372 ラシード隊 キジールに向かう途中盗賊に会う
「次は湖だ。急ぐぞ。夕方までには着こう」
ディースを出て砂漠の端を走る隊商路に突き当たり、右に曲がる。一時間ほど進んだところで副長が言って来た。
「隊長、後ろからついて来ますが」
「ディースでの俺たちの商いを見ていた奴らだろう。誘ってみるか。休憩する。ベーベーは砂漠側だ。俺たちは隊商路寄りだ。今回は俺たちがやろう。ベーベーに言い聞かせてくれ。人間鞠蹴りに興じられたのでは俺たちの出る幕がない」
「わかりました」
副長が休憩と言って回って、ベーベーを隊員たちより砂漠寄りに連れていく。ベーベーは残念そうな顔をしている。人間鞠蹴りがやりたかったようだ。
「相手は40人くらいだな。こちらは今回は少ないから30人。よく40人もいたな。泥棒隊商とでも名付けようか。みんな剣は持ったな。来るぞ」
「俺たちも休憩していいかい」
「ここはオアシスでもない。ただの砂漠だ。休憩なら離れたところでやったらどうだ」
「俺たちはここで休憩したいんだ」
「そうかい。それじゃ俺たちは先に行くが」
「荷を置いていきな。それなら先に行っていい」
「お前たちに指図される謂れはない」
「交渉決裂だな。それじゃ力で荷物をいただく」
「やめておいた方がいいと思うが」
「やっちまえ」
剣を抜いた。
「それはこっちのセリフだ。盗賊だ。やっちまえ」
ラシードたちも剣を抜いた。
切り結ぶが盗賊の剣ごと盗賊が斬られてしまう。
「おい、シン様の剣は切れすぎだな。一太刀で剣も盗賊もあの世行きだ」
30人のラシード隊の最初の一太刀で30人の盗賊が斬られた。残り10人。あっという間に斬り伏せられた。
砂漠全体を治める組織はない。オアシス単位の自治組織があるだけである。したがってオアシスとオアシスの間は統治の空白地帯である。何が起きても自己責任だ。盗賊に襲われたら返り討ちにしても問題は全くない。その場合盗賊の持ち物は返り討ちにした者に帰属する。
隊商を襲う大規模盗賊など、共通の利害がある場合にはオアシスで情報が共有されることがある。スコーピオンとかブラックスパイダーもそれに当てはまる組織であった。
「こいつらの事は一応湖の代表に話しておこう。どうせ盗賊のベーベーや持ち物を売るからな」
お金になりそうな持ち物などを回収して、盗賊のベーベーを連れて出発する。
「少し時間を食ってしまったが夕方までには湖の隊商宿に着くだろう」
湖までは平穏な旅であった。途中自分たちのオアシスで調理した料理を収納から出して昼食だ。
「こんな楽な贅沢な旅もないな。荷物も収納、料理も出来立て、水も冷たい水が十分にある」
ベーベーもそうだとばかりベーベー鳴く。盗賊のベーベーも水をもらってご機嫌だ。
「盗賊でも出ないと身体が鈍ってしまいそうですね」
「一日一回くらい出て来てくれるといいな」
お気楽なラシード隊である。
夕方になる前に湖に着いた。この湖の代表は隊商宿のオヤジである。毎年一回は必ず訪れるので顔馴染みである。盗賊が出た場所と人数をオヤジに教えておく。ベーベーと盗賊の持ち物は引き取ってもらえた。
「ところで高品質の塩があるが買うか?ここは長年の馴染みだから安くていいぞ。見本はこれだ」
塩を見たオヤジ。
「これをいくらで売ってもらえるのか。この塩は最低塩の重量の2倍の砂金で売れるぞ」
「お前のところは安くていい。1.5でどうだ」
「そんなに安くていいのか。転売すれば必ず儲かるぞ」
「これは神塩だ。そうやって儲ける事は許されていない。暴利を貪れば神罰だ」
「まさかキジールの生き木乃伊神罰のシン様ではあるまいな」
「そのシン様だ。1枚35キロだ。何枚要か?」
「一枚でいい。シン様では恐ろしくて転売できない。宿の上客に使うだけだ」
「わかった。毎度あり」
塩板一枚をオヤジに渡した。
親父が出ていって隊員が言う。
「隊長、儲けたっすね」
「正当な儲けだ。イヅル国では全く儲からなかったからその補填と考えればいい」
「へえ、そういうものですか」
「世の中はそういうものだ」
ディースではだいぶ儲けたような気がするがと思う隊員。しかしラシード隊長は儲けはかならず隊員に還元してくれる珍しい隊長なので黙っている。
翌日の市場もオリメ商会の商品が大人気だ。塩は量り売りの塩が少しずつ出ただけである。オヤジに売り渡したと同じ、塩の1.5倍の砂金で売った。
翌早朝、キジールに向け出発。




