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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コメディ系な話

腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?

 シリアスなのは最初と途中に少しだけで、すぐにコメディーになります。

 腹違いの妹とやらが僕に「是非ともお会いしたい」と、面会を求めていると聞いて――――


 なんとなく、了承した。


 腹違いの妹は側妃の子で、我が国の第一王女。名前は確か・・・ネレイシア。彼女には双子の兄がいるという。第三王子(・・・・)のネロ。

 彼ら双子は癇癪持ちと噂される側妃似の容姿で、長い黒髪にアメジストの瞳をしているというが、幸いなことに二人共その性格は母親には似なかったようで、大人しくて聡明な子達だと聞いた。


 そして、ネレイシアとネロの二人は母である側妃との仲が上手く行っていない、とも。


 そして僕は、父の愛妾の子。第二王子(・・・・)シエロ。


 本来なら、僕は庶子として王子(・・)と名乗ってはいけない筈だった。

 けれど、国王である父の横紙破りにより、僕は第二王子として扱われている……らしい。


 父とは、一度も顔を合わせたことは無いけど。


 愛妾であった母と、異母弟妹の母である側妃との仲は良かった……ということはない。むしろ、僕がいなければネロが第二王子(・・・・)を名乗れた筈……と、疎まれてすらいる。


 僕の乳母とその息子の乳兄弟であるグレンには、「呉々もお気を付けください」と散々言われたけど――――


 もしかしたら僕は、母親と上手く行っていないという妹と、傷を舐め合いたいのかもしれない。


 母の命と引き代えにして生まれた僕は・・・


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


 それから数日が経ち、とうとうやって来た(くだん)の妹との面会の日。


 先にテーブルに着いて待っていた、妹だと紹介された幼女が、食い入るように僕を見詰め……


 長い黒髪、赤く染まった白い頬に潤む紫の瞳、さくらんぼのような半開きの唇で、


『あぁ・・・生シエロたん、しかも無垢なショタバージョン、マジ尊い♥』


 と、鼻息を荒くして聞き慣れない意味不明(・・・・)な言葉(・・・)を、鈴の鳴るような声で小さく呟いた。


 その瞬間――――


 『俺』の脳裏に、藍色の星夜から暁へと変わるグラデーションの美しい空を背景に、顔のわからない男に後ろから抱き締められている美少年のスチルのパッケージが浮かんだ。


 タイトルは確か、【愛に染まる空~ Il ciero si è tinto di amore ~】だった気がする。読み方は……なんだっけ? 【イル・シエロ・スィ・ティント・ディ・アモーレ】……だったかな? 覚えるまで繰り返させられた、イタリア語だかスペイン語辺りの言葉で、まんま【愛に染まる空】というタイトルと同じサブタイトル。


「っ!?」


 なんかこう、嫌な、(いや)な予感がひしひしとして――――唐突に・・・思い出したっ!?!?


 『俺』は確か、十九歳の大学生だった。


 あの日。姉貴に頼まれて、限定版のゲームを買いにパシらされたんだった。


 タイトルは、そう・・・


 【愛に染まる空~ Il ciero si è tinto di amore ~】というゲームだっ!?


 確か、十八禁のBLゲームで・・・男にこんなモン買わせんじゃねぇっ!!!! って、心底泣きたくなったのを凄く覚えている。女性店員さんのなまぬるい優しい目が、死ぬっ程恥ずかしかったっ!!


 でも、「釣りは取っときな。お小遣いにしていいから」と、気前よく五万円をくれたから、悶絶する程の羞恥を堪えてレジに並んだ。「だけど、買って来ない場合、五万円はキッチリ返してね♪」と言われたし。

 ちなみにゲームは、三万以上した。お釣りの一万と少しを貰った。あの羞恥心に対して一万と少しなのか・・・と、なんだかとても悲しくてやりきれなくなった。


 そして、『ゲームを買ったら(ただ)ちに持って来ること!!』と姉貴から命令(連絡)があって、急いで帰ろうとして、『俺』は――――


 確か・・・


 歩道橋から、足を踏み外したんだった。

 ゲームを落として壊したら姉貴に殺されると思って、ゲームを(しっか)りと抱き抱えて、代わりに身体のあちこちをぶつけて、それがまた死ぬ程痛くて。ゲームを確認したら、ゲームには傷が付いてなくて守り切ったぜ! って安心したら・・・


 急に、起きてられない程に眠くなって――――


 その後の記憶が、無い。


 それから、気付いたときにはもう・・・この世界で暮らしていた。


 第二王子の()――――『シエロ(・・・)』として。


 そう、か・・・


 『俺』はきっと、あのときに死んだんだ。


 って、待てやおいっ!?


 ここはBLゲームの世界だぞっ!?!?


 しかも、シエロ(・・・)って・・・


 俺の買わされたゲームのタイトル【愛に染まる空~ Il(イル) ciero(シエロ) si è(スィ) tinto(ティント) di(ディ) amore(アモーレ) ~】の中に、シエロ(・・・)って名前入っちゃってんですけど~~~~っ!!!!


『やっべぇ、詰んだ。BLゲームの中の王子様とか、マジ終わってる。神さま呪うレベルだわ』


 と、絶望で思わず天を仰いだときだった。血の気が引いたのか、目眩までして来た。だというのに、


『そんな悲しいこと言わないでっ!? シエロたんはもう生きてるだけで尊いんだからっ!? この世界に生まれたあたしが、どんなにシエロたんを愛して、どれだけ会いたいと切望して、(こいねが)ったのかわかるっ!? あと、この世界の神さまは貴腐神(きふじん)様に違いないわっ!?』


 ハァハァと鼻息の荒い美幼女が、涙目で『俺』へとテンション高くシエロ(・・・)への愛を訴える。

 おそらくはこの子も、その口振りからすると・・・『俺』と似たような、転生者なのだろう。


 どこが大人しくて聡明だよっ! 中身は(しっか)りと腐り切った女子じゃねぇかよっ!?


 それにしても、神さままでもがマジで腐ってンのかよっ!?


 さすが、腐った世界だな・・・


 ツラ過ぎるっ!!!!


『・・・あのな、お嬢ちゃん。俺にシエロたんとか言われても、マジキツいから。ノーマルな、普通に女の子が好きな健全な元男子大学生がよ? BLゲームの王子様とか、本っ当に勘弁してくれって感じだからな。あ~、もう、こんなことになるんだったら、姉貴に言われてこんな腐ったゲーム買いに行くんじゃなかったぜ・・・』


 深い、深い悲嘆溢るる溜め息を吐き出し、姉貴と同類であろう腐った系の彼女へ視線をやる。と、


『・・・え? もしかして、アンタ・・・(あおい)、だったりする、の?』

『ん? ああ、前世の名前は蒼だが・・・?』


 ()と前世の名前を呼ばれたことを不思議に思い、首を傾げる。と、


『キャー、ウソぉっ! 蒼、蒼ともう一度会えるだなんてっ!?』


 目を潤ませ、感極まったとばかりに俺を見上げる美幼女。そして、今までの変態チックな愛の溢るるアウトな言動の数々は――――


『もしかして、姉貴、なのか?』

『そうよっ!? あたしよ! 茜!』

『マジかっ!?』

『ええ。会えて嬉しいわ、蒼。お姉ちゃん、アンタに会えたら言いたいことがあったのっ!!』

『言いたいこと?』


 なんだろうか? あの日、俺が死んで――――姉貴を悲しませてしまったこと、だったり……


『【愛シエ】守ってくれてありがとうっ!? アンタの形見の【愛シエ】、大事に大事に何週も何週も何週もして、全キャラフルコンプしたからっ!! そして、今度蒼が生まれ変わったら、シエロたんみたいなキラキラな美少年になりますように! って心を()めて真剣にお祈りしたの!』


 ・・・少しでもしんみりした俺が馬鹿だった。


『それが叶って、尊い美ショタなシエロたん姿でまた会えて・・・心臓ぶっちぎりでバクバクする程嬉しいわっ!!!!』

『姉、貴っ・・・俺がこの腐った世界に転生しちまった諸悪の根源は貴様かぁ~~~~っ!?!?!?』

『嗚呼、あたし今、麗しいボーイソプラノで罵られてるっ!? ああもう本っ当、シエロたんになっているなんて、もう嬉しくて嬉しくてマジ、大大大っ感激なんだけどっ!!』


 はしゃぐ神秘的な美幼女(中身腐った前世の姉貴・茜)の姿に、ついさっきまでの激昂がすっ、と酷い虚脱感へと変わる。


『・・・俺、もう帰っていい?』


 なんだか、凄く疲れた。


『あら、もう帰っちゃうの? シエロたんをもっと堪能したいんだけどな? 舐め回すように観察して、もっと近くで匂いを嗅いで、子供であることをフルに利用したスキンシップついでにあちこち撫で回したり、抱き付いて愛でようと思ったのに』


 とんだ変態発言だ。付き合いきれねぇ・・・


『是非とも帰らせてくれ』


 もう、姉貴とも会うことはないだろう。


 これ程の美幼女なのは勿体無いが、中身は腐れ切った女だ。いかがわしい視線を送られ、そこいらの野郎共と気色悪い掛け算(・・・)なんざ、されたくもない。(おぞ)ましい。


『あ~あ、まあいいけど。とりあえず、アンタ。誰ルートに行くつもり? このゲーム、ヤンデレ好き御用達レーベルのやつだから、どのルート行っても、最良でもメリバ確定。誰が見てもハピエンなエンディングはほぼ無い上、選択肢間違えてバッドエンド入ったら、幼少期で死ぬルートとかもあるから、十二分に気を付けなさい』


 その言葉に、俺は・・・


『腐ったお姉様。伏してお願い(たてまつ)りやがるから、是非とも助けろくださいっ!? どうか詳しくご教授を!』


 テーブルに手をついて頭を下げ、見事に手の平を返した。今なら土下座も全く(いと)わないぜっ!? なんせ、自分の命と貞操と尊厳がガチで懸かっているからなっ!!!!


『いいわ、蒼。長くなるから座んなさい』

『はい、お姉様!』


 と、『シエロ』の異母妹『ネレイシア』こと、前世の俺の姉貴、茜が語った【愛に染まる空~ Il ciero si è tinto di amore ~】の内容は――――


 ・・・思った以上にヤバいです。


 本っ気で生きて行ける気がしねぇっ!!!!


 まず、ゲームの主人公シエロは国王の愛妾()寵姫(ちょうき)である母親の命と引き代えにこの世に生を受けた。

 そして、寵姫である母譲りの顔をした俺は父に丁重に丁重に、腫れ物として扱われているらしい。

 本来なら、愛妾の子は王子として扱われないが、第二王子として遇されている。物心付いてからは、一度も父の顔は見たことないがな?


 はい、もうこの時点で重いっ!?


 けど、重たい話はまだ続く。


 王の寵愛を巡っての正妃と側妃、愛妾であった母親達の確執。王位継承権争いを画策する者達の暗躍。正妃の産んだ第一王子、側妃の産んだ双子の、本来なら第二であるべき第三扱いされている王子の弟と、第一王女である妹の存在。


 それらの事情を抱え、主人公シエロは心許せる者も少なく、自分の身を守りながら権謀術数渦巻く王宮で生きて来た。


 そしてシエロの十八歳の誕生日に、【愛に染まる空~ Il ciero si è tinto di amore ~】の物語は幕を開ける。


 第二王子扱いされているシエロの誕生日パーティー当日。


 参加するのは、主人公と攻略キャラの面々。


 まず、主人公こと『シエロ』だ。銀髪の長い髪に水色の瞳の線の細い美少年。プレイヤーの性格と選択肢に寄って、これからの運命(ストーリー)が決まる。


 隣国の若い国王クラウディオ。灰色の髪にアッシュブルーの瞳の美丈夫。他人の泣き顔を見るのが大好きで、男女どっちもイケるドS。妻子持ちなクセして、パーティで見初めたシエロをお持ち帰りしようとするクズ!


 自国の第一王子で正妃の生んだ腹違いの兄ライカ。金髪碧眼をした、見た目は正統派美青年。父親の寵姫(シエロ母)の肖像画に一目惚れして色々拗らせ捲った鬼畜ヤンデレブラコン。婚約者持ちなクズ!


 同じく、自国の国王レーゲン。金髪碧眼のロマンスグレイ。束縛大好き監禁執着おじ様。妻子、側妃持ちのクセして死んだ寵姫(ちょうき)似の息子に手を出すマジもんのドクズ野郎! 王宮内の政争&王子達のヤンデレ化の大元の原因、主にコイツじゃねっ!?


 同じく、自国のシエロの乳兄弟グレン。赤毛に琥珀の瞳の精悍で逞しい細マッチョイケメン。二十四時間密着、粘着ストーカーな忍ぶ近衛騎士。シエロの味方ではあるが、その一途さとキレたときの反動が怖ぇよ!


 同じく、自国の第三王子扱いされている側妃の生んだ異母弟のネロ。黒髪藍眼(ハイライト入るとアメジストの瞳)の神秘的美少女顔の美少年。ハイライトの無い死んだ目をしたメンヘラリバース男の()。死んだ目のメンヘラとか、ガチで怖ぇから! しかもコイツ一人だけリバース設定っ!?


 同じく、自国の神官アーリー。金髪金眼の中性的な美貌。拷問好きのド変態サイコパス異端審問官。隠しキャラ。攻略キャラにサイコパス持って来ンの誰得だよっ!? 筋金入りのヤンデレスキー共ガチでヤベぇなっ!?


『・・・マジかっ!?』


 攻略キャラ共のとんでもなさに、戦慄(せんりつ)と震えが止まらねぇよ・・・!!!!


『マジよ。ちなみにあたし、実は第三王子のメンヘラリバース男の娘こと、ネロだから』

『え?』

『本当はね、双子の妹なんか、もういないの。実は、生まれてすぐに妹の方は亡くなっててね。ネロとネレイシアの双子は、一人二役でやってんの。あたし、シエロたん攻略、ちょー頑張ろうと思ったんだけどなぁ』

『やめてくださいお姉様! 真剣に!』

『わかってるわ。シエロたんな見た目は()(かく)、中身がアンタじゃあ、ね』


 ふっ、と遠くを見詰める美幼女……じゃなくて女装美ショタ。しかも、中身は腐れ女子な『俺』のねーちゃん。色々ややこしいな!


『ありがとうございます!』

『で、誰を選ぶの?』

『是非とも全員パスで!!!!』

『マジで?』

『マジでっ!?』

『う~ん・・・まぁ一応、無くはない、かな? 腐女子の敵、最大最悪のバッドエンドと言われたあのルートならどうにか・・・』

『いや、ちょっと待て! なんだその、最大最悪のバッドエンドって! 響きからして(ろく)でもないオチじゃないのかよっ!?』

『そうよ! そうなのよっ!? シエロたんの誕生日パーティーには、腐女子にとって最大最悪の悪夢のようなトラップが仕掛けられているのよっ!? あのエンディングはもうっ、本っ当に悲劇としか言いようが無いわっ!? わざわざあのエンディングを作ったスタッフは、本当に超絶鬼畜に違いないんだからっ!!!! しかも、あのクソエンディングを一度は見ないと、シエロたんの覇王ルートが開かないという鬼よりも鬼な鬼畜っ振りっ!?!?』


 姉貴が、そのエンディングが如何(いか)に酷いのかを熱弁している。だが・・・


『いや、ねーちゃん? 野郎共全員パスしたBL回避が、そのエンディングしか無いんだよな?』

『ええ。そうよ。そうなのよ・・・重度のヤンデレ好き腐女子御用達の、鬼畜が集まる攻略キャラ達の中、唯一、たった一つだけ・・・』


『たった一つだけのルートは、なんなんだ?』

『普っ通~にシエロたんが婚約者の女と結婚して、幸せな生活を送るという最悪なマジクソエンディングがあったのよ~~~~~っ!!!!』

『ぇ? マジでっ!?!?』


 マジで俺にとっての朗報! 福音じゃん!


『ええ。パーティ最中に婚約者と結婚するという冗談みたいな選択肢があってね。それを、隠しルートとか、奪略愛ルートだと思って進めるとっ・・・本当にただ女と結ばれてひたすら幸せな有様を見せるだなんて、とんだ鬼畜の所業だと、このルートをねじ込んだスタッフをひたすらに呪ったものよっ!! しかも、あのクソルートを通らないと・・・鬼畜シエロたん総攻めなハーレム覇王ルートへ至るには、あの苦行をしなきゃいけないのっ!!!!』


 うへぇ・・・なんだシエロ総攻めハーレム覇王ルートって、気色悪ぃ。


 ふっと力なく微笑むねーちゃん。


 つか、最大最悪のバッドエンドって言うからなんだと思えば・・・


『いや、普通に幸せってよくない?』

『普通のっ、男女の幸せが見たければっ……普通の乙女ゲーム選ぶわよっ! こちとらBLの、キラキラした男同士のいちゃこらどろどろらぶらぶファンタジーが見たくてBLゲーム買ったっての! なのに普通の男女のいちゃこらなんぞ見せられてっ、腐女子の誰が喜ぶかってのっ!!!! 腐女子の敵っ!?!? 誰得エンドじゃあっ!!!!』


 バンっ!! っと、小さな手がテーブルを叩いて血を吐くような魂の叫び。


『ああ、そういう意味でのバッドエンド・・・』

『言うなればアレよっ!? 百合を(うた)っている作品で、女の子同士でいちゃいちゃ百合百合して微笑ましい百合ップルの間に、いきなりぽっと出のそこそこイケメンが割り込んで来て、女の子同士の友情と尊くも甘酸っぱい百合な愛情を引き裂いた挙げ句、片方の彼氏になって女の子を掻っ攫って、更にはそのまま幸せムードで作品が完結するような所業よっ!?』

『それは許せねぇぜっ!! そんな冒涜(ぼうとく)的なクソ野郎は百合スキー達に謝れっ!? 百合ップルの片割れに土下座して詫び入れた後爆発しろぉっ!!!!』

『そうでしょうっ!? わかってくれるのねっ!?』


 思わず本気で怒鳴ってしまったが、ねーちゃんが怒っていた理由に、なんか納得した。


『それは確かに、激怒してもいい案件だっ!?』

『なら、攻略対象の誰かとシエロたんを』

『だが断る! それは無理だっ!?』


 嬉々として言おうとしたヤベぇ言葉を遮る。


『チッ・・・』

『舌打ちかよ。でもさ、ねーちゃん。物語やゲームなら楽しめても、実際にヤンデレや鬼畜とか、メンヘラな人って、普通に知人程度でも付き合うのキツいっての。できれば、あんまりお近付きになりたくない人種じゃん。友達がそんなんなったら、縁切り考えるレベルだぞ俺は。更に言うと、ノーマルな俺には、全部が拷問だかんな? 男同士なんて、絶対に無理。なんだったら、ワンチャン懸けて、もう一度人生やり直してもいいくらいだ』


 じっと、真剣な目でねーちゃんを見据える。と、


『わかったわ。無理強いはしない。折角(せっかく)会えたってのに・・・またアンタに先立たれちゃったら、さすがにあたしもキっツいもん』


 美幼女には似つかわしくない、どこか悲しみを(たた)える(いつく)しむような大人びた眼差しが返って来た。


『というワケで、麗しきヤンデレ攻略キャラ達から逃れたいのなら、婚約者令嬢と仲良くなさい』

『了解です!!』


 ()くして、まだ見ぬ婚約者令嬢と普通の結婚生活という幸せを掴むべく、ねーちゃんの手を借りての俺の奮闘が始まろうとして――――


「あの~、シエロ様。妹君とは一体なにをお話で?」


 掛けられた声に振り返ると、なんだかとても困ったように、乳兄弟のグレンが、俺とねーちゃんの様子とを伺うような顔をしていた。


『フー! 粘着ストーカー細マッチョ近衛騎士のショタバージョンキターっ!?』


 空気を読まず、そんなことをテンション高く一息で叫んだねーちゃんへは、若干不気味なモノを見るような目を向けて。


『言い方! 多分まだ、粘着ストーカーじゃねぇからその呼称は勘弁してやって!』


 まぁ、グレンは俺と二つしか変わらねぇから、今現在ショタなのは確かだが。


「シエロ様?」


 今度は、心配そうな顔。


『ハァハァ、不安そうな顔もまた堪らん!』

『いやもう、ねーちゃん今ちょっと黙ってろよ。グレンと話進まねぇから』

『りょ』


 ぐっとイイ笑顔でサムズアップをして、ねーちゃんは口を閉じた。


「あ~、その、なんだ? グレン」

「いえ、妹君とどのようなお話をされていたのか、気になりまして……妹君も、シエロ様も、とても興奮していらしたようですので。喧嘩……ではありませんよね?」


 確認するような口調。


「ああ、喧嘩はしていない。そう、だな。ねー……妹が、俺も知っている、とてもマイナーな言葉を話していたものだから、意気投合してな。話しているうちに、思わず興奮してしまったんだ」

「そう、ですか……その、シエロ様はいつそのような特殊な言語の習得をされていたのでしょうか?」

「へ?」


 日本語での会話が怪しまれてるようだ。ちなみに、我が国の公用語は日本語ではない。だから尚更、聞いたこともない知らない言語を、身近な子供がいきなり流暢に話し出したら普通に驚くか。


「俺が見ている限り、シエロ様がその耳慣れない言語を話しているところも、勉強している場面も、見たことが無かったものですから」

『ストーカーの片鱗、バッチリ出てるわね♪』


 うふふと、グレン(ストーカー予備軍)へとなまあたたかい眼差しを送るねーちゃん。


『・・・マジかっ!?』

「シエロ様? どうされましたか?」

「いや、なんでもない」


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、グレンに引いちまっただけだ。将来ストーカーにならねぇよな、コイツ? と・・・


『確か、シエロたんが子供の頃、グレンと一緒にいるとき。偶々目を離した隙に、シエロたんがどこぞの賊に連れ去られそうになって、シエロたんが大声で泣いて助けを呼んだから助かったけど、そうじゃなかったら・・・って、のがトラウマになって、それからシエロたんから片時も目を離さないようにって、騎士を目指しつつ身体を鍛え捲り、グレンは粘着ストーカー化しちゃうのよねぇ』

『俺のせいかよっ!?』

『まぁ、アンタのって言うよりは環境のせいなんじゃない? ほら、シエロたんは、思わず誰もが舐め回したくなるような美ショタな王子様なんだもん』


 舐め回し~というのは、スルーする。一々つっこんでられねぇよ、ねーちゃん。


『あ~、腐った神の采配ってやつな』

「シエロ様?」


 『俺』達の日本語に、怪訝な顔をするグレン。


()に使っていた言葉、ですわ」


 すると、ねーちゃんが口を挟んだ。


「昔、とは……古語ということでしょうか?」

「ええ。そのようなものですが……わたくしは、シエロお兄様と、もっとお話ししたいと思います。仲良くしたいのです。ダメ、でしょうか? グレンお兄様」


 きらきらと、神秘的な紫の瞳でグレンを見上げるねーちゃん。潤んだ上目使いがあざといぜ!


「い、いえ。心配になったもので、ついお邪魔をしてしまいました。申し訳ございません」


 美幼女の上目使いでのお願い(・・・)に、あっさりと引き下がるグレン。


「ありがとうございます、グレンお兄様」

「いえ」


 ほんのり色付くグレンの頬。


 う~ん……チョロいな。まぁ、まだBLに目覚めていないことを喜ぶべきなんだろうか?


『おーおー、騙されてる騙されてる』

『失敬な! かわゆ~い美幼女のお願いを、快く聞いてくれたストーカー予備軍ショタの図でしょ』

『言い方な! 言い方! あと、自分でかわゆいとかイタくねぇの? ああもう、ツッコミと叫び過ぎで喉渇いたわー』


 と、淹れられてから随分経って、既に冷めてしまったお茶のカップを手に取る。と、


『飲んじゃ駄目っ!!!!』


 慌てたようなねーちゃんの必死な鋭い声に、


「っ!?」


 思わずカップを取り落としそうになる。


『毒が入ってるの!』

『は?』

『言い忘れてたけど、この対面こそが、あたし……ネロたんがシエロたんへのメンヘラ化する道の第一歩だから。お茶もお菓子も、絶対に口を付けないで。触っちゃ駄目よ』

『あ、ああ。わかった』


 厳しい声と真剣な表情に頷くと、


『側妃と愛妾のごたごたって言えばわかるかしら? 幼少期のエピソードに、シエロたんの毒殺未遂事件があるの。そしてこれはね、ネロたんの母親が、シエロたんに仕掛けたのよ』


 ねーちゃんが顔を歪めて、本来の(・・・)ネロルートで起きてしまうことを話す。


 ネロの母親が、今日のお茶会で、愛妾の面影を色濃く宿すシエロを害そうとする。けど本当は、仕込んだ毒を飲むのはネロとシエロのどちらでもよくて、シエロの排除を企てている。

 そして、この事件をきっかけにして、シエロはネロのことを敵だと思うようになる。第三王子(・・・・)であるネロを、側妃の手先だと勘違いして。


 ルートはプレイヤーの選択肢によって、弟か妹(本当はどちらもネロだが)とのお茶会になるらしい。


 ()とのお茶会では、妹が毒を飲んでしまい、シエロが妹の毒殺を企んだと疑われてしまう。が、その疑いを晴らそうと、シエロは躍起になって妹を可愛がるようになる。

 そして、()もシエロを慕うようになり、好意を募らせて行く。しかし、妹なんて本当はもういない。この時点では既に、ネレイシアとネロは同一人物。


 また、ネロがネロ(・・)として(・・・)シエロと出会うお茶会のシナリオでは、シエロが毒を飲んでしまう。

 ネロは、それが母親がやったことなのだと気付いて顔面蒼白になり、シエロはそんなネロを犯人だと思うようになる。

 ネロは、シエロのお見舞いに行くが断られてしまい、それならとネレイシアとしてお見舞いに行くことにして、以降は妹として(・・・・)シエロと接するようになる。


 一人二役で同一人物なのに、シエロは()ばかりを可愛がり、本物である筈のネロには釣れない態度ばかりを取る。そんな風にされ続けたネロは、やがてシエロに愛されたいと思うあまり、本当のネレイシア(死んだ双子の妹)になりたいと願うようになり、段々と精神のバランスを崩して行く。


 そして、シエロに並々ならぬ愛情を向け――――


 というのがネロルートになるらしい。


 ねーちゃんがネロ(・・)として生まれている時点で、随分と狂ってしまっているが――――


『まぁ、なんつーか……病むわな』


 話聞いただけで重くてつらい。


『でしょ? ある意味、両親に興味を持たれなかったネロたんだからこそ、ネレイシア()ととして可愛がってくれるシエロたんに、精神のバランスを崩すくらい傾倒しちゃったんだと思うわ』

『今更なんだが、ねーちゃんの方は大丈夫なん? なんかこう、ネロのおかんの性格がすっげーキツそうなんだけど? 自分の子が毒飲んでもいいって、信じらんねぇ。本当に母親なのかよ』

『大丈夫大丈夫、いざとなったら姉ちゃん、あのクソアマ牢獄ぶち込んででも止めるから。尊いシエロたんには、指一本触れさせないわ!』

『ねーちゃん。今、自分(ネロ)の母親クソアマ扱いしなかったか?』

『だってマジでクソな性格してんだもん! まぁ、あたしの方でも気を付けたり、邪魔したり、工作は色々と頑張るつもりだけど。アンタも、最低限自分で確り自分の身を守りなさいよ? あたし、また若い身空のアンタの葬式見るのは、絶っ対に嫌よ?』

『わかった。気を付ける』


 神妙に頷くと、


『一応、シナリオ通りに気を付けていればある程度は大丈夫そうではあるけど・・・心配だわー。ああもう、本っ当、心の底から心配だわー』


 なんかめっちゃ不安そうにされた!


『いや、そんな心配しなくても……』

『だってアンタ、昔っから、肝心なとこでドジるんだもん。あのね、忘れてるようだから言っとくけど。魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)権謀(けんぼう)術数(じゅっすう)渦巻く王宮(ここ)じゃ、一度別れたら下手したら二度と会えないってことなんかざらにあるよ? 現にうちの離宮、あの母親(クソアマ)の癇癪で人の入れ替わり凄く激しいし。さて、何人が生きてうちの離宮を去れたことやら? って感じ』

『お、脅かすなよ・・・』


 途轍(とてつ)もなく不安になって来たっ!?!?


『あの、さ・・・やっぱ、一緒にいてくれないか? ねーちゃん~っ!!』


 見栄や虚勢なんて張ってられるかっ!?


『アンタと・・・って言うか、尊い美ショタなシエロたんと一緒にいるのは大歓迎♪なんだけど、それだとシナリオ通りに行かなくなって、不確定要素が多くなりそうで・・・それはそれで非っ常~~に不安なのよねぇ・・・』


 不確定要素とやらに曇るねーちゃんの表情。


『そんなこと言うなよっ、頼むよねーちゃん! 俺を見捨てないでくれっ!?』

『いや、冗談じゃなくてさ。ここはヤンデレ御用達レーベルの鬼畜BLゲームの世界だし。そこそこなデッドエンドとバッドエンドが散りばめられていて、ある程度はシナリオ通りに進まないと・・・最悪、あたしも死ぬかもなのよ』

『っく……それなら、我慢するっ!? だが、絶対に見捨てないでくださいっ!?』

『はいはい。とりあえずはお互いに協力して、シエロたんの十八歳の誕生日まで生き抜くことを目標にしましょうか』


 あと十二年っ!? 長い道のりだぜっ!!


『絶対、絶対だぞねーちゃんっ!!!!』

『うん、約束ね』


 と、見た目美幼女(中身ねーちゃんの女装ショタ)がにっこりと差し出した小指に小指を絡めた。


 それから、俺とねーちゃんは約束の十二年を待たずして――――


✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧


 ――――八年後。


『いや、ローティーン男子二人にあっさり制覇される大陸ってチョロくねっ!?』

『ふっ、まさか内政チートで俺Tueeeができるとは思わなかったわっ!?』


 皇帝の玉座にふんぞり返るのは、女装美ショタだったネロこと、前世の俺のねーちゃん茜。


 あれから、二人で協力して力を合わせ、破滅・死亡フラグを(かわ)し、ときには迎え討ち、へし折り、ねじ伏せていったら――――


『やればできるものね! 大陸制覇の覇王ルート! しかもシエロたんじゃなくて、このネロ(あたし)がっ!?』


 なぜかこうなっていたっ!?


 あの日、『生シエロたん尊い』だとか言って鼻息の荒かったねーちゃんは、今では女装は偶にしかしない、麗しの美少年――――


 まさかの皇帝ネロだよっ!!


 そして、『俺』はそんな美少年皇帝ネロを支える、冷徹な宰相サマなんだとよ。


 ちなみに、攻略キャラのヤンデレ共は、フラグ折って行くうちにねーちゃんと俺に従順になって、今ではネロの統べる帝国の有能な(使える)重臣(パシり)だ。


 こうして、『俺』の命と貞操と尊厳は守られた。


 ねーちゃんの大陸制覇の伝説と共に。


 ちなみに、女の子との恋愛はまだできてない。


 だって俺、まだ十四歳だし・・・


 ねーちゃんは、十三歳。


 ねーちゃんのスペック、マジ半端無ぇなっ!?

 ということで、『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』終わりました。


 BLゲームの世界とは設定だけで、腐女子なねーちゃんと、BLしたくない弟がテンション高く話しながらボケとツッコミしているだけのコメディになりました。(笑)


 この話を思い付いて、七割方書き終わってから気付きました。自分、BL書けねぇっ!? と。

 しかも、BLゲームはやったことないので、あんまりよくわかっていなくて、雰囲気だけで書いたというアホさ加減。でも、思い付いたから書いてしまった。悔いはない。


 なので、ネロルート以外の具体的な話は全くありません。


 どういうストーリーになって、どういうエンディングがあるのか……というのは、ゲーム内キャラ設定と読んでいる方々の脳内補完で補ってください。


 ちなみに登場人物達の名前は全部空模様から付けました。


 シエロが空。


 ネロが黒で夜。


 クラウディオがクラウディで曇り。


 ライカが雷火。


 レーゲンが雨。


 グレンが紅蓮で夕焼け。


 アーリーがアーリーモーニングから朝。


 蒼と茜も空の色です。


 では、最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪


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― 新着の感想 ―
[一言] あー、それで『ネロ』で『女装属性』なのね······ ヘリオガバルスじゃないだけマシか
[良い点] テンションの高いお姉ちゃんとそれに振り回される弟くんがとても面白かったです。 自分の命と貞操と諸々を守るためにどうしてもお姉ちゃんに助力して貰わないといけない弟くんの姿が可哀想ながらも凄く…
[一言] まさかの姉弟転生しかも元凶は姉(笑) そして簡単に攻略されるロジカルなゲーム内帝国…(笑) やっぱりロジカルな分だけ異端には弱かったと。 面白く読ませて戴きました〜!
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