360 フロランスちゃんの夜働き 誘拐犯篇 (中)
衛兵詰所に男が飛び込んできた。
「助けてくれ」
「どうしたんだ」
男の視界の隅を小さい動物が横切る。
「いや、間違えた。俺は誘拐犯の一味だ。アジトに女を7人集めたところ、襲撃されて、襲撃犯に7人を衛兵詰所に連れて行けと命じられた」
「何を言っている。酔っ払いか」
「そうではない。正真正銘の誘拐犯だ。捕まえてくれ」
口論していると女性が7人入ってきた。
「私たちはその男たちに誘拐されました」
「ほんとだったんだ」
男はすぐ拘束された。抵抗は一切なかった。
「珍しい展開だ。おい隊長を呼んでこい。それからみんなを起こしてこい。7人誘拐された大事件だ」
衛兵隊長と衛兵が揃って取り調べが始まった。
7人と犯人を別の部屋で事情聴取をするが全く同じことを言っている。要約すると次のとおりだ。
『狐面の裸足の幼女と小さい動物が、誘拐犯のアジトに襲撃をかけ、7人を救い出し、犯人一味を地下に続く階段下へ放り投げて、大金庫を2階から持ってきて階段に突っ込んで階段を塞いだ。下に投げられた男どもの生死はわからない。一人だけ生かされて、馬車で誘拐した7人をここまで連れてきた。幼女はいなくなった。小さい動物は先ほどまでいたが今は見当たらない』
すぐ衛兵がアジトまで行ったが、証言通り階段に大金庫が突っ込んであった。衛兵が数人で押したり引いたりしてみたが、びくともしない大きさ、重さだ。家を壊さなければ大金庫は取り出せないとわかった。家の中には至る所に血溜まりがあり、血や肉片が飛び散っていて惨劇を物語っていた。足首から先もいくつか残されていた。これでは誰も生きてはいまいと衛兵が呟いた。
とりあえず、7人には住所と名前を聞いて、皆城内だったので衛兵が送っていった。
捜査は難航した。捕まえたのは下っ端の御者一人、肝心の主謀者たちは階段下で、証拠書類が入っていると思われる金庫も階段に突き刺さっていて、犯人も書類も取り出せない。犯人?襲撃犯?世直し人?の行方もさっぱりわからない。
だいたい階段を塞げるような大金庫を振り回せる裸足の狐面幼女なんて人ではないのかもしれない。ん?狐面幼女?何だか覚えがあると一同。人ではない、危ないと思って封鎖していた記憶が蘇ってきた。
人ではないものは衛兵の担当ではないので、衛兵隊長が人外や尋常ならざる者と親しくお付き合いしていると噂がある宰相殿に押し付けに、いや報告に行った。
「宰相、衛兵隊長がお見えです」
この頃、キュ、キュという声を聞かなくなって心安らぐ日々を送っている宰相殿。ご機嫌は麗しい。
「会おう。通してくれ」
衛兵隊長が入って来た。
「宰相様、早速ですがご報告させて頂きます」
「なんだい?」
「昨夜、女性の誘拐が発覚しました。誘拐された女性は7人、犯人の下っ端御者が馬車で衛兵詰所に連れて来ました。御者の最初発した言葉は『助けてくれ』でした」
犯人が被害者を連れて来て助けてくれだと、なんとなくおかしな具合だと感じてしまう宰相。あれが絡んでいるのではないかと黒い不安が心の中に入道雲のように発生し、むくむくと成長している。
「ドラゴンとか白い狼はいないだろうな」
「いません。私どもは見なかったのですが、狐面人型裸足幼女と小さい動物だそうです」
人型だと。人ではなく、人型。コイツ何を言っている。狐面、またか。確かに人型と言いたくなるのも無理はない。いやそこではない。心の中の疑惑の黒雲はもはや心いっぱいに成長した。
「そのものたちがアジトを襲撃、人質を救出、誘拐犯人を階段下へ放り投げて、大金庫で階段を塞いだという証言で、現場も確かに大金庫で階段が塞がれていました。家の中は肉片、血糊だらけでした。衛兵は、人の犯罪は扱いますが、怪力乱神を語らず、尋常ならざる者は業務範囲外です。あとは宰相殿、よろしくお願いいたします。これが取調調書です。家への地図付きです。男は連れて来ました。受付で拘束されています。うちの方は夜で帰れなくなりお困りの7人の娘さんを家まで送り届けたとの記録しか残っていません。では失礼します」
衛兵隊長は逃げた。
宰相殿は取調調書と地図を押し付けられて苦い顔をしている。確かに衛兵隊長の言うことも一理あるので追いはしなかった。
秘書が、ハビエル神父様でしょうか、三馬鹿でしょうか、エチゼンヤ様でしょうかと聞いてくる。秘書もよくわかって来た。
「三馬鹿ではない。三馬鹿ハルトだ。現場検証はハビエル神父が得意だろう。呼んでくれ。ああ馬には国王陛下用の人参だぞ」
「トルネード様には毎回そのようにさせて頂いています」
もはや宮廷料理長もすっかり諦めてすぐに選りすぐった人参を出してくれるようになった。




