7 王都の街で
水が張られた桶をのぞき込む。そこに映るのは、銀色の髪に紫色の瞳をした幼い子供だ。つまり、今の俺の姿である。
以前の俺ならば、将来が有望そうな顔だ、だとか呑気に思っていたところだが、問題がある。
この紫色の瞳だ。
あの男たちによると、この瞳の色は珍しい色であり、「売ったらしばらく食っていける」らしい。要するに、このスラム街でそういう奴らに捕まったら売られるってことだ。奴隷? 冗談じゃない。
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「まちって、おれたちはいれるの?」
比較的綺麗な服に着替えながら俺はきいた。
「ああ。俺たちには魔力があるからね」
魔力がない人は、結界に弾かれ城壁の中へと入れないらしい。王都では平民でもわずかだが魔力があるらしく行き来ができるが、スラム街の人々は魔力がないから城壁にすら触れることが出来ず、弾かれるのだそうだ。
王都の中には、この国の平民が6歳になると通うという大きな学校と、仕事がない人のための職業訓練所があるという。
学校では読み書きや計算、生活魔法などの基本的な知識を学ぶのだ。王都から遠い領に住む者は王都まで移動する金が無く、全ての国民が通うのは難しいようだが、誰でも無料で授業を受けることができる点では、前世の義務教育が思い出される。
7年前に、この学校と職業訓練所が出来たことで、多くの人が集まり、王都は一気に栄えたのだという。出来た当時は、魔力がある者もない者も同じように教育や訓練を受けられたのだが。
しかし、ここ4年程前に王家によってこの結界が張られた。これにより、魔力のない者は王都に入れなくなった。そして今では、王都の人間とその他の魔力のない人間の格差が広がるばかりだ。王都では少数の魔力のない人間は、差別の対象となる。
クロ兄は、箱型の小さな鞄にポーションを入れる。今回、俺が作ったハイポーションは置いていくので19本だ。明らかに19本も入る鞄じゃないのにするすると入っていくので、俺はそれをじっと見た。
「ははは、これは収納箱の一種だよ。仕組みが未だに判明していない魔道具だね」
クロ兄は仕組みを調べたそうにしている。珍しくギラギラした目で収納箱を見つめていた。
「ところで、のこったやくそうのえきはどうするの?」
俺は昨日作って放置されていた鍋を指さした。ポーション瓶が足りなくて、ポーションに出来なかったのだ。
「残念だけど、捨てるしかないね。ポーション瓶でなくては保存もできないしねぇ。畑に撒いたら土壌改良にいいんだけど、ここには畑がないからね」
畑にポーションを撒いたら、植物も回復したりするということだろうか?
「さて、行こうか、アル」
クロ兄は俺に黒いローブのフードを被せた。
「決してその瞳を見られてはいけないよ。珍しい色だからね。見つかると厄介だ」
「……うん」
俺が返事をすると、前触れもなくクロ兄は俺の体を持ち上げた。
「おれ、あるけるよ!」
「いいじゃないか。街は広い、これからたくさん歩いてもらうよ」
俺は慌てて言ったが、クロ兄は聞いちゃくれなかった。楽しそうに笑っている。
城門の前に着いた。軍事施設のように、城門には兵士がいた。俺はクロ兄と手を繋いで城門を通る。結界と聞いていたので、もう少し通ったら分かったりするのかと思っていたのに難なく通れて少し拍子抜けだ。いや、通れなかったら困るんだけど。
王都の街は、俺の想像以上だった。大通りはたくさんの人で賑わっており、色々な声が飛び交っている活気のある場所だった。建物もとても綺麗で、ボロ屋が連なるスラム街とは比べ物にならない。
俺が周りを見渡していると、クロ兄が進んでいってしまう。クロ兄からはぐれたら迷子になりそうだ。
クロ兄がまず向かったのは、冒険者ギルドだ。俺が想像していたのと同じ、いかにも冒険者ギルドって感じだ。一階は酒場を兼ねていて、少し柄の悪そうな冒険者達が、まだ昼だというのに酒を飲んでいた。
「クロさんじゃねぇーか」
「お久しぶりっす、クロさん!」
冒険者の中ではクロ兄のことを知っている人たちもいるようだ。何人かがクロ兄の足元にいる俺を興味深そうに見てくる。瞳のこともあるので俺はフードを深く下げた。
「クロさん、子供拾ったんすか?」
一人が俺を指さして言った。
「いいや、家族が出来たんだよ」
「マジで!? クロさんに実は子供ががが!?」
「いつの間にっすか!?」
冒険者たちは、クロ兄の言葉を聞いて騒いでいたけれど、俺の耳には入らなかった。
家族、かあ。クロ兄は俺の家族。自然と俺の口角は上がっていた。
「ポーション19本ですね。1本につき銀貨2枚なので銀貨38枚になります」
受付でクロ兄がポーションを渡すとそう言われた。この世界のお金は、
金貨1枚=銀貨12枚、銀貨1枚=銅貨4枚
なのだそうだ。ただし、金貨は平民では滅多にお目にかかれない。
「ポーション瓶を買っていきたいのですが、ありますか?」
「はい、25本ありますがどう致しますか」
「全て買わせていただきます」
「それでしたら、ポーション瓶1本銅貨3枚ですので、銀貨18枚と銅貨3枚ですね」
要するに、今回の収入は銀貨19枚と銅貨1枚であるということだ。ポーションの素材集めもあるので、これで今月生活しなきゃいけない。
続いて、今週分のパンを買いに行く。
俺たちはいつも、丸くて平らな、クロ兄の両手に収まるぐらいの小さなパンを1日1個、2人で分け合って食べている。
茶色くて硬いパンで、俺の顎では噛めないので水に浸して食べている。味はなんというか、うん、穀物だ。あと、酸っぱい! 前世のパンとは別物だと思う。毎日、パンにありつけるだけ幸せなのだと知ったので、文句は言えないが。
「パンが焼けたぞ~! パンが焼けたぞ~!」
ちょうど、パンが焼けたころだったようで、パン屋らしき人が叫んでいる。パン屋には長蛇の列が出来ていた。俺たちもそこに並びに行く。
パン屋のある通りは、特に人が多い。背の低い俺に、人々はあまり気が付かないらしく、何度もぶつかった。フードが外れそうになるのを抑えながら、やっと列の最後尾にたどり着いた。
「パン1個、銀貨2枚だ」
高い! 恐ろしく高い! 今月の収入ではパン9個しか買えないぞ。というか、パン1個とポーション1本が同じ値段と言うことか? これはパンが高いのか、ポーションが安いのか、どっちなんだろうか。
「パンが高いんだよ」
クロ兄は俺が考えていたことを察してそう言った。
「今年が凶作だってのもあるけれど、ここ2年で値段が2倍になってるね。王都のパンは王家の利権が関わってくるからね。……うーん、不正だな。……それに、ポーションは軍需品でもあるから、売値の制限が厳しいんだ」
どこの世界にも不正というものはあるらしい。クロ兄は静かに怒っているように見えた。
結局、俺たちはパンを4個買って帰ることにした。
「また、ポーションを作る数を増やさなきゃなんないね」
帰り道、クロ兄はそうぼやいていた。