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16 テネブル草

 アシッドスライムが出てきており、薬草が見つかる可能性が高いとはいえ、ルメド草は貴重な薬草だ。すぐに見つかるとは思えない。見落とさないように地面を見つめていれば、ふと向こう側にキラキラと光っている場所を見つけた。


「なんかひかってる!」

 クロ兄の手を引いて俺は走り出した。そこは、大きな岩が並んでいて、その隙間から光が漏れ出ているようだった。近づいてみると、僅かに水が流れて出ていた。水を両手で掬ってみれば、辺りは暗くて太陽光なんてほとんど入って来ないはずなのに、光を射したように淡く光っている。


「お手柄だよ、アル。それは精霊水だ」

 霊脈から流れてくる水を精霊水という。これも、ポーションの材料として必要なものの一つだ。精霊のいたずらで一定時間ごとに流れる向きが変わるらしく、運が良くないと出会えないらしい。そんな貴重な精霊水を見つけたならば、持って帰ることができる分だけ持って帰るべきというのが常識だという。クロ兄と俺は、持ってきていた瓶に精霊水を満タンになるまで詰めることにした。


 高品質のポーションを作るためには、霊脈から直接汲む精霊水が一番良いのだが、これがかなり難しい。まず、霊脈は凶暴な魔物が活動するような魔の森奥地にある精霊の領域に存在するらしく、魔の森奥地へと向かうことのできる実力があるということが前提になる。それに加え、領域に入れてもいいと思うほど精霊に好かれていることと、精霊の気まぐれが重ならなければならない。

「精霊水が流れているということは、ルメド草は近いよ。この辺りをよく探してみよう」

 精霊水は治癒の力を持っている。同じく治癒効果をもつルメド草との相性もいい。期待もますます高まるものだ。


「くろにぃ、これ!!」

「ああ、よくやった! それがルメド草だ」


 見覚えのある果肉植物らしきものが岩陰に大量に生えているのを見つけた。俺が興奮気味にそれを指さして言うと、クロ兄も嬉しそうに頷いた。ナイフで葉を一枚切ってみると、黄金色の果肉が見える。採り立てであるのもあって、前に見たものよりも遥かにみずみずしそうだ。根に傷を付けないように丁寧に抜いていった。




 目的の1つだった薬草を手に入れて気分が上がった俺たちは、再び冬越しのための食糧を確保すべく歩き出した。陽の光が入ってこないためか湿度が高く、髪が頬にへばりついてきた。足元はぬかるんでおり、魔力で身体強化をしてなければ、すぐに動けなくなりそうだ。暗い森の中は、目が慣れてきて少し見えるようになってきたとはいえ、何が出てくるか分からない怖さがある。俺はクロ兄の服の裾を掴んでついていく。そんな中、クロ兄はまるで魔の森の魔物の分布図を知っているかのように迷いなく進んでいく。


 ふと足に何かを踏んづけた感覚がして立ち止まった。足元を見ると、そこに生えていたのは果肉植物だ。ルメド草と全く同じように見えるけれど、俺にはそれがルメド草には思えなかった。視界からの情報と、感覚がずれている感じがして、俺は首を傾げた。


「……ねえ、くろにぃ」

「なにかな?」


 服の裾を引っ張ると、クロ兄が振り返ってくれる。俺はしゃがみ込んで、足元の草を指差した。

「あのね、このくさ、るめどそうにそっくりなのに、なにかがちがうきがする」


 改めてじっと見つめたが、見た目はルメド草と何も変わらない。この不思議な感覚の正体が知りたくて、クロ兄の答えを待った。

 しかし、いつまで待ってもクロ兄の答えが出てこない。一言も話さない。不自然な間が開いたままで違和感を覚える。それに言いようがない心細さと不安がこみ上げてきた。今思えば、クロ兄はいつも俺の言葉にすぐに返事をくれていたんだ。


 俺はおそるおそる後ろを振り返った。最初に視界に入ったのは、魔法陣を描くとき特有の、紫色の光。それはクロ兄の左手の甲から放たれている。浮かびあがってきたのは、見たことの無い紋章のようなものだった。


 瞬間、背筋に冷たいものが走るような感覚がした。逃げなくては、という言葉が頭に浮かんだ。圧倒的なモノを前にした本能のようなものだった。しかし、足が震えて一歩も動かなかった。今、目の前にいるのはいつものクロ兄か? 本当に? 嚙み締めた奥歯が嫌な音を立てる。


 ……あれは魔力だ。

 クロ兄の身体に流れる魔力の濃さは今までとは段違いだった。足に嵌められた魔力封じの輪は震えていて、黒い靄が周囲を漂っている。魔力が漏れ出ているのか、森の魔素が魔力に反応してクロ兄よの周りを渦巻いていた。


 俺は、ゆっくりと視線を上げていき、クロ兄の顔を伺った。


「……くろに……ぃ?」


 ____無表情だ。

 あらゆる感情をそぎ落としたような顔で、俺を見下ろしていた。否、クロ兄の視線の先にあるのは俺じゃない。このルメド草に似た植物、或いはその先にある何か、だ。俺はその植物を睨みつけた。


 どろりとした液体が落ちる音がした。俺は弾かれたようにクロ兄を見上げて、ぎょっとした。

 垂れていたのだ。唇の端から。赤黒い液体が。


 俺はクロ兄の服にに取りすがって叫んだ。

「くろにぃ!! ねえっ!」

「…………」

「くろにぃ!!」

「…………」

「、…くろにっっ!!」

 必死に呼びかけて、やっと俺の声に気が付いたクロ兄と目線が合った。ぱちりとクロ兄が瞬きをした音が聞こえたような気がした。


「……すまないね、少し考え事をしていたんだ」

 クロ兄はそう言って口元を乱雑に指で拭うと、曖昧な笑みを浮かべた。

「……くろにぃ、……それ、…ち…?」

クロ兄の袖に付いた赤黒いものから目が離せない。何かの病気か? この世界特有のもの? 心臓の音がうるさかった。

「問題ないよ、これは病気じゃない。魔力の操作に失敗してしまってね」



穏やかないつもの顔に戻ったクロ兄は、俺の隣にしゃがみ込んだ。

「これは、テネブル草というんだ」

クロ兄はその果肉植物の葉をナイフで切り取って、断面を見せてくれた。それはなんだか禍々しくて、ルメド草とは似ても似つかないものだった。黒くて粘り気のある液体が垂れていて、まるで原油みたいだと思った。

「これは、どくそう?」

「……使い方次第だ。薬草にも毒草にもなる。ルメド草も同じだろう? ……ただ、これは闇の魔力がこもっているから、忌避されることが多いのさ」


クロ兄は、未だに心ここにあらず、といった様子で、ルメド草に似た植物を見つめていた。いつもの瞳に感じる力強さは無い。俺には、それを聞く勇気がなかったのだ。






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