137 モーリス侯爵始末 (3)
馬の蹄の音がする。貴族街を騎馬でかけられるのは、宰相と近衛隊長くらいだ。
宰相が近衛兵を引き連れてやってきた。
「どうしたのか」
宰相が兵に聞いた。
「この三馬鹿ハルト殿が」
「待て、三馬鹿ハルトとは何だ」
「俺はゴットハルト」
「ラインハルト」
「ベルンハルトだ」
「「「人呼んで三馬鹿ハルトだ」」」
宰相殿もずっこける。が、心に一抹の不安が生じた。ゴットハルトは何処かで聞いた名である。それに服。思い出した。帰化申請に来たハビエル殿と同じ服だ。と言うことはゴットハルトとは、明日シン様、アカ様と来るというゴットハルトか。
「それで?」
「この三馬鹿殿が」
「ちゃんと三馬鹿ハルトと言え」
三馬鹿では自分のことを言われている気がするのだ。
「この三馬鹿ハルト殿が空から落ちて来た金庫の持ち主を探そうと金庫を開けてみたところ、モーリス侯爵あての借用書、権利書、裏帳簿などが出て来ました。この金庫はそこに座り込んでいるモーリス家の執事によると、モーリス侯爵家の物ではないそうです」
「その二人三脚と引き摺られたような三人は何だ?」
ゴットハルトが宰相に説明する。
「こいつらは、侯爵が夫婦でやっている商店の奥さんを慰み者にしようと企み、夫の借金の借用書を偽造、夫を殺害、商店を手に入れ、借金の返済のために奥さんが遊廓に身売りしたことにして手に入れようとした、一連の行為の実行者だ。どうしたわけかこの金庫の中に侯爵宛の偽造借用書、取り上げた店の権利書など証拠書類が入っていた」
「どうしてゴットハルト殿が関係して来るのだ」
「奥さんのお子さんがスパエチゼンヤの託児所を欠席していて俺たち保父が様子を見に自宅に伺ったところ、たまたまこの二人三脚殿と引き摺られ三人組が現れて、自主的に縛られて侯爵邸に案内してくれたのだ。そうだろう?」
謎の圧力を受け、思わず頷いてしまう二人三脚と三人組。
「本人たちがそう言っている」
脅したんだろうと宰相殿は思うが、殺人犯を脅しているのだからいいかと思う。
「この金庫はどうやったらこういう状態になるのだ」
「ベルンハルトがショートソードで切れ目を入れ、ラインハルトが蹴りを入れたら扉が吹き飛んだ。軟らかいな。金庫の役をしないぞ」
これが軟らかいのなら王宮の宝物庫の扉も簡単に切り刻まれてしまうのだろうな。シン様が関係すると碌なことにならないなと宰相殿の心配がまた増えた。
「それで、そこに寝ている3人組の右手首が紫色になって腫れているのはどうしたのだ」
「それか。ドスを取り出して構えたら、ドスが重くて手首が耐えられなかったらしい。軟らかい手首だ。そうだな」
グーパーしている三馬鹿ハルトを見ると、左の手首も危ないと思え何も言えない。頷くのみ。
「宰相殿、そういうことだそうだ」
「左手首も失わないように少し鍛錬したほうがいいぞ」
コクコク首を縦に振るしか道がない寝ている三人組。
「じゃ俺たちは戻るから。偽造とわかったから偽造借用書はそちらにやろう。店の権利書の名義はまだ変わっていないようなので貰っていく。あと旦那の命代と慰謝料は金貨でもらっていく」
「わかった。金庫はデカくて重そうだ。少し細かくしてくれ」
ゴットハルトの手にショートソードが握られる。2回煌めいた。
ベルンハルトとラインハルトが一回ずつ蹴りを入れる。金庫は上中下に3分割された。
あんな切れ味のショートソードなど世の中にない。硬い金庫が軟らかいだと、それを蹴飛ばすか。こいつらは危ない連中だ。すでに人外だ。ゴットハルトとか言うヤツは明日シン様と一緒に来るのか。侯爵もこいつらに関わらなかったら長生きできたものをと思う宰相。待てよ、と言うことは30人全部この調子か。人外30人衆。まさかハビエル殿まではな。いやあの馬の強さからしてありえるかもしれない。人外31人、馬一頭か。また胃がひどく痛くなってきた。今やれることをやろう。
「近衛兵、モーリス侯爵邸を閉鎖。誰も外に出すな。理由は侯爵殿もよくご存知だろう。そこの執事殿も一緒に来てもらおう。応援を呼んでこの重い証拠品を運べ」
「奥さんになんて言おうか」
「そのまま言うより他にないな」
「そうだな。辛いが神父の役目か」
あばら屋に着いた。ドラちゃんが子供を乗せて走り回っている。
「奥さん。旦那さんは亡くなったそうです。これは商店の権利書です。取り返してきました。それに、これは旦那さんの補償金、これは奥さんへの慰謝料です」
店の権利証と金貨を渡した。子供が働き始める頃まで10年くらいは何もしなくても大丈夫だろう。
奥さんの目から涙が溢れる。
「そんな気がしていました。もう会うことも叶いません」
「これからどうなさる?」
「商店はもどってきましたが、私一人では出来ません。スパエチゼンヤの銭湯で引き続き働かせていただければと思います」
「そうか、住むところもどうするか。エチゼンヤさんに相談してみるか」
「スパに戻るが、荷物はあるか?」
「ほとんど何もありません。リュック一つに納まるくらいです」
「じゃ、荷造りしてくれ。この家は借りているのか?」
「借りていましたが、貸主はさっきの縛られた3人のうちの一人です。最初から企まれていたのですね」
「そうか、それではここはそのままでいいな。坊主は、ドラちゃんに乗ったままでもいいぞ」
奥さんが初めて少し笑った。
「女の子です。リリアナといいます。悪い人が来たりして危ないので男の子の格好をさせていました。荷造りはすぐ済みます。少し待っていてください」
キュ、キュと侯爵邸の屋根を吹き飛ばしたドラニちゃんが帰ってきた。
荷造りが済んでリュックを背負ったロシータさんとドラちゃんに跨ったリリアナちゃんを連れて、最初に商店に行ってみる。鍵がかかったままで誰もいないようだ。
張り紙をしておこう。
『この店は、モーリス侯爵からロシータさんが取り返した。宰相殿が確認済みである。立ち入るものあれば三馬鹿ハルトが相手する 三馬鹿ハルト』