022 マリアさんの身の上
コンコンとドアがノックされる。
「はいどうぞ」
「シン様、午後のご予定は何かありますか」
「特にありません」
「もしよろしければ若いものに街を案内させます」
「お願いします」
「若いものは、本宅から交代で預かり教育をしています。こちらは発展途上と申しますか、将来に期待です。多少のことはご容赦ください」
午後の予定が決まった。すぐ出られる様だ。さすがセドリックさん。
玄関に出ると車寄せに馬車が止まっている。馬車を出してくれた。
若い人が扉を開けてくれる。乗り込むと、マリアさんがいた。若い人は御者をやるらしい。話が少し違う。
「お嫌だったかしら」
「いえ、嬉しいです。びっくりしただけです」
「今日は街を案内させていただきます。街を一望できる丘まで行きましょう」
デートスポットかな。今日はマリアさんは私服でお嬢さんモードだ。馬車が動き出す。
「あの、マリアさんはどこの出身なんですか」
「海を越えた大陸にあった国です。いまはもうありません。滅びてしまいました。その国ではいろいろな種族が差別なく平和に暮らしていました。ただ平和すぎて隣国の帝国の欲望に気付かず、攻めこまれて初めて武器を取りました。軍隊はなかったので個人が奮戦しましたが、統率のとれた軍には敵わず次々と街を攻め滅ぼされ、あっという間に王城付近まで攻め込まれてしまいました」
思わぬ身の上だ。
「王族はなるべく多くの民を逃がそうと努力しました。城にあった宝物も蓄えてあった食料も全て放出して、自国民に分け与え、冒険者や商人を雇い、攻めて来た国とは反対側の友好国との国境の峠を目指し、王族が殿をつとめ逃避行をしました。王族は一人、二人と倒れ、私の姉も私を逃し行方不明になってしまいました。最後に父と母、王と妃でしたが、峠に立ち、私を忠臣に託し、魔力を全放出して自爆して崖崩れを起こし峠を塞ぎました」
暗い話になってしまった。そっとマリアさんの手を取った。軽く握り返してくれた。
「それでみなさんどうなったのですか」
「隣国は友好国のはずでしたが、亡国の民にはいどころはありませんでした。王族を探し、帝国に差し出し安寧を得ようとしました。民は口裏を合わせて、王族が殿を務め最後に峠で自爆したので王族はいないと答えました。それでも捜索は続いたので、漁村で船を買い、大陸を離れました。民には大陸を脱出する前に一緒に逃げようと声をかけましたが、散り散りになって行方が分からなくなっていたり、縁者を頼って生活を始めていたりしたので、先行きの分からない航海に応じてくれる人はいませんでした。忠臣とその家族の10名ほどで船出して、長い船路でしたがなんとかこの大陸に上陸できました。漂着と言っていいほどでした。糸のように細い縁をたどってエチゼンヤさんに辿り着き拾っていただきました。今の大旦那さんの先代の時です。まだ大旦那さんの祖父、大陸に渡って来た方ですが、ご存命で良くしてもらいました。その後、付いてきてくれた忠臣もその家族も逃避行の疲れが出たのか、一人、二人と亡くなっていき、今では私一人になってしまいました」
いつの間にかマリアさんとの距離が縮まっていた。お互いの体温が心地よい。
「大陸に残った人たちはどうなったんでしょう」
「風の便りですが、私たちが逃げ込んだ国も結局滅ぼされてしまったそうです。民の行方は分かりません。何かできることがあったのではないかと悩む日々でしたが、今の奥様に、あなたはやることはやったのだからもう悩まなくて良い。責任を感じることはない、これからを生きなさいと諭され、完全に吹っ切れたと言うわけではありませんが、前向きに生きることが出来る様になりました。代々のエチゼンヤさんには本当にお世話になりました」
アカもブランコもエスポーサもしんみりしている。
「もう着きますね。眺めがいい丘ですよ。一番案内したかった場所です」
馬車だまりについた。ここから歩くらしい。御者をしてくれた若者は行ってらっしゃいと言って馬の世話を始めた。馬車と残るらしい。
マリアさんと丘へ登る。手を繋いだままだ。三頭が駆けてゆく。低い丘だけど街が一望出来た。東向きだと、左手は滅びの草原。右手は平原に小さな森と農地と街があり、それの繰り返しで、遠くに山脈もあるようだ。
マリアさんがじっと見ている。
「故郷はこの平原の方向です。山を越え、その先に海が広がっています」
目を凝らしても山脈に邪魔されてか海は見えない。
「海の向こうに私の国があった大陸があります」
マリアさんの体に手を回した。11歳だから下の方だ。マリアさんの手は自分の肩だ。じっとくっついて大陸がある方を見ている。
「暇があるとここに来て故郷があった方を眺めていました。普段記憶の底に押し込めている父母のこと、民のこと、国の山河の思い出が湧き上がり、幼かった自分には何も出来なかった筈ですが、なんとか出来なかったのか、皆が救われる方策があったのではないかと自責の念と哀しみにくれていました」
アカが抱きしめてやれって言う。11歳だよ。魔法を使えば大きくなれる。服は調整するから20代半ばがいいって。あ、出来た。マリアさんを抱きしめる。
「夢よね。これは夢よね」
そっとマリアさんの頭を撫でてやる。堰を切った様に涙が流れる。我慢していたんだろうな。嗚咽している。背中をさする。髪の毛にそっと口付けする。
「我慢することはないよ。十分泣いたらいい。過去が大切な思い出になるまで泣くがいい」
どのくらい経ったろうか。マリアさんが顔を胸から少し離した。
「恥ずかしいわ。でも夢よね」
「夢じゃないよ。顔をあげてごらん」
「シン様ーーー」
「シンと呼んでね。魔法だよ」
「やっぱり夢だ」
可愛い。顎に手をやり持ち上げてそっと口付けする。
「夢、夢なのよ。覚めてしまう」
「夢じゃないよ。ほら」
抱きしめて、もう一度口付けする。
「ああ、シン」
浮かんでみよう。出来た。もう少し高くか。アカがついてくる。ブランコとエスポーサはまだ浮かべないようだ。ブランコが安心している。あ、エスポーサが浮かんできた。ブランコは上を見てグルグル回っている。お、浮かんだが縦にグルグル回っている。ほおっておこう。
「ほら目を開けて。海の向こうに薄っすらと大陸が見える。見てごらん。いつか連れていってやるよ。別れの峠まで」
「連れてって」
「ああ一緒に行こう」
しばらく抱き合って大陸を見てからゆっくり降りた。
ブランコが目を回している。器用よねとエスポーサが言っている。ブランコは嬉しそう。ブランコよ、それは褒めているのでは無いと思うが黙っていよう。
「この先にみんなの墓があるの」
「大陸から渡ってきた忠臣たちだね。行こう」
少し歩く。アカを先頭に歩いていく。わかっているみたいだ。
海に、大陸に向かって墓があった。小さな墓石に十名の名前が彫ってある。
マリアさんと墓石に向かって祈る。墓石が光り10の光の玉が飛び出してきた。光の玉は僕らの周りを何回か回った。声が聞こえる。
「マリア様、幸せになってください。マリア様は国に民に十分尽くしてくれました。今度は貴方が幸せになる番です。心配でここに止まっていましたが、やっと国王様、王妃様、友、民の下に報告に行けます。お幸せに」
光の玉は嬉しそうにあざなって空へと還っていった。
見上げるマリアさんの目に涙がたまるが微笑んでいる。やっとマリアさんの戦後が終わったんだろう。
「何を報告に行くんでしょうか」
「さあ、なんでしょうね」
三頭が墓のそばに穴を掘っている。あれアカが収納袋から何かの実を取り出した。埋めている。記念樹かな。水をやろう。大きくなれ、大きくなれ。
元の11歳になった。クスッとマリアさんが笑う。
「帰りましょう。私の小さなナイトさん」
遅くなったので町巡りはせず馬車は商会に向かっている。
「シンのことも話して」
「僕はこの世界に呼ばれた者だよ。魔の森の奥に高い台地がある。その中心で気がついた。世界樹が生まれ変わる時に大量のエネルギーが必要になるんだって。それで外の世界からエネルギーを持った生物を呼ぶんだそうだ。生まれ変わりは数万年に一回で、今回は僕が呼ばれた。元の世界の自分の記憶は35歳だったということしかわからない。アカは元の世界の愛犬だよ。一緒に台地でしばらく暮らしていて、それから台地から降り、魔の森で2頭の狼と会い、森を出て街道でエチゼンヤさんが襲われているところに出会い、今に至っている。だから神じゃないけど、世界樹に気に入られたみたい。あ、これ一応内緒」
「そうですか。35歳。大人の人の様な気がしていました。だからショタ好きじゃありませんよ。大人のシンが好きです。小さくても抱きしめたいほど可愛いですけど」
抱きしめられた。やっぱりショタコンじゃんと思った。
エチゼンヤ屋敷の車寄せについた。セドリックさんが待っていて馬車の扉を開ける。
「おや、何か良いことがあった様ですね」
セドリックさんは鋭い。だめだよマリアさん、赤くなっちゃ。支度をしてきますと走っていった。
「マリアも幸せになってよい頃合いです。よろしくお願いします」
あれ、頼まれちゃった。




