296 神国に帰る
昨日は気が付かなかったけれど屋敷の近くにこんもりとした森があった。広さは屋敷の数倍はありそうだ。道路脇にお狐さんの石像が2体、置いてある。その間が参道だろう。
参道を少し歩くと参道にぶつかるように細長い森がずうっと遠くの森まで続いていた。お狐さんがトウケイの街の外からこの森まで歩いて来やすいようにしたのかな。森の木が大きく落ち着いているからずいぶん前だろうな。
参道の奥でお狐さんが呼んでいる。行ってみると広場があって立派な社があった。屋根は陶器の国だけあって瓦で葺いてある。むしろ銅板の方が貴重なのだろう。銅板は見たことないぞ。そういえば大君の屋敷も瓦だった。
白い着物を着た人が境内を掃除している。神職さんかな。会釈をしたら返してくれた。
社の扉を開けて、お狐さんがこっちこっちと呼んでいる。
入っていいのだろうか。まあ主が言うのだろうからいいのだろう。
みんなで社に入った。土足禁止らしいから靴を持ってだよ。
中に入ると地面になっていて、もう一つ社が中にあった。入ったところは拝殿か。
『ここはこの国の人があたしのために作ってくれたあたしのお家。靴はそこに置いといて』
階段を上がると扉の前に敷台のようなものがある。お狐さんが帰って来た時足を拭くところらしい。たらいに新鮮な水が入れてあり、拭き布もあった。お狐さんがいるいないにかかわらず毎日取り替えているらしい。
僕らは汚れ飛んでけだ。
中は木の床。艶々に磨き込んである。
二部屋あって奥が寝室らしい。
『もう帰っちゃうの』
「うん。ここはお狐さんの国だからね。僕らが長居するわけにもいかない」
『いてもいいのに。ここに住んでもいいのに』
お狐さんが抱きついて来た。涙ぐんでいる。
ヨシヨシしてやる。長い間、一人長生きして、この国の人と出会いと別れを繰り返して来たんだろうね。でもこの国から出て行かなかったのはこの国の人たちが好きだったんだろう。この国の人たちもお狐さんを身近な神様として愛しているんだろうな。
「用が済んだからね。いつでも僕らのところに遊びにおいで」
『行っていいの』
「ああ、いつでも来てくれていいよ。僕らのところにはいつでも転移できるように世界樹さんがしてくれたからいつでも来られるよ」
『あたし、嬉しい』
子供のような神様だね。一緒に喜んだり悲しんだりして来たんだろう。だから愛されるんだろうな。
「じゃここから転移するけどいいかな」
『うん』
靴をはいて、またね。
神国まで転移した。
「大君、大君」
騒々しい。主人の顔が見たいものだ。俺か。じゃしょうがないか。
「なんだ」
「シン様御一行がお狐様に呼ばれて社に入ったきり出て来ません。神職に聞いたらここはお狐様の社です。どうしようとお狐様の勝手です。私は何も見ていませんとほざいています」
「神職に聞いたのか。あの社は国中の幼児から老人まで、木の実ひとつから米、野菜、果物、塩、砂金など、お狐様にと集まって来ている心のこもったお供え物をお狐様基金として、その基金によって運営されている。働いている人も基金が雇っている。土地も昔トウケイを作った俺の先祖がお狐様に捧げたものだ。国のものではない。不可侵の聖域だ。返事をする、しないもお狐様、神職の自由だ。我々にどうしろと言う権利はない。迂闊に踏み入らないことだ」
「はい」
「それに誰が跡をつけろと言った。俺は言ってないぞ」
「それはーー」
こいつは奥を見たな。頼んだのは奥か。どうせ監視させているんだろう。
「監視のやつはすぐ社から引き上げさせろ。お狐様の社を監視していると知られてみろ、国中の老幼男女から反発を食らうぞ」
「そうは言っても姫に近づいた者の素性がわからないのではーー」
「お狐様のご友人だ。この国でそれ以上の素性の持ち主はいない」
家宰が強い口調で言った。
俺には友人というよりも、お狐様の保護者のように見えるがそれは口を閉ざしていた方が吉だろう。
「わかりました」
好奇心は身を滅ぼすというが国も滅ぼすな。
そのうちラシードが来るだろうから聞いてみてもいいし。娘が何か知っていそうだがこれは聞かない方が無難だ。奥と娘は鬼門だ。
神国の泉の広場に転移した。うちに帰って来た。
あれれれれ、背中に観察ちゃんを乗せたお狐さんが転移して来た。
「どうしたの?」
『あたし、寂しい。もう少し一緒にいて欲しい』
抱っこして撫でてやる。観察ちゃんも抱きついて来たので一緒に撫でる。
「そうかい。いいよ。向こうはどうしたの?」
『分身を置いて来た。だから大丈夫』
「そうか。わかった。ジェナとブランコと、ドラちゃん、ドラニちゃんと遊んできな」
『うん。嬉しい』
「そうか、そうか。よかったな。いっぱい遊びな」
『うん』
ブランコはジェナを乗せて、お狐さんは観察ちゃんを乗せて、ドラちゃん、ドラニちゃんと、ドラちゃんの見回りーの掛け声と一緒に走って行った。お狐さんも十分付いていけるね。大丈夫だな。
二百人衆がやって来た。
「また眷属が増えたようですね」
「元は世界樹さんが四尾の狐さんにして砂漠の向こうのイヅル国に送ったんだけど、僕らと出会って、世界樹さんが尻尾を二本増やして、僕らのそばに転移できるようにして、僕が名前をつけて、水を飲ませて、アンクレットをつけたら九尾の狐になってしまった」
「子供のような神様ですね」
「何百年かそれ以上かわからないけど、一人でイヅル国にいて、国の人と仲良くなって、お狐様と慕われて、愛されて、暮らして来たみたいだよ。ただ、仲良くなった子供がみんな先に亡くなってしまうので寂しいみたいだ。分身をイヅル国において、ちょくちょく来そうだからよろしくね」
「観察ちゃんと仲良しのようですね」
「そうなんだ。観察ちゃんはどこにどれだけいるのかもうわからないよ。きっと分裂して、お狐さんの分身と子供達と遊んでいると睨んでいるのだけど」
「よろしいんじゃないでしょうか。観察ちゃんはシン様に忠実な眷属様ですから。それに観察ちゃんが一緒ならお狐様も寂しくないでしょうし」
「そうだね。そういうことにしておこう。何日か家にいて、それからまた、イヅル国の先に行ってみる。多分マリアさん、ステファニーさん、オリメさん、アヤメさんは残るかもしれないけど、よろしくね」
「承知しました」
「思い出した。イヅル国の大君から味噌と醤油というものをもらってきた。それを作るのに必要な麹菌ももらってきた。作り方も書いてくれたので研究してくれ」
味噌と醤油の樽、麹菌、作り方の紙を渡した。




