222 シン一行、砂漠を渡って来た隊商と情報交換する
「坊主。どこから来た」
「アレシアス王国の先です。おじさん達はどこからどこへ行くんですか」
「俺たちは、砂漠のオアシスを巡って、今はアレシアス王国を目指している」
「そうですか。アレシアス王国は、この間王様が変わりましたよ」
「教えてくれるか。商売に情報は命だ」
「いいですよ。エレーネ王女はご存知ですか」
「ああ、流刑になったと聞いている。国王に先がなく、王には王弟がなるだろうという話だ。国王の妃は王弟の女という噂だぞ。王弟が王位についたのか」
「その王弟と妃が失脚、エレーネ王女が女王となりました。前の国王は退位されましたが、元気を回復されたようです」
「なんと。それは本当か」
「ええ、王都にいましたから」
「そうか。危ないところだった。俺たちは、王弟が国王になると聞いて、王弟のところと例の妃のところに挨拶に行くところだった。王弟派と思われては逮捕、処刑もありうるところだった。坊主、ありがとうよ。何か礼をしなければならないな」
「礼ですか。特にいりません」
「あ、そうだ。情報には情報でお願いします」
「何の情報だ?」
「たいしたことではありません。この砂漠をどうやって移動しているのか、知りたいだけです」
「それだけでいいのか。坊主の情報は値千金だったぞ」
「僕は商売人ではないので、僕にとっては移動方法が値千金です」
「そうか、欲がないやつだな。あそこにいるだろう。背中にコブのある動物。ベーベーというが、あれで移動するんだ。ベーベーは、旅に出る前にしっかり食べさせ、水を飲ませれば、10日くらいは水はなくて大丈夫だ。走らせなければ、食べ物は二ヶ月くらい食べなくても動ける。食べ物は草だ。今食べているだろう。砂漠に生えている棘のある草も食べられる。坊主、欲しいならさっきの情報のお礼に一頭やろう」
「もらえるの。それならもらいたい」
「少し年だがいいか。酷使しなければ十分役に立つ」
「うん、いいよ。年でも大丈夫だよ。僕は軽いし、荷物も少ないから」
「じゃ、ちょっと来てくれ」
ベーベーのところに歩いていく。
「これだけど、どうだい」
ベーベーが鼻面を擦り付けてくる。
「これは驚いた。人見知りするベーベーだったが」
ベーベー言っている。なに?塩が欲しいの?
手のひらに少し塩を出すとすぐ舐めた。ほかのベーベーにもやった。ベーベーうるさいからね。かなり頭数がいたから少し時間がかかった。
「おじさん、塩が欲しいみたいだよ。少しずつやったけど、よかったら塩をあげる」
「そうかい。それは助かる」
ブランコがエスポーサに言われてテントから出したふりをして大きな袋を咥えてきた。
「塩だよ。それから、この子でいいよ」
「そうか。俺たちはこの先の泉まで行く。俺の名はラシードだ。またいつか会おう」
「僕はシンだよ。女王様のところに行くなら、シンと名前を出していいよ。ベーベーのお礼だよ。それとこのナイフをあげる。このナイフと同じ拵えの剣、ナイフを持っている軍人さんはよく知っているから僕からナイフをもらったと言ってもらえれば良くしてもらえるよ」
隊商の人たちは大笑いだ。小僧が女王の知り合いか、軍人が良くしてくれるかと。
ただ、ラシードは笑わなかった。
今までベルトに差していた幅広の両刃ナイフを抜き取った。
「わかった。ありがとう。塩といい、このベーベー以上のお礼だな。代わりに俺のナイフをもらってくれ。砂漠の民に見せれば何かの役に立つ。よし、休憩終わりだ。美味しい塩をもらったから機嫌良く立ち上がるぞ。泉まで行くぞ」
ラシードが100頭くらいのベーベーを連れて、隊商の人達と森の中へと入っていった。
「隊長、あのほら吹き坊主に、何故ベーベーをやったんですか。あのベーベーは少し年だけど、経験豊富で統率力もあり頭も良く、まだ十分働けたのに。それにナイフ。族長のナイフですよ」
「お前達はベーベーを飼育して何年になる?」
「物心ついた時からずっと」
「坊主に出会った時ベーベーが一斉に全頭鳴いたな。あれをなんと見た」
「知らない人がいたから鳴いたんじゃないですか。でも警戒の鳴き声じゃなかったな」
「隊商の神と言われた俺の親父にもああ言う鳴き方をした。それよりももっと気持ちが入っていた。坊主はベーベーにとって俺の親父以上の存在なのだろうよ」
「そんなーー」
「それにおかしいと思わなかったのか?テント、テーブルと椅子しかなかったぞ。どうやってあそこまで来たのだ。それに淹れてくれたお茶は特級品だ。オアシスの金持ちに売りつければ大儲けの品だ。それを普通のお茶のように淹れてくれた」
「はあ」
「塩だってテントから出したがどうやって運んだんだ。塩の品質をみてみろ」
慌てて隊員が塩の袋を開ける。
「これは」
「どうだ」
「見たこともない塩です。すごい品質です。ひと財産です。オアシスで売ればボロ儲けです。どのくらいの砂金になるか見当もつかない」
「塩は俺たちで使う。売らない。そしてこのナイフだ。持った時にわかった。充実感が凄い。見てろ」
ラシードは少し脇にそれて、ナイフを抜き立木に切りつけた。変わった様子はないがラシードは慌てて戻って来る。
「ナイフで切りつけても。なんともないですが」
「倒れるぞ。下がっていろ」
風が梢を渡る。ラシードが切りつけた木が切り口からずれ、ストンと地面に落ちゆっくり倒れた。
沈黙があたりを支配する。ラシードは、刃の根本に巨木が刻んであるのに気がついた。飾りなのか何の意味があるのかわからないが、このナイフに合うホルダーを革で作ってもらうかと呟きながら鞘に納めベルトに差した。
族長のナイフと取り替えたことについては誰も何も言えなくなった。
ナイフを撫でてラシードが続ける。
「とどめは連れていた小さい犬、白いオオカミ、超小型のドラゴンだ。おとなしくシン様の周りにいたが、あれは何かあれば、一斉に飛びかかってくる態勢だ。逃れられない。シン様はのほほんとしていて気付いてはいないだろうが、敵意を持った瞬間、抹殺されるだろう」
「オオカミはすこし大きいですが、あとは小さいですよ。考えすぎでは」
「お前達はナイフの性能もわからなかったくせに何を言っているか。どの一頭でも、かかってこられれば、あっという間にこの隊商はこの世から消える」
「そんなですか」
「ああ。シン様と知り合えたことに比べれば、ベーベー一頭は安いものだ。それにベーベーが真の主人と出会ったような表情をしていたぞ」
「へえ、そんな表情がわかるんですか」
「だからお前達はいつまでもたっても下っ端なんだ。もっと学べ」
「へい、へい」




