268 ウータンオアシスから逃げた5人を拾った(下)
「僕はシンと申します。水はあげましょう。水の皮袋があるようですね。持って来てください。それと器がありますか。まず水を飲んだほうがいいでしょう」
彼女たちは器と鞍に縛り付けてある皮袋を持って来た。
この間、オアシスに水を引き入れている川から汲んだ水だ。
まず器に竹水筒から水を注いでやる。みんなごくごく飲む。おかわりもした。二人ほど涙ぐんだ。
「どうしました?」
「故郷のオアシスの水に似ています」
「ソーロクの川の水です」
泣き出した。
「故郷です。帰りたい」
「エスポーサに送ってもらいます。エスポーサはあの大人の女性です。もしよかったら誘拐された事情をお聞かせ願えませんか」
「ソーロクは前は和気藹々と運営されていたのですが、だんだんと独裁傾向が強まりました。独裁者と仲が良いのがカーファ族長でした。私達の親族にシナーンと言う者がおり、私達はシナーンの足枷として誘拐されたものだと思います。ですから帰れません。帰ればシナーンの迷惑になります」
「シナーンさんですか」
「ご存じなのでしょうか」
「はい、ソーロクでは今その独裁者が倒れて、臨時にシナーンさんが代表を務めていますよ。だから帰っても大丈夫です」
「全く知りませんでした」
「そうでしょうね。ついこの間のことですからカーファ族長にも伝わってなかったと思います」
「ベーベーを連れてお帰りください」
「ベーベーにはカーファ族長の焼印が押してあります。連れていけません」
(焼印なくなれ)(ついでに病気なくなれ)
「どれどれ、焼印はないようですよ」
「ほんとだ。無い」
「だから大丈夫です。入手先を聞かれたら、シンにもらったとシナーンさんに言えば良いです」
「いいんでしょうか」
「大丈夫です。焼印はありませんので、そもそもこのベーベーはカーファ族長のものではありません。それに関係者全員滅んでしまいました。ほかのベーベーにも焼印は無いようですよ」
急いで焼印を確認する娘さん達。
「本当に焼印がありません。今朝までくっきりとあったのに」
「焼印はとることは出来ませんので最初からなかったんですよ」
「ーーーはい。わかりました。ただベーベーはたいそう値が張るので私たちが持っていたのでは疑われます」
「ラシード族長さんの友達のシンからもらったと言えばいいです。そう言えばこの一帯のオアシスでは通用するでしょう。ラシードさんの名前ぐらい知っているでしょうから」
「ラシードをご存じでしょうか」
「この間知り合ったばかりですが、これをもらいました」
ラシード族長のナイフを見せる。
「私の父のナイフです」
うへ。
「ラシードさんは何も言っていなかったですが」
「私が誘拐されたのは父が隊商に出てだいぶ経ってからです。だから知らないと思います」
「ラシードさんは今、この先を歩っています。どのくらい先かわかりませんが、そう先ではありません」
隊商の皆さんはドラちゃんのファンのようだからラシードさんの娘さんはドラちゃんに送ってもらおう。残り二人。
「他のお二人さんは?」
「私はヘラール族長の遠縁の者です」
この人はラシードさんに押し付けてしまおう。
「手紙を書きますから、ラシードさんに故郷に送ってもらってください。大丈夫です。必ず引き受けてくれます」
ラシードさんの娘さんが頷いている。ナイフの威力だな。
残るは一人です。
「私は砂漠の民ではありません。砂漠の先の国の大君の娘で人攫いに攫われました。最終的にカーファ族長に売られ、儲け方を考えていたようです」
これはまたすぐには片付かないぞ。弱った。とりあえずわかった4人だけ先に送るか。
「エスポーサ、シナーンさんのところに二人、ベーベーと一緒に送ってきてくれ」
「わかりました」
「では行きます。お二人はベーベーを引いてください」
エスポーサがシナーン屋敷の前に転移した。
「シナーンおじさんの屋敷のようです」
「夢でしょうか」
「夢ではありませんよ。中に入りましょう」
二人はエスポーサに続いてベーベーを引いて門から中に入っていく。
シナーン家の人が二人を見つめ驚いている。
「おじさんはいる?」
「ああ、いるが無事だったか」
「こちらのエスポーサ様のご主人のシン様に助けていただきました」
「シン様の眷属でエスポーサと申します」
「シン様の。どうぞ、どうぞ、中にお入りください」
ベーベーはとりあえず預かってくれるようだ。
家の中からも人が出て来て応接室に案内された。
「おじさん」
「おお無事か、よかった」
「カーファ族長のオアシスから逃げ出して食料と水が尽きたところをシン様一行に助けられました。こちらは送ってくれたエスポーサ様です」
「シン様の眷属でエスポーサと申します」
「どこかでお見かけしたでしょうか」
「普段は白狼の格好をしています」
「あの立派な白狼ですか。その節はお世話になりました。またこの度は私の身内の娘二人助けていただき誠にありがとうございました。娘二人がカーファに誘拐され私たちは身動きができなくなって、独裁を許してしまいました。シン様に助けられ自治を回復しました。この間からカーファからの脅しの連絡が途絶えて娘二人のことは心配しておりました」
「事情をお話ししましょう」
「お願いいたします」
「私どもがこちらを出た少し後に、砂漠の西の方にあるリュディア王国から、シン様が名付けた赤ちゃんを含め20人が誘拐されました。誘拐の首魁はカーファ族長と分かりましたので、人質は取り返し、カーファとその一族郎党全てを殲滅しました。その結果ウータンオアシスは潰れました。その時、囚われていた娘さんたちが脱出、砂漠で立ち往生している時にシン様と出会い、シン様が救出しましたので、お二人をお届けに参りました」
淡々と話される内容に理解が追いつかないシナーンたちであった。
「ええと、カーファ族長のところには千人隊という強い兵がいましたが」
「強いかどうか分かりませんが、千人ほどいましたね。肉塊になっています」
「肉塊?ですか」
「そうです。肉の塊です。ついでながらカーファたちは胴で体がちぎれ上半身と下半身に分かれて死んでいます」
「死んでいる?」
「そうです。一味全員が腐らずに死んでいます」
「どうして」
「シン様に手を出したものは私ども眷属と神軍が殲滅します。千人いようと一万人いようと百万人いようと殲滅します。今回シン様が与えた線指輪を盗ろうとカーファが20人誘拐しました。その中にシン様が名付けた赤ちゃんがいました。許されることではありません」
応接室にいた人たちの背筋は凍りつくようだ。冷や汗が流れる。滅びの草原が見えた気がした。
「ベーベーは娘さんたちのものです。では間違いなくお送りしましたのでこれで失礼します」
エスポーサ様が消えた。
冷や汗が止まらないシナーンたちだ。
「神、だな」
「はい。でもシン様は優しい方でした」
「優しくもあり恐ろしくもあり、まさに我々には計り知れない本物の神なのだろう。誰かいるか」
男たちが入って来た。皆顔色が悪い。
「聞こえたろう。すぐウータンオアシスの様子を見て来い」
「分かりました。すぐ出ます」




