163 戦意喪失囁き作戦
こちらスパエチゼンヤ。
アカがシンの膝の上で言う。
『荷車が海岸道でつっかえて前線に兵糧が送られてないわ。侵略部隊は飢え始めているようよ。兵站部隊は兵糧三分の二を持って故郷に帰っていったわ。ドラニちゃんに皇太子には連絡してもらってあるわ』
「戦意喪失作戦は予定とは違った形となったが初めよう。30人と12人に頼もう」
30人と12人を会議室に集めた。
シンが切り出す。
「ちょっと頼みがあるんだけど」
「荒事でしょうか?」
幼児に弄られ、保母さんに叱られて帰って来た保父さんと孤児院でいじられて帰って来た、計30人が途端に生気が満ちて来た。
「30人はちょっと帝国軍の陣地に行ってもらいたいのだけど」
「わかりました。殲滅でしょうか?」
「いや、そっちじゃなくて、戦意喪失囁き作戦だ」
「???」
「帝国軍は今兵糧が届かなくて飢え始めている。そこでだ。帝国軍の野営地に行って、囁いてもらいたい。内容は、『徴兵が終わったあと皇帝が村々から食糧を根こそぎ徴発。故郷では餓死者が出ているらしい』、それともう一つ、『兵糧は荷車が海岸道でつっかえて届かないらしい』の二つだ」
「これは別々に囁いてくれ。あとで兵が情報交換すると二つの情報が合わさるわけだ。二つの情報が合わさった時、兵が動くだろう」
「面白そうです。やらせてください」
「すまないね。衣装は、オリメ、アヤメ特製、ヨレヨレ帝国兵の服だ。夕食を済ませたら着替えて、もう一度ここに集まって欲しい。ブランコとドラちゃんとドラニちゃんが転移で野営地のはずれまで送る。一通り作戦が終わったら、野営地のはずれに集合。三人組が待機しているので転移して戻って来て欲しい」
「承知しました」
「もう一つ、帝国軍は、職業軍人と傭兵とで一グループ、それと徴兵された人達のグループに分かれている。囁き作戦の対象は徴兵された人達だ。制服もテントも粗末だからわかると思う。徴兵の部隊には軍監がいるだろう。もし絡まれたら素手で気絶させてくれ」
素手で気絶と意気込んで力瘤を作っている30人。どうも軍監を捜しそうだと思うが放っておこうとシン。
「次に12人だけど、教都に行って、帝国軍が来る。逃げろと友人、知人に伝えて欲しい。できればその人たちが知り合いのいる集落にも伝えてもらえばありがたい。他の人も助けたいけど聞く耳を持たないだろう。ただ声をかけてもらっても構わない。12人も夕食後にここにもう一度集まって欲しい。エスポーサが送り迎えする」
ゲッと12人。シン様のお話の前半はよかったけど、最後がどうもいけない。
夕食後、30人と12人がそれぞれ送り込まれた。
30人は3人ずつ10ヶ所に分けて転移。すぐ作戦開始した。
腹を空かせた兵が一睡もできずにテントの中で横になっている。風がテントをはためかせる。風が止んだら、テントの外で声がする。
「おい、食糧が届かないわけを知っているか」
「知らねえが」
「それがお前、兵站部隊の荷車が海岸道に入ったすぐのところで立ち往生してにっちもさっちも行かないらしい」
「それじゃどうするんだ」
「人が背負って来るらしい」
「俺はもっと酷いことを聞いたぞ。兵站部隊が荷車を引いて故郷に戻ったって言うぞ」
「まさか」
「そのまさかだ。だってお前、担いでくるはずの食糧も届いていないんだぞ。馬で荷車を引いて帰った証拠じゃないか」
また風が吹いて話し声が遠ざかる。
「聞いたか」
「全く食糧が届かないから本当だぞ、今の話は」
「それじゃお前、俺たちみたいな寄せ集めには回って来ないぞ。将軍とごく一部の将官だけだろう。俺たちはここで餓死するのか」
「どうする。ここにいても餓死するだけだ」
「隊長な、あれはオラの村の村長の倅だ。遊んだこともある。行ってんべ」
帝国兵が腹を空かせてせめて湯でも飲もうと焚き火を囲んでいるすぐそばの闇の中から声が聞こえる。
「おい、俺の故郷の村で餓死者が出たらしい」
「なんでだ。凶作ではなかったぞ」
「それがな、ここだけの話だが」
声が少しちいさくなる。焚き火を囲んだ兵は聞き耳を立てる。
「なんでも俺たちが出兵した後に皇帝の直轄部隊がやって来て、食糧を根こそぎ持ってったんだと。村の食糧は全くなくなり、ネズミさえ逃げ出したそうだ」
「おっかあは大丈夫かな」
「病気の婆さんがいるがひとたまりもないぞ」
「子供は」
「シッ、誰か来る」
軍監が歩いて来た。
「何かこの辺で話し声がしなかったか?」
「教都はどんなところか話していただけです」
「そうか。早く寝ろ」
軍監が去って行く。
「さっきの話どう思うだ?」
「帝国は山地で食うや食わずの作物しか取れねえ。一万五千の兵糧が集まると言うのはどう考えてもおかしいべ。さっきの話は本当だべ」
「それにこんな夜中に軍監が歩っているのもおかしいべ。おれたちに本当の事を知られてはまずいから様子を探っているんじゃねえか」
「俺たちが村を出るのを待って根こそぎ徴収したな。汚ねえ」
「俺は明日脱走する。ここにいたって食糧はなし、同じ死ぬなら故郷でおっかあと子供の顔を見て死にてえ」
「オラもだ」
「隊長殿はどうする。隣村の村長の倅だ。俺たちが脱走したら迷惑がかかるべ」
「軍監が歩っている今がチャンスだ。話に行くべ」
「行くべ」
隊長殿のテントに行くと先客がいた。隣村の男だ。
「こっちへ入れ。誰か軍監が戻ってくるか見張っていろ。何かあったか」
これは話しても大丈夫そうだ。
「あのうオラたちが聞いたんだけども、オラたちが徴兵された後、皇帝の直轄部隊がやって来て村の食糧を根こそぎ持って行ったんだと。そんで餓死者が出てるんだと」
「そうか。こっちの男が聞いて来たのは、兵站部隊の荷車が海岸道に入ったすぐの所で荷車がカーブを曲がりきれずにつっかえているそうだ。食糧が届かないと思ったらそう言う理由だ。ここにいても餓死するだけだ。皇帝め」
テントの外で来たと声がした。
軍監が入って来た。
「貴様ら何をしている」
「相談だ。ところで軍監殿は兵糧の徴収がどう行われたか知っているか?」
軍監がギョッとした。
「猿轡」
隊長が命じ、兵が一斉に軍監に飛びかかり、引き倒して猿轡をした。
「お前には聞きたいことがある。まず簡単なことから。兵糧は来るあてがあるのか。あるなら縦、ないなら首を横に振れ。言っておくが来ると返事をして明日朝食が出なかったらお前は嘘つきだ。兵糧はくるか?」
首が横に振られる。
「次に、兵糧の調達は皇帝の直轄の兵が行った。そうか?」
首が縦に振られる。
「徴収は根こそぎだった。そうか?」
首を縦にも横にも振らない。
「そうかい」
隊長が軍監を思い切り蹴飛ばす。
「徴収は根こそぎだった。そうか?」
首を振らない。
「お前らもやれ」
一人一人思い切り軍監を蹴飛ばす。骨の折れる音がする。
蹴飛ばしが二巡目に入った時、やっと首を縦に振った。
「隣の部隊の隊長を呼んで来てくれ。あれは俺の友達だ」
あちこちで同様のことが行われた。
かくして一晩で寄せ集め部隊は撤収して故郷に帰る事で意思統一された。
教国のはずれの集落。
朝、海岸道方面から一騎駆けて来る。昨夜駆けて行った兵が戻ってきたのだろう。約束通り手は出さない。
昼頃、馬肉の差し入れが隣の集落からあった。
こちらは帝国軍野営地
夜明け。将軍と参謀が頭を突き合わせている。
「どうしたのだ。海岸道を見に行かせても誰も戻ってこないぞ」
「わかりません」
「どうするのだ、途中の集落で根こそぎ食糧を徴収したが全く足らないぞ。兵は、あたりの木を切って、野草を煮たお湯を飲んでいるだけだというではないか」
「教都まであと二日程度です。軍規は乱れますが、教都まで食料は切り取り次第と宣言したらどうでしょうか」
「それでは盗賊と変わりないぞ」
「背に腹はかえられません」
「やむを得ないか。そうしてくれ」
参謀が出ていく。
「一万五千の盗賊集団か。俺は生きては帰れないかもしれないな。宰相と陛下はどうしているか。今回は陛下のお考えが間違っていたと言うことか」
参謀が幕舎に駆け込んで来た。
「どうした」
「兵が、兵が撤退していきます」
「撤退とはどういうことか」
「撤退とは引きあげるということです」
「そんなことはわかっている。なぜか。どのくらい撤退しているのか。隊長は何をしている」
「寄せ集めた徴兵部隊を中心におよそ三分の二。隊長が指揮をして部隊ごとに続々と撤退しています」
「目付は送り込んでいたろう。何をしている」
「それがボロ布のようになって捨てられていました。殴られて死んだようです」
「残った部隊は?」
「職業軍人・傭兵を中心に三分の一。それが、夜明けと同時に前進したそうです」
「なぜ気づかなかった」
「それが音を立てないように気づかれないように前進したようです」
「まずいぞ。強盗殺人集団になる。止めろ」
「すでにかなり進んでいます。追いつけません」
「徴兵部隊はどうして撤退しているのだ」
「生き残った軍監によると、村々からの食糧根こそぎ徴発がどうしたわけかばれたようです。軍の根こそぎの食糧徴発のため故郷は餓死者がでていると叫んでいたと言っています。それに兵糧は海岸道で荷車がつっかえて来ないと叫んでいたとも言っています。全部バレています。寄せ集め部隊は出身地ごとに編成、隊長もその地域の出身者を充てましたので、軍監が最初に襲われ、部隊同士の連携もよく、隊長の指揮で整然と撤収していったとのことです」
「徴兵部隊はもうだめだな。職業軍人部隊が前進したなら、行くよりほかはないか。しょうがない。あとを追おう」
成り行きを見届けた30人がドラちゃんとドラニちゃんによって転移して行く。
スパエチゼンヤ
30人が帰って来る。
作戦は大成功した。
ドラニちゃんにお使いに行ってもらおう。手紙を書く。
バルディア帝国
デキウス皇太子様
前略
兵は、海岸道を出たところで全食糧徴発の事実に気づき、分裂。徴兵部隊を中心に約一万が撤収中。将軍、職業軍人、傭兵は教都目指し進軍中。
以上
◯年◯月◯日
神国 樹乃神