第1話 パートナーは殺し屋界最強の男ってまじ..
「ようこそクリーンアップFalconへ! 依頼通りに人間をささっと掃除するだけだから気楽に行こうぜ!」
僕は今猛烈に焦っている。上司からの過度なパワハラで会社を辞めた僕は、転職サイトで見つけた清掃会社「クリーンアップ Falcon」と言う会社を見つけ、学歴も地位もない僕はその会社に転がり込んだ。しかし、この清掃会社は僕の思っていたものとは少し..いやかなり違っていた....
「えっとぉ..業務内容は清掃だって..?」
「あぁ? れっきとした清掃じゃねえか、依頼人のお望み通り標的を片付ける。これのどこが清掃じゃねえってんだ?」
この人の名前はファルコンと言うらしい。名前からして何となく察しはついたが、僕は冗談混じりにファルコンさんに言った。
「標的を片付けるって..殺し屋じゃないんですから..あはは..」
「いや、うちは殺し屋だぞ?」
「え?」
僕は言葉を失った。どうやら清掃は清掃でも普通の人間が思っているのとは全くの別物だったようだ。話を断りたい所だが、野生の熊をワンパンしてしまうんじゃないかと言わんばかりの図体で、スキンヘッドにサングラスのおっさんにそれを言う度胸は僕には無かった。しかしこのままではお天道様に胸を張れない人間になってしまうのでそれとなく断る事にした。
「で..でも僕..人なんて殺したことないですし..やっぱりこの会社は向いてないかもしれませんね..!」
ファルコンさんはズ太い葉巻を咥えながら僕を睨み言った。
「心配はいらねえさ、額めがけて銃弾ぶっ放すだけよ。子供にだってできるさ。いや、子供にチャカは重てえか? だっはっはっ!!」
なんか冗談を言ったみたいだが笑えない。しかもチャカって何? 拳銃? とりあえず俺は苦笑いをする事にした。
「はは..あはは..」
すると、高笑いしていたファルコンさんも真剣な表情に戻り、僕に言った。
「まあお前も初めての任務だしな、一応パートナーを雇ってある。パートナーとの落ち合い場所は東京都港区××倉庫だ」
「パートナー..ですか..?」
僕の意思とは裏腹に話はどんどん進んでいく。
「そうだ。どんな奴が来るかは知らんがな..もしかムンバだったりしてな(笑)」
「ムンバ..?」
ファルコンさんは冗談混じりにそう言うが、ムンバと聞いても、今ネットで話題のお掃除ロボットしか頭に浮かんでこない。僕はファルコンさんに聞いた。
「ムンバってお掃除ロボットの事ですか?」
「おま..ムンバを知らねえのか?! 今や都市伝説とまで言われてるムンバをか?!」
ドラえもんを知らねえのか?! くらいのノリで話されても全然ピンと来ないのは僕だけではないはず。しかし、ここまで来るとそのムンバというのがとても気になるので詳しく話を聞いてみる事にした。
「すみません..全然分からないです..」
「コッチの業界で最強と言われてる殺し屋のことさ..奴が事を終わらせた現場は埃一つ無いと言う。どんな無理難題な依頼も正確且つ華麗にこなす事から、殺し屋界ではお掃除ロボットムンバと呼ばれるようになったのさ」
もっとカッコいい異名を想像していたが、まさかお掃除ロボットだと言われているとは、この都市伝説とまで言われた殺し屋はどう思うだろうか。 変なことが気になってしまったが、僕は話を戻した。
「男の人なんですかね?」
「いや、そこまでは分からん。未だかつて奴の素顔を見た奴は居ないと言われてるからな..もはや存在してるのかどうかも怪しい程だ」
「じゃあどうやって依頼を..?」
「ムンバ宛に依頼の手紙を送るのさ」
この時代に文通とは、少々時代遅れのような気もするが、とりあえずこのムンバと呼ばれる人は殺し屋界ではとんでもない人ということだけは分かった。
(まあ、さすがにそんな都市伝説級の人と組むなんてことはないでしょ)
結局、断り切る事が出来なかった俺は、ファルコンさんに流されるがままパートナーの待つ××倉庫に来ていた。
「はぁ..このままフケちゃおうかなぁ..でもあの人にバレたら地の底まで追いかけてきて、最終的には多摩川の魚の餌にでもされるんだろうな..」
僕は落ちていた空き缶を蹴飛ばしながらそう呟いていた。すると、黒いセダンが数台、倉庫に入ってきた。カーウィンドウは真っ黒のスモークが貼られ、いかにも怪しい感じだ。僕はすかさず物陰に隠れた。
「おいおいなんだよあれ..闇の取引でも始まるってか..?」
黒いセダンから数人の男が降りて来る。しかも1人は銀色のアタッシュケースを持っている。嫌な予感しかしない。
「ラムネ10kg..確かに届けたぞ..」
「お宅の組織はいつも行動が早くて助かる..」
アタッシュケースを持っていた男はおもむろにそれを開けた。中には白い粉が敷き詰められている。これは完全にドラマとかでしか見たことないアレだ。僕は即刻にこの場から立ち去る事を決断し、忍び足で足を進めた。しかし、ドラマとかで割とありがちな最悪の出来事が起きた。
(カシャンッ!!)
この場から逃げる事に夢中になっていた僕は、足元に落ちていたガラスの破片に気づかなかったのだ。見事にそれを踏んだ僕は、この取引現場に盛大な物音を鳴り響かせた。
「誰だ?!」
「サツか?!」
ざわつき始める取引中の男たち。僕は恐怖のあまり動けないが、男たちはどんどん僕の元に近づいて来る。もはや逃げ場の無かった僕は、苦し紛れに叫んだ。
「向こうのスーパーで、コロッケ半額だって!!」
苦し紛れに出た言葉は、夕方夜ご飯の買い物に来る主婦にしか伝わらない言葉だった。恐らく昨日、それを聞いた主婦たちが血眼になってそのスーパーに向かっていく様を見たからだろう。僕は間違いなく死ぬと確信した。
「あ? 舐め腐ってんのか?」
「体の風通し良くしてほしいらしいな..」
「ケツの穴増やしてやんよ」
なんかとても怖いことを言っている気がする。しかも男達はおもむろにスーツの内ポケットから拳銃を取り出した。その時俺は思う。
(あーあ..23年間生きてきたけど..何も良いことなんて無かったなぁ..学生時代はクールとコミュ障を履き違えてただの暗い奴みたいになってたし..就職したと思ったら上司のパワハラは酷いし..いっその事ここで死んだ方が楽なんだろうか..? 強いて言えば彼女欲しかったなぁ..)
そして僕は静かに目を瞑った。しかし、投げやりになり諦めかけたその時、突然怖い男達の中の1人がその場で倒れた。あまりに突然の出来事に、周囲はざわついている。
「おい! 拓郎!? 何が起こった?!」
「見ろ! 心臓を鉛で撃ち抜かれてるぞ!」
「いや待て..拳銃の音..しなかったよ..な..!」
その時、黒い影のようなものが僕の前を横切った事に気付いたと同時に、話していた男が突然倒れだした。そしてみるみるうちにその場にいる怖い男達は気を失ったかのように倒れていく。それはまるで花びらが一枚一枚散っていくかの様な儚さと美しさを覚えてしまうほどだ。
「....一体何が起こったの..?」
辺りは一瞬にして沈黙になる。聞こえるのは僕の心臓の音と吐息くらいだろうか。その時だった、背中に何かを当てられたような感触とともに、耳元で誰かの囁く声が聞こえた。
「名前は? 生年月日は? 誰の依頼だ? 3秒以内に答えられないのならお前の背中にでかい風穴が開くぞ..」
僕はテンパりながらも答えた。
「え..えと..佐江那 伊男です..!生年月日は平成10年の10月14日で..ファルコンさんにここにパートナーが来ると聞いて来ました..!」
「よし..なら好きな食べ物は..?」
好きな食べ物を聞いてどうするのだろうかと疑問を抱いたが、僕は答えた。
「オムライス..ですかね..!」
「よし、本人だな..」
どうやら本人確認の為だったらしい。というか何故僕の好きな食べ物を知っているのだろうか。そんな疑問も抱かせてくれる余裕もくれず、男は質問を投げかけてくる。
「お前が先週いった都内の漫画喫茶で見ていた動画は『新妻との熱い夜』だったな?」
「そこまで聞きます..?」
いやちょっと待て。何故先週マン喫でAV鑑賞している事を知っているのだろうか? しかも先週ならもはや僕はあの会社に入社していない。恐怖のあまり声が出ないが、男が僕の背中に当てている拳銃の力が少し強くなった。
「そうです..! 『新妻との熱い夜』です..!」
公然の場で先週見たAVのタイトルを叫ばされるというのはコッチの業界で流行っている拷問なのだろうか。ここまでの羞恥はさすがの僕も耐えられないので、死ぬ覚悟で思い切って男の顔を見て一言言ってやる事にした。
「貴方誰なんですか..?! って..ん?」
男の顔を見た時、僕がファルコンさんにこの近くまで車で送ってもらっている時に聞いた話を思い出した。
『でもそのムンバって人、素性ひとつ見せないなんてかなり用意周到な人なんですかね?』
『かなり注意深い奴なんだろうな、ちらっと聞いた話じゃ、左頬に熊に引っ掻かれたような三本の傷跡があるって話だ。まあそれもどうせ誰かのガセなんだろうがな』
そう。男の左頬には熊に引っ掻かれたような三本の傷跡があったのだ。まさかと思い、僕は男に尋ねた。
「もしかして..お掃除ロボットのムンバさん..?」
「お掃除ロボット..? まあ、『来た時よりも美しく』は俺のモットーだな。俺が事を終わらせた後の現場は埃一つない事で有名だ」
絶対にこの人だ。まさかこんなに綺麗にフラグを回収するとは..生きる都市伝説を前に呆然と立ちすくむ僕に、男は言った。
「お前が俺のパートナーだな? 俺の名前は颯陸 翔だ。ちなみにだが今までに何人殺ってきた?」
衝撃的な名前に驚く隙もなく、さらに衝撃的な質問をして来る翔さんに僕は答える。
「いや..殺したことは一度も無いです..」
僕がそう言うと、翔さんは数秒僕を睨みつけた後、小さく笑い言った。
「ふっ..殺しをやった事がない殺し屋か..面白い..よろしく頼むぞ、伊男!」
なんか良く分からんが気に入ってくれたようだ。そんなこんなで、これが僕と翔さんの出会いであり、奇想天外な日常の始まりだった....
(はぁ..僕どうなっちゃうんだろう..)
読んでいただきありがとうございます!