148 バルディア帝国皇帝 侵略計画を語り、青毒蛇ドリンクを試す
ここは、スパーニア王国の西から神聖教国の西に続く山脈を越えた山地にあるバルディア帝国。
デヴィクトール15世皇帝が宰相と将軍を引見している。
玉座の前で不動の姿勢をとる二人。
「この頃東の山脈を越えたところの神聖教国が騒がしいようだな」
ランベルト将軍が答える。
「何人か神聖教国の特務が逃げて来たので捕まえて、情報を聞き出しました。それによると、なんでも内部分裂して一部の者が逃げ出したようです。今は教皇を僭称している者が独裁恐怖政治を始めたと言っています」
「独裁恐怖政治か。それは気が合いそうだな。東への道は、深い山脈と魔物によって閉ざされている。無理をして行けば兵の損耗が激しい。が、商人が交易路に使っている海岸沿いの細い道を行けばなんとか東の神聖教国に出られる。神聖教国が健在だったので侵出できなかったが、内部分裂後の今なら、損害が少なく進軍できよう。山がちなこの地では発展が望めぬ。神聖教国を踏み潰し、その先の小国を踏み潰し、平和に慣れ、外敵の備えがなっていないスパーニア王国、リュディア王国、アングレア王国を手に入れようではないか」
「皇帝陛下、一つ気になることが」
タウリス宰相が発言した。
「なんだ、言ってみろ」
「こちらで捕らえた特務からの情報ですが、分裂の原因となったのは、リュディア王国にいる巨大ドラゴンとその主人だそうです。それを神だと信じた愚か者が国を追われたり、逃亡したりしたと特務が言っていました」
ランベルト将軍が笑った。
「針小棒大というからな、大方トカゲの育ったものと詐欺師ではないか」
「ランベルトは、なにを特務に聞いたのだ。特務は一斉に逃げたと言うぞ。こちらの得た情報はそちらの特務も持っているはずだ。聞き直したらどうだ」
「役立たずの特務などとうに処刑したわ。お前のところの特務を連れてこい。俺が聞いてやる」
「それが、捕まえた特務がいい男で特務には珍しく性格も良くーーー」
「それがどうした」
「ランベルトが俺のところに、前皇后のところに居た秘書嬢を皇太子の手前クビにも出来ず、なにかと面倒臭いと押し付けて来た、その行き遅れ秘書嬢が一目惚れして相思相愛に」
形勢が悪くなったランベルト将軍。
「もう十分聞き出したのだろうから良しとしよう」
「待て、それでどうなった」
皇帝陛下の質問である。
「二人で東の森に逃げ込みました」
「お前らがそれだから俺は独裁者と言われているんだ。しっかりしろ。脱獄者と秘書嬢だ。武器もあるまい。二人はもう魔物に喰われているだろう。逃しおって」
「それはタウリスが」
「引き分けだ馬鹿者」
皇帝の悩みの一つは、宰相と将軍である。叱ると急に仕事をしだすのだが、叱らないとのんびり仕事というか、決められたことを決められた通りにやって、それが終わると時間潰しをしているだけなのである。そのくせ忠誠心は帝国一、二を二人で争っている。皇帝が宮殿から引き上げるまで宮殿内に居残っているのである。夜中にふと飲みたくなって呼び出してもすぐ来るのである。若い時から付き従って来た部下なのでお互い気の置けない仲なのである。今もいい大人がオヤジに叱られたとばかりシュンとしているのである。愛い奴らなのではある。
もう若くはない自分の男の子供は亡くなってしまった前の皇后の子一人である。それが今の皇后と大層仲が悪い。皇太子は母親が今の皇后に毒殺されたのではないかと疑っているらしい。自分の丈夫なうちに此奴らの行く先も考えておかなくては、よくて左遷、普通は処刑だろうと思う。
「陛下、これをこの間、神聖教国の先の国から来たと言う商人から手に入れました」
宰相が、小瓶を陛下に差し出す。
青毒蛇が赤丸の中で頭を雄々しく持ち上げている。白狼印と書いてある。
「夕方飲むと大層効くそうです。一晩十分効果が持続し、取っ替え引っ替えだそうです」
皇帝は、男子を今の若い皇后かそのお付きの侍女の間に作ろうと思っていたが、いかんせん年のため思うようにいかない。歯痒い思いをしていたのである。
「その商人は大丈夫なのだろうな」
「はい、神聖教国の先の国から来たと言っていました。一本しかない、これで終わりだと言うので、だいぶお高かったですが言い値で買い求めました」
「商人はどうした」
「大金を手にして大喜びで海岸道を神聖教国方面に向かったとの報告があります。それに、捕まえた特務に瓶を見せますと、間違いなく本物で、神聖教国の上層部が秘密裏に購入していると言っていました」
「そうか」
皇帝は、宰相は甘い、商人はどこかの国が放った密偵ではないかと思ったが、商人と接点がないだろう特務から本物とのお墨付きをもらったのである。夕方使ってみようと思った。
「わかった。今日はこれで後宮に行く。お前らも下がれ」
さて、後宮である。早めの夕食をとって、あれを飲んで、皇后宮に向かう。先ぶれは出した。
腰のあたりが疼きだした。腰が引ける。何も知らない侍女兵が不審な顔をしている。
「心配ない。なんでもない。元気だ」
皇后宮についた。
「あらまあ」
皇后の第一声である。すぐ皇帝を寝室に引っ張り込んだ。
取っ替え引っ替えの夜が更けていく。