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5 母さんのこと

「まあ、今日はもう遅い。これも何かの縁かな。ついておいで」

 銀髪のその青年は、そう言って歩き出した。知らない人にはついて行っちゃダメなんだよ、という小学生のときに教わるような文言が頭の中に浮かんだが、このまま置いていかれるのも嫌なので、慌ててその背中を追いかけた。


 何とか置いていかれないように頑張って足を動かす。そのはずなんだが、距離が離れていっている気がする。歩幅が違い過ぎるのだ。

「ああ、悪かったよ。見た目の割にしっかりしていそうだったから」

 振り返った青年は、俺をあっさりと抱き上げて歩く。俺は慌てて青年の首にしがみついた。


 冷たい夜風に当たっていたからだろうか。青年の体温がとても心地いい。いつの間にか、青年の腕の中で眠ってしまっていた。いろいろと限界だったのもあるかもしれない。






  ――――――――――






 目を覚ますと、俺はベットの上だった。藁の香りがする。決して質のいいものとは言えないが、俺はベットで寝るということを随分していなかったなと思った。


 どうして自分がここにいるのか、と考えたところで、昨晩会った青年のことを思い出す。おそらく青年はここに住んでいるのだろう。


 青年はどこにいるのかと辺りを見渡してみた。

 壁、天井、床とどこもしっかりとした板張りだ。粗末ながら、暖炉もあって火がついている。ベットの横には、小さな机と小さな椅子があった。机の上には、1冊の本と大量に積まれた紙がある。生まれてから、文字も紙も俺は見たことがなかったので、驚いた。


 俺が母さんと暮らしていた、床もない崩れ掛けの小屋とは違うな、と思ったところで涙が出てきた。


「あ、起きたかい?」

 扉が開いて入ってきた青年は、泣いている俺を見てぎょっとしたような顔をした。慌てた様子でベットの横に座って俺の顔を覗き込んできた。

 俺はとりあえず連れてきてくれたお礼を言わないと、と考えて慌てて涙を拭った。


「あの、えっと……ありがと」

 俺がそう言うと、困ったように俺を見ていた青年がにっこりと微笑んだ。

「うん、どういたしまして。ええと、俺はクロードという。クロと呼ばれることが多いかな。ここに4年ほど暮らしている」

「……おれは、アル」

 何を言えばいいか分からなかったので、とりあえずそう答えておいた。


「よろしくな、アル」

「……よろしく。……えと、くろにぃ?」

 俺は呼び方に迷ったが、そう呼ぶことにした。歳相応という感じのほうがいいだろう。クロ兄は、微笑ましそうにしている。




「……えっと、それでだね。話せそうなら、……君があの場所にいた理由を教えてほしい、かな」

 クロ兄は言いずらそうにしていたが、それを聞かれることは俺の中で予想されていたことで、目を覚ましてから覚悟していたことであった。だから、何を言うべきか考えて、用意していた説明があったはずだった。


 でも、いざ話そうとすると上手く言葉が出てこないのだ。

 あの光景が頭から離れない。あの衝撃が、あの恐怖が、あの憎しみが。昨日まであった当たり前の日常だった。今日の朝も聞こえるはずだった、今ここにはない母さんの声。

 俺は、はくはくと口を動かしたが、音にならなかった。


「……ごめん。答えなくてもいいんだ」

 クロ兄に涙を拭われて初めて、俺は泣いていたことに気がついた。クロ兄は俺の頭をわしゃわしゃ撫でながら立ち上がった。


「大丈夫だから、な?」

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、俺は何故かクロ兄の服の裾を掴んでいた。

 大丈夫、は母さんの口癖だ。だから、何となく聞きたくなかったのかもしれない。




「……あのね、かあしゃんがしんじゃったのっ」

 母さんは本当の母親じゃなかったけど、自慢の母さんだった。優しくて、いつも俺を大切にしてくれた大好きな自慢の母さんだった。


「おおきくなって、つよくなって、かあしゃん、まもりゅって」

 一番守りたかった。でも、襲われたとき、怖くて動けなかった。逃げてきた。そんな自分が嫌だ。

「でも……」


「……いきてって、ゆわれたの」




 クロ兄は、たどたどしくてめちゃくちゃな俺の話を頷きながら聞いてくれた。

「……そうか。アルは託されたんだね」

「……なにを?」

「生きて、君の母上の分まで幸せになるってこと。次は、君が一番大切だって思った人を守ってあげてってことさ」

「そっか……」


 それで納得するのはまだ難しいけれど、いつかそんなふうに思うことが出来たらいいなと思った。

「じゃあ、おれ、つよくなる。だいじなひと、まもれるよーに」

 俺は高らかに宣言したのだった。






 ――――――――――






 後に、俺はクロ兄と1つのお墓を作った。家の裏に少し大きな石を置いただけのものであったけれど。

 俺はそこに、摘んできた小さな花を供える。


「かあしゃん、みててね」






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