143 脱出神父12人とその家族 トレーニングする
翌日、ピンポーン。
「集合ですよ。保父さんは早く出かけないと園長と若い保母さんにどやされますよ」
慌てて外に出る。ニコニコと巨木の旗を持ったツアコンさんが待っている。
保父さん連中は、あぶねえ。あぶねえ。さっさと行くぞとばかり、掛け声をかけて駆けて行った。
「いち、にい、さん、しい、そーれ」
「いち、にい、さん、しい、そーれ」
「いち、にい、さん、しい、そーれ」
「いち、にい、さん、しい、そーれ」
今日は心なしかペースが早いようである。
「おや、保父さんたちは大変気合が入っているようですね。逃げ足が早いともいいますね。さて、これから数日間ご案内しますが、この巨木の旗が目印です。付いて来て下さい。今日は、練習用の広場、シン様はグランドとおっしゃっています。グランドまでまず歩いて行きましょう」
逃げ足と言ったか、もしかしたら、こっちの方が大変なのか。
しばらく歩くと長方形の広場に出た。楕円形の線が何本も等間隔に引かれている。長辺の側の方では楕円形から線が伸びている。長辺を使う時は直線で使うらしい。
ゴードンさん、ブランコ、ドラちゃん、ドラニちゃんが待っていた。それから二百人衆だろうか何人か女性がいる。
「ではゴードンさんよろしく。私は時々見にきます。では」
ツアコンさんは消えた。なんとなくホッとする訓練生である。
「まずはクラス分けしよう。妊婦さんはドラちゃんが担当。主に歩いて体を動かす程度だ。ではドラちゃんのところに行ってくれ。お子さんたちはドラニちゃんが担当。小さくても大丈夫だ。乳児は二百人衆のお母さんに頼んで特別に来てもらっているから預ける。男は俺、ゴードンが担当だ。女性はブランコが担当だ。それではグループに分かれて始めよう。俺の担当のみんなはこっちだ」
ゴードンさんに連れられて、12人が長辺の端あたりに集合する。
「まずは体をほぐす。最初に体をほぐしておかないと、腱が切れたりして走れなくなるぞ。切れたらブランコ様だ」
右足の腱が治ってもブランコ様にうっかり左の腱を切られては元の木阿弥だ。痛いのが倍になってしまう。しっかり体をほぐそうと気合が入った。
「よし。次は駆け足だ。午前中は駆け足で終わりだ。楽だろう。掛け声はさっき聞いたな。いち、にい、さん、しい、そーれだ。線が楕円形に幾重にも引いてある。内側に行くほど距離が短くなる」
俺は内側を走ろうと、ジリジリと皆内側に近づく。
「それでは不公平だから、一番外側を一列になって走る。線と線の間を走ってくれ。それ行け」
「いち、にい、さん、しい、そーれ」
「いち、にい、さん、しい、そーれ」
「いち、にい、さん、しい、そーれ」
「いち、にい、さん、しい、そーれ」
1周した。まだ駆けるらしい。2周、3周。声がかからない。いや掛かった。
「遅くなったぞ。明日滅びの草原で魔物に食われるぞ」
4、5、6周。ブランコ様がこちらにやってきた。後ろを走って吠える。必死になって走る。10周走った。いつの間にか巨木が描かれたパラソルが立っている。
「はい、皆さん、休憩ですよ。こちらに集まってください。水を飲んでください。飲まないで長時間運動すると倒れますよ」
パラソルの下にコップが並んでいる。水が入っている。
もう長時間運動させられた気がすると思いながら水を飲む。疲れが取れるようだ。乳児には二百人衆のお母さんがポタポタと水を垂らしてやっている。
休憩時間はあっという間に終わりになった。
「駆け足組は、もう一つ必死さが足りませんね。特別にトレーニングコーチを呼びました。ではどうぞ」
ツアコンさんの後ろからノソリと魔物が現れた。大きい。四つ足だ。牛のような魔物だ。角もある。ツアコンさんを見ないようにしている。よく見ると細かく震えている。よほど怖いのだろう。
「この間からブランコの骨折治療訓練に協力してもらっている魔物です。今日駆け足に付き合えば骨折治療訓練はなしにして、滅びの草原に帰してやると言ったところ、喜んで参加してくれました。皆さんの後ろを駆けてもらいます。尻くらいなら角でつついてもいいと言ってあります。魔物君、頭はダメだよ。ではゴードンさん、よろしく」
ツアコンさんにダメと言われただけで魔物がチビった。
毎日ボキボキやられていたのか。ツアコンさんの本性が初めてわかった。恐ろしツアコンさん。
ゴードンさんも引いている。
「で、では始めるか。頭を突かれそうになったら助けてやる。もっともツアコンさんに言われたのでは魔物も怖くて尻でやめとくだろうが」
12人が我先にと駆け出す。後ろから魔物が追いかける。1周したあたりから魔物との間隔が狭まってきた。角で尻を突かれる。必死になって前に進む。抜かれてビリになったら魔物に突かれる。その繰り返し。不思議なことに抜くことはできるが、楕円の線の外には行けない。ぐるぐる回るのみ。何時間走ったろうか。もうヨタヨタである。魔物もヨタヨタ。ヨタヨタツンツン、ヨタヨタと締まらない走りをしている。
「はい、皆さんご苦労さん。昼前のトレーニングは終わりです。こちらへどうぞ。魔物もご苦労さん。滅びの草原に帰してあげましょう」
魔物が心底ホッとした顔をした。なんだか親近感が湧く訓練生である。魔物が消えてゆく。
「さて、まず水を飲んでください。飲まずに走り続けてはいけません。体に悪いです」
だれが走り続けさせたんだと思うが、一頭で小さな街なら間違いなく壊滅させることができる魔物が震えているのを見てしまったので黙っている。
「昼食ですが、だいぶ汗をかきましたね。昼食の前にシン様のスパ棟を借りましょう。スパ棟まで駆け足です。妊婦さんは、ドラちゃんに乗せてもらってください。では行きましょう」
スパ棟で汗を流し、ホールで昼食をいただいた。ホッとした時間が流れる。今日はこれで終わりだといいなと全員が思った。
「はい、休憩は終わりです。午後の部です。今度は12人とご家族さんの訓練内容が交代となります。担当は変わりません。ではグランドまで、軽く足慣らししましょう」
ブランコ様が駆けていく。かなり早い。ツアコンさんが軽いと言うのはこういうことかと体で理解するのであった。
12名はこっちだ。ゴードンさんに言われてグランドの真ん中辺りに集合する。
丸い石がゴロゴロしている。
「まずは持ってみろ」
ひとかかえくらいの丸い石である。重そうだが持てなくはないだろうと思った。持って見る。手が滑る。全く持ち上がらない。
「持ち上がらなくては話しにならん。持ち上がるまで休みなし。初め」
ツルツルコロコロ。土をこっそり付けてみたが石の中から油のようなものが滲み出てくるので効果なし。ツルツルコロコロ。悪戦苦闘すること数時間。指を思いっきり開いて全力で石を挟み込むようにしたらやっと持ち上がった。
何か音がしたので見るとツアコンさんがパラソルを立てていた。ニコニコしている。
「皆さん休憩ですよ。水を飲みましょう。玉転がしは楽しそうですね」
違うわ、と言いたいが黙っている。だいぶ学習した。
「もう少し滑るようにしましょうか。でもあまり滑るとゴードンさんのプログラムに影響しますね。皆さんのために少しだけ重くしましょう。私は親切ですから見かけは同じ大きさにしますね。では皆さん、日が暮れるまで頑張りましょう」
ツアコンさんが言いたいことを言って消えていった。
「それでは始めるぞ。まず石を頭の上まで持ち上げる。そのまま腰を落として、立っての繰り返しだ。しっかり石を持たないと頭に落ちて割れるぞ。頭が。10回1セットだ。用意、初め」
石は持てたがなかなか胸の上まで難しい。途中で落ちる。やっと頭の上まで上がったと思ったら後ろに落ちる。あぶねえと後ろから声がする。悪い悪いと言っていると、前から石が落ちてくる。
「もう少し間隔を空けたらどうだ。詰めろとは言ってないぞ」
あわてて間隔をとる。
そのうちなんとか玉を頭の上まで持ち上げられるようになった。
そのまま腰を落として、立って。途中で石がすべりおちた。
なんとか夕方までには石を頭上に持ち上げて腰を落としたり立ったりすることができるようになった。
夕陽と共に訓練は終わった。
「よくやった。明日から神国行きだ。楽しいぞ。期待してくれ」