085 神国とリュディア王国との国交を樹立した
王都、宰相の執務室。
スパエチゼンヤに視察(使い)に出した練達の秘書官が戻ってきた。
「宰相、ご報告です」
「ご苦労。どうなった」
「モーリス侯爵とウルバノ大司教は、私兵を率いてスパエチゼンヤに向かったのですが、途中で馬が嫌がり、乗っていた者を振り落とし逃げ出しました」
「面白いな、どうしてそうなった」
「スパエチゼンヤの大手門前に、シン様御一行がズラリと勢揃いしていたので、神威に打たれ馬が逃亡した模様です」
「モーリス侯爵とウルバノ大司教はどうした」
「自ら出した水の上でうずくまって頭を抱えて震えていました」
「自ら出した水か、言い得て妙だな」
笑う宰相と秘書官。
「それからシン様御一行は、バトルホースの蹄の音も高らかに東西街道方面に向かいました。聞いたところによると草原の彼方に消えたそうです」
「そうか。バカどものせいでこの国が滅びの草原にならなくてよかったな」
「まったくです。スパエチゼンヤの門前ですから、大勢が目撃していました。シン様御一同の神威と二人の醜態はまもなく全国民が知るところとなるでしょう」
「モーリス侯爵とウルバノ大司教は終わったな。お茶でも飲もうではないか」
お茶を飲んでいると取次の者がやって来た。
「本部長が受付に見えています。神国の使いと名乗っております。いかがいたしましょうか」
「また、厄介ごとを持ち込んできたんじゃないだろうな。まあいい、通せ」
「よう。お茶か、俺にもくれ」
「お前、俺の秘書に直接頼むな」
「まあいいではないか。これでも俺は神国の使いだ」
「何だ、その神国というのは」
「シン様の国だから神国だ。建国の宣言書を預かっている。お前も知っているだろう、スパエチゼンヤをシン様御一行が出て行ったのを。その足で滅びの草原に入り、建国したんだ。それでこれが建国宣言書」
「待て待て開けるな。陛下に渡そう。すぐアポを取ってくれ」
俺は責任は取りたくないと思う宰相。
すぐアポが取れた。
「行くぞ」
「俺もか」
「さっき聞いたぞ。お前は神国の使いだそうだからな」
一緒に行く宰相とゴードン元本部長。なんだかんだ言っても悪童連の仲間ではあった。
国王の執務室に入る。
「二人仲良く入ってきたか。良くない予感がするな。今日は何だ」
「ここにいる神国ゴードン外交官が、神国の建国宣言書を持参しました。これでございます」
国王は宣言書を押し戴き、開封する。
中には建国宣言とあって、通称滅びの草原を領土とし、本日、神国の建国を宣言するとあり、日付と、樹乃神様とアカ様の署名があった。
一通手紙が入っていて、神国とリュディア王国との国交を相互互恵の精神のもとに開きたい。ついては我が国民の入国の許可をお願いしたい。わが国民の身分証明書は、ゴードン外交官がしている線指輪と同じ材質の指輪等で身につけているものである。使われている金属は、樹乃神が作った唯一無二の金属であり、偽造は絶対できない。相互互恵なのでわが国に入国するのも自由である、とある。アカ様が書いたようだ。カリグラフィーの手本となるべき美しい文字だ。
「条約はーーー、人の国同士で結ばれるものだな。神の国とはあり得ない。畏れ多い」
国王の自問自答である。
「建国の承認でいいのか。神の国を承認というのはおこがましいが。覚知とかなにか他の言葉がいいのではないか」
国王が気にしている。
「それは地上にあるのだからいいのではないでしょうか。シン様は本当の神様ですからそんな地上の些末なことは気にかけませんよ」
ゴードン外交官が答えた。
それはその通りだ。だが神の恐ろしいのは、地上のことをまさに気にかけないところだと思う国王である。神は人にとって時に理不尽なのである。人智では計り知れない行いを為し、それに対して抗議の術もない。気をつけねばと心する国王であった。
「本部長は神国に鞍替えしたのか」
国王のお尋ねである。
「まあそれに近いです。冒険者組合は本日辞職しました。返書は持っていきましょう」
「それで線指輪とはなんだね」
「これでございます」
元本部長は線指輪が見えるようにした。線のように細い指輪から、複雑に動的に様々な色の輝きが放出されている。ただ光っているのではない。光が放出されているのである。なるほどこれは偽造できないと思う国王と宰相である。
「ちょうど午後に国の最高運営会議があったな。それに建国承認と国交の件をかけよう。返書はそれからになるので待っていて欲しい」
続いて宰相。
「それにしても、こちらから滅びの草原の神国に辿り着けるのか」
「それは無理ですね。現在でも街道から数キロ入るのがせいぜいです」
「なかなかの相互互恵だ」
最高運営会議では神国の建国の承認をさせていただくことと、国交を開かせていただくことがすんなり承認された。モーリス侯爵とウルバノ大司教の戦う前に敗れ醜態を晒した件を全員が知っていたのである。神の怒りによって滅びるより、大変怪しい相互互恵の国交を開かせていただいた方がマシというものだからである。今までシン様御一行の恩恵を王都の民が受けていたのも大きかった。銭湯、スパ、庭園が廃止されてしまったら暴動が起きるのは確実と言われている。
宰相が執務室に戻ってきた。
「建国を承認させていただき、国交を開かせていただくことに決まった。これが陛下の返書だ。届けて欲しい」
「わかった。預かろう」
「ところでお前は神国の首都がわかるのか」
「ああ、この指輪で方向がわかることに気がついた。だから大丈夫だ」
「歩いて行くのか」
「まさか、エチゼンヤにシン様のバトルホースがいる。それを借りて行く。神国に行く前にこれからアングレア王国とスパーニア王国に行って建国宣言書を届けるんだ」
「そうか気をつけて行ってくれ。もう帰って来ないのか」
「おれは外交官らしい。行ったり来たりするさ。またな」
「ああ、また来いよ」




