12 隠されたもの
地面に4つ並べて描かれた魔法陣を前に、俺は木の棒を握りしめた。これらをなぞって、魔法陣が光れば適性アリってことである。適性が一つも無いことの方が多いわけだから、期待するだけ無駄だという考えが頭に浮かぶが、まあ、こういうのは宝くじと同じだ(?)。期待値はマイナスでも、夢を追って宝くじを買う人たちのように、夢を見ることを楽しむのだ!
ということで、4つなぞったのだが、
「……ま、そうだよね」
うんともすっともいわない!! 地面には、深くなっただけの溝が鎮座しております。夢を見てないで現実を見ろというお達しでしょうか。現実は無情なり。
「はは、予想は出来たことかな」
クロ兄が肩を落とす俺が面白いのか笑う。分かってても一応ガッカリはするだろう。確かに滑稽かもだけど!そんなに笑わなくてもいいじゃないか!
「……君に魔法を教えると決めてから、君の適性の属性だけは伝えておこうと思ってね。俺と同じ傾向の魔力の基本色をしているんだ、君の属性は4属性じゃないよ」
クロ兄がそう言って微笑む。や、やられた! クロ兄は時々、こうやって情報を後出しして俺の反応を楽しむのだ。そして、後出しの情報ほど重要そうなやつなんだ。今回はなんかいつもより意味深だけど。
クロ兄が描き出したのは、先ほどの4つの魔法陣とは全く違う魔法陣だった。4属性の魔法陣は三角形と逆三角形を組み合わせた六芒星が描かれる。しかし、この魔法陣の中央にあるのは五芒星だ。
そして、魔法陣の円が二回りぐらい大きい。魔法陣の大きさは、魔法の威力に比例するという。これは、魔法陣が術者を守る結界のような役割を果たしているからだといわれている。威力の大きな魔法は、より強固な結界が必要ということだろうか。この大きさを元に、魔法を10段階にわけているらしい。最近では、それをレベルと呼ぶようになったという。
「ほら、これをなぞってごらん」
これが、おそらく俺の適性の属性。どのようなものかは分からないが、自然となぞる力も強くなる。
「わっ! まぶしっ!」
今までで一番強い光だった。思わず目を閉じてしまいそうになるが、光る瞬間を目に焼き付けたくて瞼に力を入れる。色は、俺の魔力の基本色と同じ、明るい紫。
「魔力の基本色が魔法の属性色に近いほど、適性が高いんだ。今の色は君の魔力の基本色と一致しているだろう? だから適性が高いってことになるよ」
魔法の属性色は、火魔法は赤、土魔法は黄土色、水魔法は青、風魔法は緑、などと決まっている。同じ赤でも、属性色の赤に近いほど適性は高いってことだ。適性が高いと、同じ魔法陣を使って同じ量の魔力を流しても、威力が桁違いなのだとか。俺のように属性色とほぼ一致するのは珍しいのだという。なるほど、魔力が流せない俺は宝の持ち腐れってやつですね。
「これ、なんていうまほうのまほうじんなの?」
「『雷撃』という」
ん? 雷魔法は風魔法の派生だったはずだ。だったら、風魔法に適性があるはずだぞ? 俺は首を傾げた。
「かぜっぽくはないけど、かみなりぞくせい、なのかな…?」
「雷魔法とは呼ばれるね。だけど、風魔法から派生した雷魔法とは全く別の魔法だよ」
そう言ってクロ兄が俺に見せたのは、クロ兄がいつも見ている古代文字で書かれた本だ。俺も古代の単語をいくつか教えてもらったが、何が書かれているのか全く分からない。魔法陣が描かれていて魔法の本であることは分かるのだが。
開かれたページに描かれているのは、いつぞやに見た複雑な魔法陣だ。それを改めて見て、一目で分かる「雷撃」の魔法陣との共通点があることに気付く。4属性の初級魔法の魔法陣は六芒星、光属性の生活魔法には八芒星が使われていた。ならこれは、
「ごぼうせい、がおなじだ。」
「そうだ。五芒星が表すのは、『結界魔法』だ」
結界魔法。一般的には、「空間を区切り、その空間領域を支配する魔法」と定義されている。最も歴史が長いが、謎が多い魔法だ。いくつかの魔法陣が残されており、それがそのまま運用されている。属性の魔法は、魔法陣の仕組みが明らかになりつつあるが、結界魔法だけは解明が進んでいない。それだけ複雑な魔法陣であるともいえる。クロ兄は自分の適性であるこの魔法の仕組みを研究していたという。
何千年も昔、今よりも人間が大きな魔力を持ち多くの大魔法が使われていた時代には、時や空間を魔法で操れる者がいたという。その流れを汲むのが、結界魔法であると考えられている。
この「結界魔法」と「魔法陣に五芒星を描く雷魔法」、全く違う効果であるように思えるが、属性色が共に明るい紫である。魔法は、それぞれに属性色があり、派生属性であっても派生元の属性と僅かに違う色をしている。風魔法が緑で、その派生の雷魔法が黄緑色であるというように。このことから、二つの魔法は、同一の魔法なのではないかと考えられているそうだ。
「このてきせいって、すくないの?」
「そうだね」
基本の4属性でもないみたいだし、なんかすごそうな魔法の流れを汲んでるらしいし、…もしかして:激レア? さらりと答えたクロ兄だが、口角はあがっているのに、目が笑っていない。
「結界魔法のための属性があること自体、あまり知られてないからね。君と俺との秘密にしようか」
「くろにぃとのひみつ! とくべつってかんじがするね!」
自分で言うが、俺はクロ兄のことがめちゃくちゃ大好きだからな。なんだか知らないが、クロ兄が言うならなんだって守ってみせますとも!
「……まあ、狙われるからね」
何を!? 小さな声で言ってるけど聞こえてるから。研究とかいって、ドナドナされるってこと? まあ、順当に考えて命か。怖いから聞きませんよ。この世界、人権というものが怪しいからな。使えないのに、珍しい適性を持っていたから狙われるとか、悲しすぎないか? そんな死因はイヤだ。前世の俺、珍しい死に方したからな。ふと、あの頭に響く衝撃と赤色を思い出して、青空を見上げる。
「……そんなめずらしいてきせいのひとがここにふたりいるなんて、あしたはやりがふるかも」
ちなみに、この世界では珍しいことが起きたとき、「明日は槍がふる」という表現はないらしい。(現実逃避)頭上は俺の死亡フラグだ。十分気をつけなければ。
「ふふ、……なんというか、アルらしいね? ……まあ、流石に空から槍が降ってくることは無いんじゃないかな」
クロ兄が呆れたような、どこかほっとしたような表情になった。でもさ、鉄パイプなら降ることがあるんです。なんせ、前世の俺の死因だからな。