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9 魔法と腕輪

 クロ兄が机に向かって真剣な顔で何やら読んでいる。机の上を見れば、分厚い本が広げられていた。

 この世界では、紙は本当に貴重だ。紙を使えるのは上流階級と王都の学校だけで、平民が普段目にすることはできない。俺は珍しい光景にわくわくしながら、クロ兄の隣に座った。


 本を覗き込めば、書かれていた文字は見たことのない文字だった。クロ兄は、このアメトリン王国の言葉以外の、隣国のディアマン帝国やクリスト聖国、ペルル王国の言葉を教えてくれている。となると、この文字はどの国のものではないということだ。


「……アル、これはね、古代文字なんだ。主に魔法陣を描くときに使う」

「まほうっ!!」


 俺は思わずガタンと大きな音を立てて立ち上がっていた。このスラム街では、魔法を使う人は居ない。俺が見たことのある魔法は、スラムに捨てられる前に見た、兄の火の魔法だけだ。クロ兄は、俺たちには魔力があると言っていた。しかし、俺はクロ兄が魔法を使っているのを見たことがなかった。なんとなく、聞くことを避けていたのだ。


 クロ兄が魔法の本を見ている今なら、聞いても良いんじゃないだろうか。魔法は、前世には存在しなかったモノの中でも俺が一番憧れていた。今の俺は期待に目を輝かせていることだろう。


「ねえくろにぃ、おれにもまほうってつかえる?」


 クロ兄は、そんな俺を見て苦々しい顔をした。そして、聞かされた言葉はとても残酷なものであった。


「残念だけど、アルには魔法は使えないんだよ」

「へ?」


 俺は、あまりの衝撃に口を開けたまま固まってしまった。俺の夢がガラガラと音を立てて崩壊していくような気がした。


「そんなぁ……」


 俺はへなへなと崩れ落ちた。確かにスラム街にいて、魔法を使える人間の方が少ないんだって分かってるけどさ、魔力があるって聞かされてたんだから期待しても仕方なくないか? 


「アルがつけているその腕輪、魔力封じの闇魔法が掛かっている」


 クロ兄に言われて、俺は左手首を見た。そこには、植物の蔦が絡まったみたいなデザインの、金の腕輪が嵌まっていた。生まれてから気が付けば既にそこにあったものだ。生まれたときに、何か左手首を触られたような気がするので、その時だろうか。当たり前のようにあってなぜか外れないから、なんというか、この世界ならではの、なんかそういうものだと思っていた。ずっとつきまとってきたこの金属が、急に非常に忌々しいものに思えてきた。


「なんとかしてはずせないの!?」


 俺はクロ兄に詰め寄った。しかし、クロ兄は静かに首を横に振った。


「闇魔法を消せるのは、魔法をかけた本人だけといわれているんだ。……アル、闇魔法の使い手には決して関ろうとしてはならない。魔法は残念だけど諦めなさい」


 闇魔法というのは、魔法の中でも非常に特殊なものであり、使い手も少なく、分かっていないことが多い。


 クロ兄いわく、魔力というものは、完全に血筋に由来するのだという。王族や貴族は魔力に生まれつきの適性があることが多く、それは、火、風、水、土の基本の4属性と、木、雷、金などの派生属性である。王都にいる平民のように、魔力を持つ平民は少数いるが、適性の属性を持たないことが普通であるという。平民で何かしらの適性の属性を持っていた場合、必ずどこかの貴族の血を引いているともいわれている。


 例外に当たる魔力の適性もある。光魔法と精霊魔法の適性だ。精霊魔法は、精霊の祝福を受けその精霊と契約をした人間が適性を得る。また、光魔法は、光の精霊の祝福を受け契約し、この国で祭られている女神、シャルム様の寵愛を受けた人間が適性を得る。つまり、光魔法は精霊魔法の一種だってことだ。


 しかし、聖魔法と闇魔法については「魔法」と名がつくものの、使っている力は魔力とは別物ではないかと考えられているらしい。聖魔法は「祈る力」、闇魔法は「呪う力」を使うという説が一般的なのだそうだ。

 特に、闇魔法については、多くの人間の命を魔法陣に捧げさせることで、闇の力を得るという話がまことしやかに囁かれており忌み嫌われているため、使い手がいたとして名乗り出ることは決してない。


 俺はガックリと肩を落とした。少しというか、かなり期待していた魔法だったが、俺が誰かに呪われているだなんて考えると、ひゅっ、という音が喉から出そうだ。俺、何か恨まれるようなことしただろうか?生まれてそんなに経たずに捨てられたんだが?いつの間にか、体が呪いに蝕まれていました、だなんてことないよね!? 


 俺がそんなことをつらつら考えながら唸っていれば、クロ兄は再び本を読み始めていた。俺は床に寝転がりながら、クロ兄の背中を見つめていた。


「……おそらく俺のものと同じだな」


 クロ兄の小さな呟きを俺の耳が拾った。腕輪の話だろうか。まじまじとクロ兄の両腕を見てみたが、何も無かった。視線をクロ兄の足先へと移したところで、俺はそれを見つけた。クロ兄の右足首に、俺と全く同じデザインの金の輪が嵌っていた。


 クロ兄は、たぶん闇魔法の使い手を知っているのだろう。だから関わってはならないと分かるのだ。

 俺は、クロ兄が王都にいた頃のことは何も知らない。少しだけ聞いたあの時も、泣きそうな顔に見えたのだ、俺はそれを聞こうとは思わない。クロ兄が言わないのなら、知らなくていいことだ。


 俺はクロ兄の隣で本に書かれた古代文字を眺める。何が書いてあるのか全く分からないが、なんだかカッコイイのだ。


 クロ兄がページを捲る。そこのページいっぱいに描かれていたものを見て、俺は目を見開いた。魔法陣だ! 複雑な模様で埋めつくされている。俺の中の好奇心がむくむくと膨れ上がるのを感じる。


 やっぱり俺は、魔法への憧れは捨てきれないのだ。前世では、ゲームをしたりアニメや漫画を見たりしながら、憧れるだけの存在だった魔法。それがこの世界には存在する。俺が使えないのはとっても悔しいが、今俺が目にしているこの魔法陣は創作上のものでは無い、実際に使うことのできるものなのだ。どういう仕組みなのだろう、そう思うだけで興奮する。


「くろにぃ! つかえなくてもいいからさ、おれ、まほうのことしりたい!おしえてください!!」


 俺は、興奮したままクロ兄に言う。クロ兄はそんな俺をなんとも言えないような顔をして見ていたが、やがて微笑んで呆れたような口調で言った。


「……わかった。なんだか君ならそう言うような気がしていたよ……」

「やった!」


 俺は両手を上げて喜んだ。俺はこれから魔法について学べるのである!






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