280 ラシード族長と部下 エチゼンヤと会い岩塩取引の商談をする
ゴードンさんが馬を引いてきた。立派な馬だ。馬というより怪物だ。
「少し歩くと人並みが途絶えるのでそこから馬に乗っていこう」
「こちらが銭湯、あちらが少し値が張るが人気のスパだ」
「そしてこれがエチゼンヤスパ支店だ。帰りに寄って、中のオリメ商会で奥さん、娘さんに買い物をして行った方がいいよ。絶対喜ばれる。二度三度と皆買い物にやってくる。さてここから馬でいこう」
ゴードンさんがひらりと馬に飛び乗る。馬も慣れたもので動じない。
ゆっくり駆け始める。ゆっくり走っているのだろうが、こちらの馬では追いつくのが精一杯である。
ゴードンさんが振り返った。
「ああ、すまんすまん。ついバトルホースの調子で駆けてしまった。ゆっくりいくから安心してくれ」
しばらくしてやっと馬が落ち着いた。
「今日は、エチゼンヤさんとエリザベスさんの二人が揃っていたから、ちょうどよかった」
だいぶ馬に乗って、立派な建物の前についた。
「二人はここで待っている。中に入ろう」
精悍な男が現れて、馬を預かってくれた。ゴードンさんといい、馬を預かってくれた人といい、戦闘民族かと思う雰囲気だ。
「豪華な建物ですね」
「総領事館だが、迎賓館と呼ばれている。こっちだ」
応接室だろう。重厚なドアを開けて中にはいる。エチゼンヤ夫婦だろうか。男女がソファに座っていた。立ち上がって迎えてくれる。
「私がエチゼンローコー、こちらが妻のエリザベスです」
「砂漠の民の族長のラシードと申します。こちらは私の隊商の者です」
「シン様の紹介状をお持ちとか」
「これになります」
「拝見します」
紹介状を押しいただいてから読む。
「なるほど、塩の取引をご希望ですか」
「はい。塩は砂漠の必需品ですが、なかなか質、量とも手に入り辛く、この度シン様より、この国で岩塩が発見されたと聞き、取引したく参りました。それとシン様からこれをいただきました」
線指輪を見せる。
「おお、そうですか。それじゃ話をすすめましょう。担当はエリザベスになります」
「塩はご覧になりましたか?」
「実はまだです。シン様と最初にお会いした時に神塩を一袋もらいました。ただ、私は岩塩をまだ見ておりません」
「そうですか。お見せしましょう」
どこからともなくお盆の上に四角い板を乗せた侍女が現れた。
「これが岩塩になります。板状にして採取しています」
「素晴らしい塩ですね。これは見たこともない最高級品です」
「こちらが板を崩した塩です。舐めてみてください」
「塩に違いないですが、複雑な味わいがあり美味しいです」
「そうです。シン様の神塩にはとても敵いませんが、間違いなく世界一の塩だと思います」
「取引させていただけますでしょうか」
「条件があります。私どもはこの塩で儲けようとは思っておりません。ラシードさんが売る場合、原価、輸送料人件費等必要な経費、それと多少の儲けでお願いします。安過ぎても他の塩が困るでしょうから程々の値段は必要かとは思います。この塩は、シン様が8、国が1、私どもと商業組合が0.5ずつ権利を持っています。事業を安定的に継続していくためには儲けは必須ですが、儲けすぎるとシン様の意向に沿わなくなります。お気をつけあそばせ」
「はい。難しい値付けですが、肝に銘じておきます。この間もオアシスが一つ滅びました。恐ろしい有様で、肉塊というか死体が腐らずに、金貨も散らばったままで、盗もうとした男が金貨を拾い上げた格好で死んでいました」
「それは誘拐犯の首謀者の男のオアシスね。そういう具合になっていたのね。シン様を怒らせると恐ろしいことになるわね」
「それと、シン様の眷属様が掘り当てた砂漠の泉を私しようとした男たちがいて、首から下が完全なミイラ、頭が乾燥しつつありました。16木乃伊の泉として名高く、賑わっています」
「恐ろしいわね。シン様の刑は。生きながら木乃伊化ですね。生き木乃伊の刑とでも名付けましょうか。それと老衰刑というのもありましてよ」
「それは、どのような刑でしょうか」
「岩の下敷きになると一瞬で老衰し、長くて数日後には老衰死する刑です」
「それも恐ろしい」
「白い狼のブランコ様とドラちゃんとドラニちゃんが刑場を作るらしいわよ。楽しみながら」
「決してそのような刑にならぬように商売をさせていただきます」
「そうね。それじゃ、私どもで純情女王様の王都に倉庫を借りるわ。そこに塩を運びましょう。倉庫代は私どもが持ちます。何回か運べば輸送費用とか算出できると思いますので、そしたら売り渡し値段を決めましょう。倉庫に人を常駐させます。一月くらい先にはお渡しできるようにしておきます。幸い岩塩平原はアレシアス王国寄りですので、岩塩平原からアングレア王国を通って直接アレシアス王国の倉庫に運べます。常駐の人に売り渡し値段を話しておきます」
「ありがとうございます。契約書はどうしましょうか」
「線指輪を持った者同士が約束した場合、神の前でした約束になります。破れば神罰です。紙の契約書より恐ろしいですよ」
「わかりました。私どもは砂漠の民です。口で約束したことも必ず守ります。まして神の前で誓った約束です。破ろうはずがありません」
「わかりました。ではそういうことで」
「シン様は元気でしたか」
ローコーが聞く。
「はい、最初は子供の姿でしたが。この間神様のお姿になって女神様と巨大なドラゴン様に乗って現れて驚きました」
「女神様はよくシン様が抱っこしている柴犬さまです。お気をつけあそばせ」
「それに美しい女性が5人いました」
「怒らせると怖いですから。一騎当千どころではありませんよ。みなさん一人で一国の軍隊など楽に滅ぼせます」
「小さなお二方もでしょうか」
「小さいは禁句よ。なんでもそれをいうと二人の両拳が輝いて、言った人はたちまち口がきけなくなるほど顔面が変形するみたいよ。普段は駆け抜けていくと、傷もなくバタバタと敵が倒れます」
「恐ろしいです」
「今日は旅館か、ここに泊まって行ってください。5人一緒だと旅館の方がいいでしょうか」
「お疲れでしょう。今日はお風呂に入って、夕食を食べて早めにお休みください。お風呂はゴードンさんが案内してくれます。シン様の外交担当なんですよ。もう一人、今日は来ていませんけど、舌先三寸で丸め込む、詐欺師のような誠実なハビエル神父さんがいらっしゃいます。この国の宰相殿は手も足もでませんのよ」
「ははあ、それはまた。なんとも」
「まあ楽しい方々です。どうぞゆっくりして行ってください。あした砂漠の話など聞かせてください」
「おい、風呂というものは凄かったな」
「ああ、砂漠ではあんなに水を使えない」
「垢が剥がれるように落ちたな。俺たちは垢だらけだったのか」
「なんだか体がスースーする気がする」
「垢を纏っていたのかもしれないな」
「それと洗濯機と言うのも凄い。俺の服は白いと思っていたが、洗濯したものを見ると灰色だったんだなと思う」
「トイレと言うのも素晴らしいな」
「俺たちは砂漠だからな。たちまち乾いてしまう」
「あのトイレに慣れると離れ難くなりそうだ」
「砂漠の民は土の上では堕落するのかもしれないぞ」
「ベーベーは本能的に知っているのかもしれんな」
「しかしこの下着というのは素晴らしいな」
「これは娘や家内に買っていかないとまずいだろう」
「明日一日ここを見学して一泊したら朝出よう」
「そうしよう」




