8 おそろい
その日の晩、買ってきたパンを食べながら、街でのことをクロ兄と話していた。そのとき、俺は不意に気になっていたことをクロ兄に尋ねた。
「ねえ、くろにぃ。めがむらさきなのはよくないこと?」
クロ兄は、厄介だ、という表現をした。
俺は、スラム街を一人で歩くときに目を隠していたが、ずっと珍しい色の瞳が珍しいので捕まって売られてしまうからだと思っていた。
でも、街に行くときにクロ兄がそう言ったのはおかしいような気がする。クロ兄と一緒にいるのに、俺を売って金にしようとする奴がいるだろうか。それに、クロ兄の言葉にはそれ以上の意味があるような気がしたのだ。
「そうだねぇ……」
クロ兄はどうするべきか、悩んでいるようだった。
「アルは、将来どうしたい? 何をしたい?」
「え?」
「つよくなって、まもれるように……えっと……」
俺は言葉に詰まった。
強くなって、守りたいものを守れるように、…奪われることが無いように、失うことが無いように。そう漠然と思っていた。このスラム街で終わりたくない気持ちはある。でも、思い描ける明確な未来は無いような気がする。
「くろにぃは? おれ、くろにぃとずっといっしょにいたい」
今、俺に言えるのはそれだけだ。クロ兄にはいっぱい貰っている。だから、いつか恩返し出来ればいいなと思うのだ。
「それは……俺はそれを望まない、かな」
それは絞り出すような声だった。
「アルは、将来このスラム街から出た方が幸せだと俺は思っている。君だってここで一生を終えようとなんて思っていないだろう」
クロ兄は、諭すように言った。
「俺は、……罪人だ。4年前に、王都から追放された」
クロ兄は、二度と王都には戻ってこないことを理由に死罪を免れ、追放となったのだという。このとき、多くの大切な人が処刑された。それでも、クロ兄に生きていて欲しい人がたくさんいて、追放になったのだという。
「本当は、俺はあそこで死んでしまいたかっんだよ。でも、俺は生かされてしまった」
もちろん、初めは、二度と王都に足を踏み入れるつもりは無かったのだ。しかし、魔の森で瀕死の怪我を負った冒険者に出会った。安定した職がなく、危険な冒険者になるしか無かったのだという。
冒険者は、その強さから有名になったという人の話をよく聞くが、それに至るまでに死ぬ人がとてつもなく多い。冒険者を始めた人は、1年で半分に、5年もすればその3分の1になる。
それを知ったクロ兄は、1ヶ月に1度だけポーションを作り、ギルドへ届けに行くようになった。少しでも生き延びることができる人が増えて欲しいという、ささやかな願いからだった。
「アル、俺はここから出ることはできないよ。それに、俺と居たってことも言わないほうがいい」
ごめんね、とクロ兄は言った。その青い目が、泣いているみたいに見えた。
「紫の瞳は、良くないことだとは言わないよ。だけど、……君が将来望まないことに巻き込まれるかもしれない。君がここにいるってことは、つまり……そういうことなんだろう。だから、隠して置いた方がいい」
そう言って、クロ兄はかけていた眼鏡を外して見せた。その瞳は、
____紫だった。
俺は、急に告げられた情報が多過ぎて、見てしまった光景が衝撃的過ぎて、なんて言ったら正解なのか、頭の中がいっぱいで分からなかった。だから、
「おそろいだね」
口をついて出たのは、なんとも言い難いただの感想だった。本当に配慮も何も無い言葉だったと思う。
それを聞いたクロ兄は、顔を左手で覆っていた。
「はは、……そうか、おそろいか」
クロ兄は俺を抱きしめた。その肩が、震えていたことを、俺は一生を忘れられないだろう。
「アル、君はしあわせに、幸せになるんだよ」