神様らしき私とサラリーマンの彼のこと
「神様。メリークリスマス」
屈託のない笑顔で言いながら、彼は朽ちた鳥居をくぐった。
「は? めりーくりすます、とは何だ?」
風化して穴の空いた賽銭箱の上に座って、私は眉をひそめた。
「クリスマスっていう行事のあいさつです」
「そして、くりすますとやらは何をするものなのだ?」
「家族とか友人とか恋人と過ごす日、みたいな感じです」
「そんな日にどうしてここに来た?」
「もちろん、神様と過ごしたいからですよ」
少しふざけた調子で彼は言った。でも、その表情は照れくさそうにほおを赤らめている。なかなか可愛いやつだと思いながら、私は賽銭箱の上から降りた。
「そんなところ座ってたら罰当たりじゃないですか?」
「その罰を与えるのは私だが?」
「そっか」
彼はぽんと手を打ち、納得したように頷いた。
私はこの神社に祭られている存在だ。彼はそんな私を「神様」と呼ぶけれど、実際は少し違う。ただ、説明するのも面倒なので、そのまま「神様」と呼ばせている。
「神様、今日は一緒にクリスマスのお祝いをしましょう」
そう言って、彼は手に持っていた手提げ袋から、円筒形のものを二本、焼いた肉の塊、苺がのった白いものを次から次へと取り出した。
「これだけあれば、十分祝えます」
得意そうに胸を張る彼。しかし、私という存在は飲み食いの必要がない。そう告げると。
「でも、ビールくらい飲んでくださいよ。飲むふりでいいから」
彼は円筒形のものを一つ私に差し出した。仕方がないので受け取る。金物のようなひんやりとした感触だが、少し柔らかいのが奇妙だった。
「こうやって開けてくださいね」
彼は筒の上にあるつまみを引いた。プシュッと空気が抜けるような音がして、隙間から白い泡が少し溢れる。
それに倣って同じようにやってみる。空気が抜けたあとに白い泡が勢いよく広がっていく。
「その泡もったいない」
彼は私の持つビールに口を寄せて、泡を勢いよく吸い取った。
「うん、泡が旨いんですよ」
唇にまだ白い泡を残して、彼がニカッと笑った。その少年らしい笑顔に、彼と初めて出会ったときに記憶が戻る。今の彼ではない。遠い昔、私がココに祭られたばかりの頃の彼の姿。
(体は変わっても、魂は変わらないものだな)
私は口の端を少し上げてから、ビールを彼の方へ差し出した。
「メリークリスマス」
ちょっとだけ目を丸くしてから、彼はくしゃっと顔を崩して笑った。
「メリークリスマス、神様」
コツン、と鈍い音が私と彼の間に鳴った。