157 皇帝側の間諜がブランコ、ドラちゃん、ドラニちゃんに捕まる
皇太子殿下と側近が久しぶりにくつろいでいる時、ドラニちゃんが暗闇を急ぐ男を発見した。
「みっけ」
走る男の前にふわっと浮かんだ。
「なんだ。ちっちゃいドラゴンか」
キュ、キュと前脚を出している。何かくれるのか。いや出せと言っているみたいだ。
「ふん、これでもくらえ」
短刀を出して突きかける。やったと思ったら短刀を掴まれた。浮いているくせにびくともしない。短刀が粉々になった。頭突きを喰らった。気を失う。
キュ、キュ。ウオン。もう一頭ドラゴンと白狼が現れた。
ドラゴンが男を白狼の背中に放り上げる。ウオンと嬉しそうにかけていく。
皇太子の宮殿の庭に到着。
三頭で何やら楽しそうに工作している。男の周りに杭を打ち、糸をあちこち張った。どういう仕組みかわからないが、岩が男の2mくらい上に浮いている。男が目を覚ました。頭の中に声が響く。
『少しでも糸に触れたら岩が落ちる』
ドラゴンと白狼が消えていく。
風に飛ばされた落ち葉が舞い落ちてくる。糸に触れた。岩がぐらっと揺れた。男はうわっと声をあげた。
声を聞いて宮殿警備の兵が飛んでくる。見ると浮いている岩の下に男が頭を抱えて伏せている。知っている男なので何があったのかと近づいていく。
「来るな。来ないでくれ。糸に触れると岩が落ちてくる。頼むから来ないでくれ」
男を囲む杭の近くに手紙が置いてあり、石が乗せられている。なんだこれはと警備兵が中を改めると、『皇太子殿下、叛逆の兆しあり、穀物が倉庫に補充された』と書いてあった。大変だ。警備兵は笛を吹いた。あちこちから兵が集まってくる。侍従も笛を聞いて飛んできた。兵が密書を侍従に渡す。
「こいつは皇帝の間諜だ。しかし、これはどうしたことか。岩が浮いている」
男に近づいていく。
「来ないでくれ。糸に触れると岩が落ちる。頼むから来ないでくれ」
キュ、キュと声が聞こえて来た。ドラゴン2頭と背中に気を失った女を乗せた白狼が走ってくる。ドラゴンが女を掴んで、男の上に投げた。男がグエッと声をあげた。女も目が覚めたようだ。男はすぐ女に声をかける。
「動くなよ。周りの糸に触れると岩が落ちる。落ち葉が触れても岩がぐらついた」
ドラゴンが侍従に脚を差し出す。侍従が手を出すと、ポトリと手紙が落ちて来た。女が書いた密書らしい。
「こいつも間諜だ。ドラゴン殿、白狼殿、重ね重ね有難うございます」
いいよーという声が聞こえた気がする。ドラゴンと白狼がゆらゆらと揺らめきの中に消えて行った。
「誠に神だな。しかしこれは見張りもいらないな。明日の朝殿下にご相談しよう。でもまあ、二人くらいで見張っていてくれ。危ないから誰か来たら近づかないようにするだけでいい」
侍従が密書2通を手に戻って行く。
うつらうつらしている兵に囲いの中から声がかかった。
「おい、たすけてくれ。梟が杭の上に止まっている。追い払ってくれ頼む」
「黙っていろ。間諜風情が。うるさくするなら糸を切ってもいいんだぞ」
梟が声に反応して羽ばたいた。羽が一枚抜け落ちた。糸に触れる。岩がぐらっと揺れる。ウワッと中の二人が声を上げる。心なしか岩が下がったようだ。
「へえ、そうなっているのか。初めてみるな。これは珍しい。殿下に報告しよう」
夜が明ける。梟が飛び立った。羽を一枚落として。糸に触れた。
岩がグラグラと大揺れする。はっきりわかるほど下がった。
皇太子殿下が朝食前の散歩にやって来た。見張りに聞く。
「どうか」
「岩が昨日より下がっています」
「どうして下がったのか」
「貼ってある糸に何か触れると下がるようです。敏感で鳥の羽が触れただけで下がりました。何か糸に触れるだけで少しずつ下がるようです」
「おい、岩は浮いているぞ。ロープに吊り下げられているのかと思った」
「助けてくれ。何でも話す」
「ふうん。間諜殿。お前たちの他に間諜はいるのか」
「いない。知る限りではいない」
「そうかい。ドラゴン殿が探してくれたのだから他にはいないのだろうな」
「それでお前たちは誰の指図で来たのか」
「女は知らない。俺は宰相だ」
「そこの男の上に乗っている女性の方、あなたは誰のお知り合いで?」
「言うものか」
殿下が草の葉をむしり糸の上で手を放した。風があり葉が流されたが少し糸に触れた。グラッと岩が揺れる。もう一度同じように草の葉を落とす。また少し糸に触れた。グラグラと岩が揺れ、わかるほど落ちた。
「なるほどな。だんだん落ちる距離が増えていくようだな。で、お姉さん。誰の手のものか?」
「皇后」
「言ったから助けてくれ」
「そう思ったが、今の葉っぱで我々にはどうすることもできないということがわかった。岩もただ浮いているだけでロープで吊るされているわけではない。申し訳ないがこれは人の成したことではない。こう糸が密に張ってあっては食事の差し入れもままならぬ。困ったね。宰相殿と皇后殿に連絡しようか」
「「それはやめてくれ」」
「まあ干殺しも可哀想だから水を糸の外に置いてやれ。うまく手を伸ばせばコップに手が届くだろう」
殿下は戻って行った。衛兵がコップを二つ、張ってある糸の外に置いた。
「俺も朝食だ。お前らのおかげでほとんど食べるものがないがな」
「嘘をつけ。倉庫に山のように穀物があったぞ」
「お前らが兵を徴発した地方で餓死者が出ている。ドラゴン様が運んでくれたその対策のための食糧だ。俺たちは食わぬ、食えぬ。民を餓死に追い込んで何が戦争だ。兵の親、女房、子供が餓死しているんだぞ。兵が聞いたらどう思うか」
「ーーーー」
見張りは去って行った。
岩の下の二人は、昨日来の恐怖で、喉がカラカラである。しばらく我慢していたが喉の渇きに耐えられなくなった。女の下になっている男が糸の向こうのなみなみ水が注がれたコップにそろそろと手を伸ばす。うまくコップを握れた。そっと引き寄せる。コップの高さが糸の隙間より少し高い。コップを傾けた。少し水が溢れる。糸の隙間はやっと通れそうだ。慎重に糸の隙間を通す。もう少しのところでさっきのこぼれた水がコップの底にまわり水滴となり垂れた。雫が糸に触れる。ドコンと岩が落ちてくる。もはや女の上スレスレである。男は糸に挟まれたコップを引き寄せることもできない。コップの底の水が水滴になりそうだ。
「なにやっているのよ。早くどうにかしなさいよ」
男は慌てて、コップを手前に引く。コップの水がこぼれ盛大に糸にかかった。岩が落ちた。二人の意識は無くなった。
侍従を連れた殿下と見張りがやって来た。
「落ちているな」
「そうですね」
「この大きさの岩ではひとたまりもあるまい」
殿下が岩に手をついて押してみる。
「おっとっと」
岩が軽い。あぶなく転びそうになった殿下。
「これは、お前。軽いぞ。動かしてみろ」
見張りが動かすと、羽毛布団のように軽い。やがて岩が消えた。杭も張ってあった糸も消えた。
色々垂れ流した老人2人が現れた。
「生きているか確認せよ」
見張りが突いてみる。少し動く。ひっくり返してみる。軽い。顔もシワだらけだ。ポカンと開けた口には歯が数本残っているのみ。
「生きているようですが、すっかり老人になっています。もはや長くないかと」
「これは恐ろしいな。ドラゴン刑。いや、ドラゴン・白狼刑か」
「どうしましょう」
「そうだな。ここで死なれても困るな。これでも我が民だ。綺麗にして牢に入れてやれ。数日世話をすればお迎えが来るだろう」
「わかりました」
殿下と侍従は部屋に戻った。
「ドラゴン様。白狼様。まだお会いしたことがないが、そのご主人の樹乃神様。優しくてそして恐ろしい。人智では測れぬ。何が起こるかわからないから恐ろしい。本当に神様だな。皇帝も神の怒りに触れなければ良いが、もう無理だろうな」
侍従がお茶を用意する。
「今のままの陣容で行く。誰も入れるな。ドラゴン様の検閲があったのだ。皇帝に通じているものはいない。少なくとも、米と種芋を配り終えるまで、外から来る者は情報だけもらえ。人は入れるな。こちらから情報をとりに行くことは構わない。周知せよ」
「承知しました」