153 元神聖教国特務隊員と秘書嬢 バルディア帝国を脱出する
バルディア帝国を手に手をとって駆け落ちした元神聖教国特務隊員と秘書嬢ということになっているが、事実は少し違う。特務隊員に秘書嬢が惚れ、相思相愛になったのは事実である。そこから先が違うのである。
秘書嬢は密かに皇太子に相談に行った。秘書嬢は死んでも特務と一緒になりたいと訴えた。皇太子はしばらく考えて、密書を秘書嬢に渡した。内容は『近いうちに帝国軍が進発。海岸道を通り、スパーニア王国、リュディア王国、アングレア王国を目指す』とのみ書いた。宛先も差出人もない。
「特務は手のものが脱獄させる。手のものに従い、特務と逃げよ。武器、食糧、金子を渡す。東の森からスパーニアを目指せ。東の森に入ってしまえば誰も追いかけていかない。武器を与えられた特務なら何とか二人で森を通って山越ができよう。山を越えたら、スパーニア王国、リュディア王国、アングレア王国、いずれかの国の関係者に密書を渡せ」
「脱獄までさせていただくとのこと、ありがとうございます。密書は必ず渡します」
「なに、母に仕えてくれたお礼だ。母が毒殺されなければお前も違う人生があったろうと思うと申し訳ない」
皇太子がポンポンと手を叩くと平凡な恰好、顔つきの男が現れた。
「この男の部下が、特務を今晩脱獄させる。東の森まで案内する。それから先は悪いが二人で逃げてくれ。危なくなったら密書など捨てて、それを相手が拾っている間に逃げろ。それからその服装では逃げるのに大変だろう。服は用意させる。それと夕食は食べていけ。その間に脱獄の手配をする」
皇太子が再び手を叩くとどこからともなく侍女が現れた。
「この侍女に着替え等は見てもらってくれ。夕食後、侍女と目立たぬように森の近くまで街娘風の二人連れで行ってくれ。特務と合流したら二人で森へ逃げろ」
「何から何までありがとうございます。密書は命に替えても届けます」
「密書などどうなっても良い。二人で人生を送れるといいな。よし。行け」
深く礼をして秘書嬢と侍女が出て行く。
「今の皇后は、母の侍女だったくせに、皇后になってから急に威張り腐って。大体今の秘書嬢もそうだが、母の優秀なおつきが一斉に急にあちこちから呼び出されて、用を済ませて帰ってみたら母が亡くなっていたというのはおかしいだろう。絶対許さないからな。今回の出兵も、民の食糧を奪い、塗炭の苦しみに突き落とした。最初に徴発された地方では餓死者が出始めている。皇帝も許さないからな」
「殿下お声が高うございます。もう少しで機は熟すと思います」
「そうだな。脱獄はあくまで特務がしたように見せかけろ。秘書嬢が特務に脱獄道具を渡したということでもよかろう。うまく考えよ。二人を森に送り込んだらあとは二人の運に任せよう」
東の森に分け入った二人、武器はかなりの業物を頂いた。なるべく魔物に合わぬよう、音を立てず、風向きに気をつけながら進む。それでも時々魔物に遭遇する。何とか倒して進む。夜になると人の匂いを消し、魔物が忌避する香を焚いて過ごした。一週間ほど進んで山の稜線を越えた。秘書嬢もなかなか健脚である。ほっとして気が緩んだところを数匹の魔物に襲われた。二人で必死に逃げる。あちこち角で刺されたり、噛みつかれたり、体当たりされた。もうダメかと思ったら、小屋が見える。必死になって駆け込んだ。
「どうしたんだい?」
中にいた男が聞いた。
「魔物に追われている。助けてくれ」
「わかった。毛布でも被って隅に隠れていな」
男が小屋を出ていったらすぐ魔物の悲鳴が聞こえた。男がご機嫌よく帰って来た。
「二匹仕留めた。他は逃げた。今日は魔物汁だ。一緒に食おう。その前に手当てだな。見せてみろ」
毛布から出て傷を見せる。
「だいぶやられたな。このままでは熱を出して最悪死ぬな。ちょっと冷たいが、効き目のある水だ。まず傷にふりかける」
浅い傷はなくなり、深い傷は出血が止まった。
「ふむ、やっぱり霊験あらたかだな。次は水を飲んでくれ」
二人に水を飲ませた。
「体力が回復した」
先ほどまで朦朧としていた秘書嬢も目を開けた。
「本当に回復しました」
「シン様の御神水だからな」