓子と」「お茶を」「出して」「くれるかなーー」「塩っぱい」「お菓子と」「お茶は」「だめだよーー」
さっきまで塩を巡ってトゲトゲしていた市民は塩の山を前にしてどっと湧いた。
「宰相」「美味しい」「お茶菓子を」「出せーー」という声が響いたのは言うまでもない。
「おい、窓を開けろ。来るぞ」
秘書官が慌てて窓を開けようとするが、時すでに遅し。
どっかーーん。壁が壊れた。
宰相殿、こめかみがピクピクしているが何も言えない。慌てて秘書嬢のところに飛んで行って、
「上等のお菓子、そうだな、ホーオードーのクッキーと上等のお茶だ。すぐ用意しろ。間違えるな、テーブルの上に置くんだ」
ドラちゃんとドラニちゃんが、フッと息を吐くと、崩れた瓦礫が消えた。下からガッチャ〜ンと音がした。
慌てて下を覗く秘書官と宰相。下に誰もいなかった。二人は胸を撫で下ろすのであった。
ドラニちゃんが脚を出す。
宰相殿、またかと思いながら手を出すと手紙がポトリ。
「塩が不足と聞きお届けしました。不足ならエチゼンヤにお申し付けください。地方の主要都市にも配りました。周辺の村落への配布などはお願いします。なお、関係を結んだアングレア王国とスパーニア王国にはブランコとエスポーサが届けに向かっていますからご心配なく」
壁の外を見ると、塩の山の頂が見える。パニックを沈静化させるには最良の手かも知れないが、仕舞っておくのが大変だぞと思う宰相。
徐々に塩の山が低くなって来ている。そうか、市民各自が貯蔵すればいいか。余ったのだけ仕舞っておこう。
「宰相、大変です」
ノックぐらいといいかけて、ここにも毎回ノックせずに入ってくるヤツがいるとぽっかり空いた穴から青空を見て嘆息する宰相であった。
「お客さんだが、なんだ」
「塩が、今までなかったほどの高品質です。みんな神聖教国の塩より遥かに品質がいいと喜んで持ち帰っています」
「市民に仕舞っておいてもらえ。残りを倉庫に仕舞え。お前、ポケットが膨らんでいるが」
「へへへへ。女房に持って帰ろうと」
「わかった。報告ありがとう」
今日は細かいことは言わない宰相である。
「それと主要都市には配ってもらったようだ。すぐ連絡鳥で各都市へ連絡。周辺村落などへの配布を行うよう手配せよ」
「わかりました」
出ていく秘書官と入れ替わりに、秘書が茶菓子を持ってくる。今回は、上等の茶菓子を動物好きの秘書が持って来た。
「ドラちゃん、ドラニちゃん、お菓子をどうぞ」
帰らないぞ、秘書嬢。手をわきわきやっている。これは吉と出るか凶と出るか、悩む宰相。
「ねえ、撫でていい?」
ウンと頷く二人。二頭ではない二人だと心に言い聞かせる宰相。お、秘書嬢図々しくも二人の間に割って入って座った。両手で二人を撫でている。恍惚としているな。二人も満更ではないようだ。吉だ。
礼状を持っていってもらおう。秘書嬢が恍惚としている間に書き終わった。お菓子を食べ終わったドラニちゃんに、礼状を神様にお願いしますと差し出すと礼状が消えた。
秘書嬢はまたいらして下さいと二人に言っている。
二人は、空いた穴からスパエチゼンヤ方面に飛んで行った。「満足ーーー」「満足ーーー」と言う声を響かせながら。
宰相殿は秘書官に、
「今度は下の瓦礫が落ちているあたりを立ち入り禁止にしておこう」
「そうですね。彼らはちゃんとわかってやっているのでしょうか」
「そうだろうと思うが、対策を講じておくに越したことはない」
「壁も補強しましょうか」
「壊れる範囲が広くなるだけだ。今のままで良い」
なるほど、さすが宰相、読みが深いと感心する秘書官であった。
「陛下に報告に行く」
「いつでも来てくれて良いとのことでした」
国王の執務室に宰相が入る。
「今日は満足してお帰りになられたようだな」
「壁は壊されましたが、概ね満足されたようです」
「いよいよ神聖教国か」
「いかがいたしましょうか」
「神聖教は国教ではなし、神様はこちらにいらっしゃるし、神聖教はやーめた、でいいんじゃないか」
お気楽ブライアントめ、と思ったが、それが一番良い気がして来た宰相である。
「わかりました。やーめた、の方針で対応します」




